終末の音色
それでも、特筆すべき光景が飛び込んでくるものはない。いくら巡視に傾倒しても、変化に乏しい村の様子から逃れようがなく、そぞろに欠伸を誘われる。眠気と押し引きする苦闘を繰り返していれば、アイが不意に足を止めた。隣接した民家の間にある、腰丈まで伸びた茂みの中を凝視し、決してそこから離れようとしない。
「?」
俺もそれに付き合い、茂みに目を凝らすと、影の塊が落ちていることに気付いた。
「なんだ、あれ」
アイは大いに慎重を期した歩調で、茂みの中の影に対する好奇心を小脇に抱えて迫った。俺は、一声掛けるのも憚られる没我したアイの背中を追う。間もなくして、遅々とした行進が終わりを告げ、腰を深く落としたアイの肩口から茂みを見下ろした。
アイが両手で草の根を分けると、生傷が絶えない四肢を持ち、薄弱な胸の動きに仄かな生気を醸す人間が一人、地面に倒れていた。今にも走り出しそうな欝勃としたアイの足腰の跳ね上がりを俺は咄嗟に止めた。
「どこに行く気だ?」
「食べ物を買ってきます」
放課後の帰宅の途中、たった一度だけ野良猫に餌付けをした。初めて野良猫を見かけて子どもながらに舞い上がった高揚感とは違い、至って平静に、まるで実験でもするかのように、食べ物を分け与えた。するとその野良猫は俺の後ろをついて歩き、遂に自宅まで来てしまった。庭に鎮座すると、日がな一日そこを離れずにいて、か弱い鳴き声を発し続けた。この小さな命の生涯に連れ添う覚悟もないくせに、一抹の気まぐれが要らぬ期待を与えてしまったのだ。
「やめといた方がいい。一回限りの良心に愛はないよ」
「……」
強い感情の迸りが眉間や口角、ひいては耳にも現れ、放っておくと尾を引きそうな熱があった。
「俺達がここにいる理由を見失うな。バエル様を蔑ろにする気か?」
「?!」
アイは星を見るかのように目を回した後、猫騙しで我に返るうつけた人間のしゃくり上がる肩を真似た。
「滅相もございません」
この場を離れようとキビキビと歩き出し、回りきれていない村の動静を窺いに動く。だが、村は平穏そのものだった。見慣れぬ部外者が村を歩いて回る奇妙な光景にも色めき立つ様子はなく、無関心というより凪いだ水面の上を歩いているかのような手応えのなさがあり、理由を探そうと思索を始めた矢先、唸り声のような地響きが、両足を伝って腹の底で合流すると五臓六腑にせり上がった。地震を連想させる不穏な耳障りに、俺は思わず身体を屈ませる。
「アレが暴れていますね」
そうか。異世界の人々はこの音を聞いて日々を過ごしているのか。「終末」という言葉を借りて異世界の状況を慮ってきたが、それほど現実味がなかった。しかし今なら、公然と悲嘆に暮れても無理がないと悟り、部外者が二人村を歩いたとて、注目に値しない。
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