(3)あなたはどこに
「いやあ、しかし立派なお家だねえ。どれほど稼げればこんな豪邸が建てられるのかな。私の安月給で望もうものなら河清を待つに等しいよ」
葛城は、いかにも世辞めいた口調で――付け加えるなら芝居めいた仕草で――室内を見回した。だが多分に本心が含まれていたことは想像に難くなかった。彼を取り囲むもの……即ち家具や調度品、意匠、空間の広がり、あるいは応接室という概念そのものが平凡な市民には逆立ちしても手の届かないものであることを誇示していた。
片隅に置かれた蓄音機を愉快そうに眺める。
「お父さんは作曲家の
「本題に入って頂けませんか」
美月が、ぴしゃりと遮った。空気がぴんと張り詰める。誰かが――恐らく三幸来が――喉を鳴らす音が聞こえた。
葛城はにんまりと笑った。
「改めて自己紹介をしましょう。県警捜査一課の葛城と申します。こちらは同じく捜査一課の国見巡査です」
葛城の隣に腰かけた女性が形だけの会釈をする。愛想笑いを絶やさない葛城とは対照的に口の端すら動かそうとしなかった。その無表情はかつての美月を連想させたが、人形めいていた彼女のそれよりはずっと人間味がある印象だった。飽くまで意識的に引き締めているだけなのだろう……と、冷静に観察できている自分を香助は意外に感じる。まだ危機を実感できていないのかも知れない。
葛城と国見は入口に近いソファに並んで座っていた。対面が香助と美月。そして両者を裁定するような位置に三幸来が座る。
「……彼女は?」
美月が問うと、葛城が手を差し向けた。
「八田三幸来さん……などと紹介する必要はないね? 協力者だよ。本来であれば立ち会って貰う必要などないし立ち会わせることもないのだが、どうしてもと聞いてくれなくてね。まあ、彼女も当事者であるし、飽くまで任意だから、同席ぐらいは構わんだろうと」
「わ、わたしはっ」
突如、三幸来が立ち上がった。
弾みで蹴ったテーブルの上で、グラスの麦茶がゆらゆら揺れた。
「わたしは、二人を弁護するためにここにいます。沫波さんと星野くんは……友達です。わたしの、大切な友達なんです。だから何かの間違いだと信じています。ふたりが……はっ……」
スカートを握り締めながら、声を絞り出す。
「犯罪に関わってるだなんて……」
「うん、私もそう願っているよ。君たちには娘がお世話になったからね」
宥めるように目を細めてから、座り直すように促した。「さて」と膝の間で手を組み合わせる。
「今から君たちにはいくつか質問をさせて貰うけど、これは任意の聴取です。君たちは供述拒否権を持っているから、言いたくないことは言わなくても良いからね」
理解が浸透する程度の時間を挟んでから、葛城は苦笑した。
「とは言ったものの、こちらとしては、きちんと手順は踏んでおきたかったんだけどね」
「手順……? 何の手順ですか」
「もちろん、君のお父上だよ。君はさっさと本題に入れと言ったがね。未成年を聴取するのだから親御さんには仁義を切っておきたかったわけだよ。なのに、君のお父さんと一向に連絡が取れないから、さあ困った。調べた番号には繋がらないし、仕事仲間からメッセージを送って貰っても返事がない。今も家を空けているようだが……美月さん、先生は一体どこにいるのだね?」
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