ヘルカート通りの魔犬 4
ノーマンがエルティールを乗せたバイクは二時間ほど走らせて止まった。
バルディウムの南の外側だ。
そろそろ太陽が真上に来る昼食にちょうどいい時間だったが、二人とも食事は取らなかった。
辿り着いた場所で、お腹を満腹にするのは適していない。
ゴミ処理工場だった。
工場からは武骨な機械の重低音と物が燃える音が響き、鼻をツンと刺すような様々な匂いが漂ってくる。
「ちょっと我慢してね、エル」
「はい、大丈夫ですノーマン様」
バイクから降りたノーマンは当然の様にエルティールの手を取り、彼女もそれを握り返した。
青年と手を引かれる巨女。それもレインコートで全身を覆い、目を隠し白杖を付く女。もっと言えばレインコート越しでもエルティールの起伏ははっきりと見て取れた。
治安が良い、といえる場所ではなかった。
バイクを降りる前からあちこちから視線が突き刺さる。
工場の塀や門、そこに至る通りにホームレスが座り込んでいて無言で二人を見据えていたからだ。
まるで監視をするかのように。
「行こうか」
「はい」
ノーマンはそれらに気を払わなかった。
ノーマンが気にしないということはエルティールも気にしない。
工場の内部に入っても至る所から視線を感じたが、二人ともなんでもない様に、それこそ変わらず散歩かのように歩いていた。
僅かにエルティールが居心地が悪そうなのは視線よりも、周囲の腐敗臭のせいだろう。
工場の入り口の、本来事務受付のような小屋まで行きノーマンは扉を叩いた。
「『廃棄王』に会いに来た」
言葉は短く、要件だけ。
反応はないがノーマンは黙って待っていた。
一分ほど待った後、扉が開く。
「……」
顔を出したのは工場の労働者―――ではない。
みすぼらしい服装をした中年のホームレス風の男だ。
どう見てもホームレスだが、この工場を住居としているのでホームレスとは言えないだろう。
男は口を開かなかった。
ただ無言で工場の奥を顎で示す。
「どうも」
「……」
感謝の一言にも反応はない。
そそくさと扉を閉めて、終わり。
「ま、いいけどね」
適当に肩を竦めてから、エルティールの手を引いて歩きだす。
工場の中、いくつかの扉を潜り、階段を下りて地下に。
地下には工場には不釣り合いな豪華な扉があった。
「さて、準備はいいかい?」
「はい。流石に慣れましたから」
「よかった。じゃ、行こう」
扉は開ける。
ノックはしなかった。
重い扉と床が擦れてぎぃぃぃいと低い音がした。
広くて乱雑な、地下であるが故に閉塞感に満ちた部屋だった。
ゴミだらけの部屋。生ごみもあれば雑誌もあり壊れた機械部品、衣類。そう言ったものが至る所に山の様に積まれている。
そのゴミ山の中央、ボロボロになったソファに一人の男が腰かけていた。
痩身、長髪。濃い髭のせいで50代にも見えるし、よくよく目元等見れば存外若い様にも見える。
くたびれた、というよりもゴミ捨て場から引っ張り出してきたようなボロボロのスーツ。
その男こそがノーマンが会いに来た男だった。
『廃棄王』。
くすんだオリーブ色の瞳が、ギラギラと輝いている。
「……ノーマン・ヘイミッシュ」
地獄の底から響く様な低い声で名前を呼んだ。
立ち上がり、ゴミ山の中を乱暴に歩み寄ってくる。
「『廃棄王』」
ノーマンは軽く名前を呼ぶ。
『廃棄王』はノーマンの目の前まで来て、目と鼻の先くらいの距離まで顔を近づけた。
どちらも身長180近い。
標準体型のノーマンと対照的に『廃棄王』はやせ細っているがその眼光は、例えば劣勢のような気配はなかった。
喧嘩してもどうなるか分らないという雰囲気。
僅かにエルティールが身構える。
数秒、ノーマンと『廃棄王』は視線をぶつけ合った。
そして、
「――――はっはっは! ノーマン! 『廃棄王』などと呼ぶんじゃない! お前は、もっと気軽に名前を呼べばいいのだ!」
にっこりと髭の奥で笑い、『廃棄王』はノーマンを抱きしめた。
「あー、うん。ごめんよ、ニューク。今日はお願い事があって来たからね、ちょっとかしこまっていたのさ」
「ふん、俺とお前の仲だ。気にするな。今日はエルティール嬢をお連れか。御機嫌よう、このようなゴミ山に貴方の様な淑女を連れてくるとは我が友はデートのセンスがないようだな」
「こんにちは、『廃棄王』様。二つ言わせてもらいましょう。ノーマン様のセンスは問題ありません。これはお仕事ですので」
「ふむ。君はそうは思っていないと思うが」
「……」
「二つ目は?」
「今日以外の話もあとでお聞かせ願えますか?」
「ククク……勿論だ。いくらでも。構わないだろう、ノーマン?」
「…………いいけどね。それよりも」
「あぁ、ヘルカート通りの話だろう?」
「流石」
「当然だ」
髭面の男が笑う。
