(6)奇跡の真相

 ややあって、にんまりと唇を歪める。

「……って言いたいとこやけどな。どうせお前らはもう終わりや。ハヅチには勝てん。ざっとしたことぐらいは教えといたる。暇やし」

 そして、煙草を一口吸ったあと、顔に煙を吐きつけてきた。不慣れな匂いに咳き込み、反動で揺れた腕に激痛が奔る。悶える香助を見下ろしながら、くつくつと嗤った。

「あいつはな、元々はアフリカにある民間の研究施設で造り出されたもんや。水棲の寄生虫をDNAレベルで弄り倒して、あないなけったいなバケモンに仕上がった」

「民間……」

 目だけを動かす。透明な触手が鞭のようにしなったところだった。放たれた一撃は難なく躱されたが、打ち据えられた地面が深く抉り取られていた。その威力を目の当たりにして当然の疑問が湧いてくる。

 民間企業が、なぜ?

「表向きは再生医療の研究を謳うとったらしいけどホンマの目的はオレらも知らん。軍に売り出すつもりやったんか、ただの好奇心か。どっちにしろ当時の担当者がイカレとったんは間違いない。そやなけりゃあ造らんやろ。人間の脳みそハックして、細胞をぐちゃぐちゃに改造してまうようなバケモンなんぞ。どんな使い道があんねん? 極めつけはそのセンセイ、何をトチ狂ったか知らん、そんキショいバケモンを、。ご丁寧に雄雌のペアで!」

 頭の横で指を回す。

「アホやろ? マジでイカレとる。ほいで、いきなり研究室に来んなった思うたら海に飛び込んでおっちによった。ご近所さんを何十人も喰い散らかしたあとで……な。それがそいつの狙い通りやったんか、大誤算やったんかは知らんけど、生みの親としてきっちり出産まで立ち会うたっちゅうわけや」

「そこから生まれたのが、美月……」

 思考が漏れ出ただけだったが、カトリは質問と取ったらしい。

 首を振って否んだ。

「いーや、厳密には違う。何しろ十五年も昔の話やからな。あんバケモンもそこまで長生きはせん。何世代も前の個体や」

 触手の猛攻を掻い潜って振るわれた刀を、美月が紙一重で回避する。だが背面の触手が幾本か切り飛ばされていた。

 カトリが、囃すようには手を叩いた。

「兎にも角にも泡食ったんは他の研究員や。何しろ身内が造ったバケモンのせいで何十人も人死にが出たうえ元凶が沖合へ流れてもうたんやからな。連続殺人のほうは職員個人の犯行っちゅうことでシカト決め込んだそうやけど、逃げ出したもんを知らん顔するんは流石に後ろめたかったらしいわ。後始末に腰上げた」

 皮肉っぽく口許を歪め、鼻先で笑った。

「ちゅうても打つ手があったか言うたらそれもない。だだっ広い海で何百万か知らん虫の卵を回収し切るなんぞ到底不可能や。二次被害を防ぐしかなかった。幸いそん国は生魚を食べる習慣があらへんから地元民の被害は考えんでもよかった。つまり宿主となり得る魚類やら哺乳類やらが域外に流出するんを最低限見張っとれば良かったわけやな。加えて生物自体も実験段階の改良品種。きちんと繁殖するかも怪しいし、仮に繁殖できたとしても開発当初の能力を何世代にも渡って引き継ぐとは考えにくい。放っといたらそのうち無害化するやろ……ってお偉方は判断したそうやわ。願望込みでな」

「……でも、寄生生物は生き永らえていた。海の生き物に寄生しながら……獲得した能力を維持したまま、十五年間、ずっと……」

「重ねてアホらしいんは、そもそも一研究機関がナマモンの流通ルートを全部監視するなんぞ不可能ってことや。流通経路なんぞ表にも裏にもいくらでもある。仮にそれらを押さえられたとして虫付きかどうかなんぞどうやって調べる? わかるか? ハナからやる気なんぞなかってん。あいつらが欲しかったんは免罪符や。ボクたちは一生懸命がんばりました、そやからこれ以上被害が広がっても知りませ~んってな。けったくそ悪い」

 吸いかけの煙草を棄て、苛立たしげに踏み潰す。噛り付くようにもう一本咥え、着火しようとボタンを押したが、乾いた音が鳴るだけだった。躍起になって繰り返し、ようやく起こった矮小な火を、大事そうに左手で囲う。

 眉間に皺を寄せ、不味そうに吸った。

「虫付きの魚は知らんとこでなんぼでも流出しとった。十五年間被害が出んかったんはただの偶然に過ぎん。今回かて監視しとったルートの先で、たまたま物騒な事件が起こりよったから把握できただけで無関係の国やったら気付きもせんかったやろうな。今の責任者はビビった思うで~? 何でオレんときにこないなことが起こんねん、せめて退職してからにしてくれや! ってな。ま、そんなすったもんだがあってうちに白羽の矢が立ったわけや。そこん所長と、うちのボスがたまたま知り合いやったっちゅう、ホンマそれだけの理由でな」

 溜息と煙が、複雑に絡み合った。

「けったいな依頼やったで。宿主探して始末せえ言われてもオレらただの戦争屋やで? 探偵の真似事なんぞ専門外や。それをまあ見つけたらシバかなあかんいうだけの理由で探索から処分まで一括発注しよってからに。ボスもボスや。顔馴染みの依頼かなんか知らんけど請け負うんやったら相応の人材寄越せっちゅうんじゃアホンダラ」

 毒吐き、遠い目をした。

「……せやからな。ミカが殺られてお前ら見失うたときはガチで焦ってん。マジでもうあかん思うた。制服と持ちモンが埋められとったんは何とか見っけたけど、他に手がかりもなけりゃ人手もない。被害は増えんのに時間はゴリゴリ減っていく。サツの兄さんとコンタクト取ったんも苦し紛れやった。表沙汰にはすな言われとったけど背に腹は代えられんかったからな」

「……コンタクト? 葛城は、匿名の通報があったって」

「表向きはそういうことにしたんやろ。飽くまでオレらと兄さんだけの協定やったからな。情報共有かて最低限や。オレらも何もかんも教えるわけにはいかんし、信用し切れんのは向こうも同じやったはずや。ま、それでお前らまで辿り着いたんやから大したもんやと言うべきなんやろな。結果だけ見りゃ返り討ちかも分からんけど、あの兄さんも本望やろ」

 脳裏に、葛城の最期が浮かんだ。

 壁にもたれかかったまま、ぶつぶつと譫言を繰り返していた。

 彼は、満足して死んだのだろうか?

 手を握る美月の姿を思い出しながら、ただ虚しさに襲われた。

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