第十四柱について

 バエルはアイに下がるように指図をすると、しげしげと俺の背後に回り、出番を終えた。


「俺を持ち上げて懐柔作戦ですか?」


 軽口を叩きながらも、バエルの出方を制するように立ち回った。


「いや、一緒にこの世界を守ろうとする、同じ志を持った者への賛辞だよ」


 あっけらかんと恥も外聞もなく一語一句を澱みなく言う。気恥ずかしさを覚えて思わず顔を逸らした俺の、異世界に染まり切らない身持ちがバエルの首尾一貫した態度から証明された。


「……」


 バエルは、本の一頁を破ったような紙を一枚、俺に差し出す。


「それに、レラジェに関することが載っている」


 バエルの機嫌一つで撥ね付けられると踏んでいた俺の要求を律儀にも守る姿勢は、異世界に平穏をもたらそうとする者の誠実さか。


「ありがとうございます」


 わざわざ邪険にしたり、ケチをつけるような真似はしない。ただ、わざわざ本から一頁だけ切り取って、検閲を図ったその意図は心残りではある。俺は下げた頭のまま部屋を出ていき、廊下を歩きながら記載される文字を追った。


 悪魔学の枠を埋める一人である「レラジェ」は、レラージェ、レライエ、ロレイ、レラエなどの数多に渡る別名を持っているらしい。序列は十四番目の地獄の大侯爵とされ、弓矢を手に持ち、緑色の服を着た狩人の姿で現れるようだ。そして、戦争を引き起こす禍根の存在として記され、身体に負った傷へ干渉する。あらゆる細胞の働きを阻害し、治癒の減退に留まらず、一切の自己再生機能を完全に止めると書かれており、命を蝕む壊疽傷を矢によってもたらす。戦争の権化に相応しい能力を持っているようだ。


「弓か……」


 わざわざ耳元で囁くような真似はしなくとも、弓を用いて遠方から死に繋がる致命傷を与えられる。これは大きな収穫だ。あの巨大な影を相手に立ち回る際に役立つ。


「レラジェ」


 此方の城に連れ来られて以来、すっかりベレトの気配は鳴りを潜め、会話をすることもほとんどなかった。その原因は俺にある。バエルを敵対視し、関わることを徹底的に避けていたベレトからすれば、異世界の事情に首を突っ込む俺とは、なかなかに接しづらいはずだ。とはいえ、他人行儀を徹底し、廊下ですれ違う際も頭を下げる程度の挨拶で済ませるのは、あまりに露骨な黙殺の仕方であり、その美醜は醜いと言っていい。


「どうしました? ベレトさん」


 ベレトとの間には見目なき壁が出来上がっていて、積極的な問いかけは互いにとって軋轢を生みかねない。


「その紙はなんだい?」


 短い付き合いながら、口八丁手八丁で相手と向き合うような器用さを持っていないことは知っている。単純な疑問を包み隠さずにぶつけてきたのは、俺達の会話に於いて最適だろう。


「これは自分を知るのに欠かせない、文献の一部ですね」


 ベレトは忽ち気色ばんで、よちよち歩きを強いられた当初の俺を見る目は変わり、警戒を多分に含んだ目付きの鋭さを作った。

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