どう見てもホームレスだが、瞳だけは爛々と輝く男。
『廃棄王』ニューク・リーヴァリス。
或いは。
「俺はこの街のホームレスの王なのだからな」
或いは―――『
みんなを、周りを歪ませるバケモノ。
『
●
ニュークとノーマンは友人同士だ。
別の言い方をすればノーマンはニュークにとって恩人であり、それゆえニュークはノーマンに力を貸すことが多い。
ある事件においてノーマンはニュークを助けている。
≪アンロウ≫でありながら、国の支配下に置かれていない『廃棄王』であることの一因はそれがきっかけでもあった。
このゴミ処理場も一見、普通に稼働しているようであり、実際はニュークの城、周囲の、それどころかバルディウム中のホームレスは彼の配下であり、仲間であり、友人である。
ノーマンは時にバルディウム・ホームレスの網を駆使して情報を手に入れるのだ。
勿論それはノーマンの立場的にはよろしくないことではあるが―――必要なものだと彼は割り切っている。
例えば、今回のように上から圧力が駆けられるような事件とか。
「ヘルカート通りの通り魔。聞きたいことはなんだ?」
ニュークはソファに座り直し、どこからか取り出したのか酒の瓶と干し肉をかじりながらにっこりとほほ笑んだ。
ノーマンも適当にゴミ山から椅子を拾い、エルティールはその後ろに控えている。
「目撃者、事件前後の通りに変わったことはなかったか。それから5人目亡くなったお貴族様……ブレント・バイロン氏がどうしてヘルカート通りにいたのか、だね。貴族が通る様な場所じゃないし、行くような場所もないはずだ」
「いいや、それは違うな」
「うん?」
「お前には必要ないものだから知らないのも無理はないだろうが、実は理由はあるのだよ。あの手の金持ちがあの通りを通ることが」
「ふむ……僕には必要ないか。エル、分かる?」
「さぁ……ノーマン様はこれ以上ないくらい素晴らしい人という意味でしたら同意しますが」
「売春宿だ、それも違法のな」
「……」
「……」
にやりと笑うニュークにノーマンは呆れたような顔をし、エルティールは納得したように首を縦に振った。
「確かにノーマン様には必要ありませんね」
「いや、まぁ行かないけどね。……なるほど、そりゃそうだ。分かりやすい」
「うむ。その貴族様はアンティークを集める趣味もあったが、そっち方面の趣味も手広かったらしい。売春宿ならちゃんとしたものはバルディウムにもあるが、ヘルカート通りをさらに南を行ったところに違法かつ会員制の売春宿がある。何でもしていいとか子供とか性別を問わないやつだ。連中は秘密のクラブとしているそうだが」
「なるほどねぇ。≪アンロウ≫案件になったら大体の情報は隠蔽されてカバーストーリーが作られる。その秘密クラブのことを隠したかったってことか」
「うむ、貴族お得意のやつだな」
くくく、と人々の最下層の王は笑う。
その貴族が、おそらく必死になって隠蔽しているであろう情報を当然のように口にしながら。
だからノーマンは彼を頼りに来たのだ。
「んー、3人目までのホームレスの被害者は?」
「おそらく、偶然だろうな」
初めてニュークの顔が曇った。
酒瓶を傾けた後、天井を仰ぐ彼の顔には確かな悲しみがあった。
「ヒューム、モーティー、モア。良い奴らだった」
顔を戻し、
「恨みは買っていただろうが」
「恨みを買わずに生きる方が難しいよ」
適当にそれっぽいことを言いながらノーマンは肩を竦める。
「うむ、その通り。我らのようなホームレスはいるだけで嫌な顔をされるものだからな。されるだけ、というのがミソだが。一先ずその3人は特別仲がよかったわけでもない、知り合いではあっただろうし、共通の友人もいるだろうが……」
「お貴族様とは当然関係ない、か」
「うむ。4人目の工場勤務の者もごく普通の労働者だな。5人全体で見た時共通点というものはない」
「まさしく通り魔か」
息を吐く。
「触り程度に調べただけだから、それぞれ個人を掘り下げれば何か出るかもしれんが、どうだ?」
「うーん、まぁとりあえずは十分かな。」
「まぁ、ノーマン様。今ので何か分かったのですか?」
「いや、全く」
「……では、何が十分なのでしょうか」
「ぶっちゃけ、通り魔なら夜の街を歩いて襲われたところをエルが返り討ちにすれば終わる事件でしょ? 異能が安定し立て程度ならどんなのでも」
「そうですね」
「だが、それではノーマンは困ってしまうことがある」
「それは……?」
ニュークは笑みを浮かべ、エルティールは目隠しの奥で眉を潜める。
そしてノーマンは大真面目に頷いた。
「姉さんに出す報告書の中身がない」
お役所仕事も大変なのだ。
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