第二部
異世界の門
全ての起源をビックバンに集約し考え、幾星霜に撒いた種が「地球」という青い星を芽吹かせたとしよう。時間を観測し、空間を認識する高度な文明がすくすくと育った結果、今も尚、ビックバンの光を見つめ続け、その衝撃の広さを思考するならば、神の手が介在しない深淵であらゆる次元の可能性が産み落とされ、蜂の巣のように広がる幾つもの世界を想像するのは、至極当然のことなのではないか。それはいつ如何なる時代に於いて行われてきた思考の一環であった。
老衰一歩手前の魔術師が、膨大な時間をかけて溜めた魔力を一気に放出した。草木を荒らしに巻き込んだかのような風を吹き起こし、尋常ならざる破裂音は衝撃波となって周囲に広がる。もはやそれは、ビックバンを起こす気概のもとに発生した大爆発であった。
「わたしは、見たんだよ。水鏡の向こうに動く影を」
その魔術師の口癖である。文目も知れない世界がそこに存在すると断言し、濁った目を凝らす。面倒を見る親類は留意するまでもない耄碌した人間の戯言だと咀嚼していたが、散り際に残した大爆発は、老齢の魔術師が願ってやまなかった次元の穴を開けた。まるで栓を抜いたかのように大量の潮水が流れ込み、周辺の村々は琵琶湖に比肩する水をたたえる水域に巻き込まれた。
この事象に目を付けたのが、高等魔術に位置し通名にも加えて敬称とする「召喚士」であった。無から有を生み出す魔術は特異とされ、対価もなく奇跡を起こす様子から、久遠の昔は神の使いとして「召喚士」は重宝されてきた歴史がある。そんな魔術を一切の疑念もなく扱ってきた「召喚士」は、未曾有と言わざるを得ない老齢の魔術師がもたらした空間の穴を見て、とある夢想をした。
隣り合う世界が存在し、「召喚」という門を通じて、無機物、有機物の往来を可能にしていたならば、奇跡とされた魔術のカラクリも理解できる。ただ、これらの事柄は公然に発するのは憚られ、老い先を慮って件の事故を敢然と引き起こした魔術師の決死なる意気込みが求められた。
先ず初めに、「召喚」は現然なる想像力と知見が欠かせない。どれか一つでも足りないと魔術は成立せず、無用の詠唱を続けることになる。その上、五人が同等の想像力と知見が求められるとなれば、その敷居の高さは計り知れない。だからこそ、共有可能な書物の類いは「召喚」に於いて、重要な物になった。
一人の「召喚士」は時に思う。謂わば創作物として親しまれてきた読み物の一つに数えられ、ソロモン王が封印したとされる七十二体の悪魔を「召喚」できたなら、と。これは隣接する世界への目配せとは離れるが、決して無駄にならぬ可能性の拡張に繋がる。
地平線が水平線に変わった目の前の景色を前に、得もいわれぬ興奮が腹から迫り上がるのを感じた矢先、それは現れた。一介の魔術師が作った風穴は潮水だけには留まらず、蛸を想起させる触手と、叩いて高度を発達させたような無骨さ帯びる頭の外骨格に、すらり伸びる人間の下半身が生えた世にも奇妙な生物が、雁首揃えて侵攻を始める。
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