ともに

「バエルから話は聞いているか?」


「はい、一通り」


「なら、案内してくれ。土地勘はないんだ」


「なんなりと」


 バエルに仕える人間でありながら、俺にも忠義と敬意を示すアイの首尾一貫した腰の低さは、身代わりとなって命を落とす姿すら容易に想像でき、如何にこの世界で貴重な人材であるかを思い知らされる。命を粗末に扱う気は毛頭ないが、火種の始末を安請け合いし、不遇なる死を遂げるのは阿呆らしい。事に臨むなら、顎を引き、脇を締め、足元を掬われるような油断から不首尾に終わる結果とは出来るだけ、距離を置かせてもらう。


「じゃあ行こうか」


 アイの先導に従って城を出ると、俺はすかさず訊く。


「行く方角は?」


 神妙な顔をしてアイは城の玄関から向かって斜め左方向を指差した。俺は手にしたばかりの成果がこれほど早く実利となって役立つとは思わず、鼻息を荒くしながら件の遊泳を再現した。


「わぁっ!」


 地面から足が離れる浮遊感にアイは身体のバランスを崩しかける。俺は間もなく手を取り、支え合いながら高度を上げた。


「凄い! もう出来るように?」


 口角を上げて賢しら顔すると、俺は空を歩くように一歩目を踏み出した。アイの眉毛が不安げに歪むのを見て、俺は力強く呟いた。


「大丈夫」


 アイの右手を取ったまま、もう片方の手を腰へ回す。まるで氷上を滑るかのような所作で空を共に歩く。


「これなら、何処へでも行けそう」


 遠くを見つめ思い馳せるアイの横顔は、未曾有の出来事から目を背ける逃避の気配がし、行きずりの風に流されかけた。


「全てが片付いたら、何処へだって行けるさ」


 ありもしない床を蹴りながら、天と地の間を悠然と進む俺達の横を、鳥の群れが通り過ぎる。夢見心地も甚だしい景色に異世界での経験全てが蜃気楼めいた。俺は、アイの手を強く握り直す。その手から伝わってくる温かみこそ、彼女が生きた存在としてそこにいることの証明だ。


「もうすぐですよ」


 顎を使って指し示す方向に、集落のようにぽつりぽつりと石造りの民家が立ち並ぶ、こじんまりとした村があった。そして、閑静と呼んで差し支えない人影の少なさを鑑みると、頭に浮かぶ悪知恵は尽く矮小になり、行方不明者が出るという異様な事態が起こっているとは到底思えなかった。村の出入りで形作られた轍に降り立ち、俺達は村の様子に顔を突っ込んだ。稲を肩に担いで歩く淑女や、畑作業に精を出す男の背中に、特段変わった出来事に遭遇しているようには見えず、地続きにある日常をしっかりと謳歌していた。


「荒事が起きているようにはみえないな」


 今回この村に駆り出された理由が皆目見当がつかず、しらみ潰しに見て回ることしか出来ないように思えた。


「……」


 それでも、厳しい表情を崩さないアイの顔はまさに、俺が出立前に立てた誓いをそのままなぞった。見てくればかりに気を取られて勝手な憶測を広げ、甘い見立てに弛緩してしまった。難儀な一人相撲を恥じ、俺は慎ましく襟を正す。

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