期せずして
「ったく」
本棚に赤い絨毯、木のベッドと机。展示場を見ているかのような卒がない部屋模様は、まるで他人の目が入る事を念頭に置いた整然さである。そんな中でも、本棚は興味深かった。
「魔術の根源的役割」
「野生の本能」
「悪魔の偽王国」
「変身」
「六法全書」
あべこべな本棚の様相に波が引いていくかのような森閑とした心の揺れ動きを胸に抱いた。魔術や悪魔などの単語が根付く世界で、地に足のついた本の題名が散見し、俺は目を回しかけた。ふらふらと千鳥足にも引けを取らない足取りでベッドに腰を下ろすと、頭を抱えんばかりに丸まった。
「ベレト……」
天地がひっくり返ったかのような世界の変化に順応する為には、娯楽は一つでもあった方がいいと言う、彼なりの気遣いか。人間を連れてこられるのだ。世界を跨いだ物体の移動は、指を弾いて使用人を呼び出すより簡単なのかもしれない。異世界だからといって、日々の生活を不自由に思う必要はなく、「召喚」を用いれば、過度な欲求不満に陥いる事はない。胸が軽くなる太平楽を抱いた直後、肝心要の電気の存在に突き当たり、俺は肩を落とした。如何に世界が目に見えないエネルギーをもとに支えられていたかを理解する。災害時に起きるインフラの機能不全をテレビの画面越しに見てきたツケが、冷笑と共に聞こえてくるようである。
「……」
手持ち無沙汰に飽いて時間を持て余している感覚はなく、無人島で独り途方にくれているような諦観と向き合った。ベレトに宣誓した事がもう既に形骸化してきている。俺は「彼」ではないのだ。病室で心の底から願ったその感情を再現するなど烏滸がましい。
「望み……か」
曖昧模糊とした現状にふと、俺は思い出す。
「尻、拭いてない」
只、泥のように眠る前の懸念としては些か些細な事で、知らぬ間に寝息を立てた事は、喉の調子で把捉する。上体を起こせば、倦怠感が腰や首に巻き付いて、ベッドの寝心地を直裁に伝えてきた。
「コンコン」
俺の起床を見計らったかのように扉が叩かれ、思わず唾棄しかけた。目覚めの悪さは以前から自覚していたものの、水に合うか合わないかの岐路にある異世界で軽々しく悪態はつけなかった。
「コンコン」
それでも、二度の催促は流石に神経を逆撫でした。
「はい」
怒気がこもった声は低く床を這う。扉を開く手も粗野に満ち、この上ない目付きの悪さが、来客を迎えた。
「ベレト様から食事の案内を申しつけられ、参りました」
ベレトが遣わせた使者の言葉に腹の虫が騒ぎ立てる。これほど無性に苛立ちを覚えた所以とは、来訪を知らすノック音を敵対視するより遥かに根深い生物としての真っ当な、空腹の音頭であった。
「丁度よかったみたいですね」
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