第39話 ルクスさんの作戦
サイモンさんが帰った後、客が途切れたのを見計らって、ルクスさんは言った。
「僕も王都についていく。出発は明後日の朝」
「明日では駄目ですか? 父は恐らく近々動くつもりです」
マルベリーさんはすかさず尋ねるが、ルクスさんにはルクスさんの考えがあるようだ。
「焦る気持ちは分かるけど、君が一人で王都に向かうより早く着くだろうし、いくつか準備しておきたいことがある。正面から乗り込んで騒ぎを起こすと、エゼライ側の人間に勘付かれる可能性もあるから、慎重に動くべきだ」
「……それもそうですね」
「君が来る少し前に、騎士団の伝令が王都に向かっていた。君の失踪や、お姉様の訃報は既に伝わっていると考えた方がいい」
私は二人の話を聞きながら、梨のタルトを作り始める。
雪も止んだことだし、少なくとも今日と明日分の仕込みはしておいた方が良いだろう。
「では、どのようにして交渉に臨みますか?」
「押さえるべきは騎士団よりもその上、ダリウス陛下だ。凄腕の菓子職人を紹介するとして、謁見を申し込もうと思う」
「スズさんの腕に疑いはありませんが、そのような理由で、国王陛下に謁見に応じてもらえるでしょうか」
てっきり私は留守番だと思っていたので会話をスルーしていたが、マルベリーさんが当然のように私の名前を出したのでぎょっとする。
「凄腕の菓子職人って……私ですか?」
ルクスさんは平然と「そうだよ」と言う。
「私、製菓学校を出たわけでもないですし、ただの素人ですよ?」
「大丈夫。この国では実力さえあれば、誰でも職人を名乗れるよ」
「で……ですが……」
マルベリーさんは「一国の王女である私が認めるのだから心配無用です」と、戸惑う私を励ましてくれる。
もしかしたら私でも『職人』を名乗れてしまうくらい、この世界ではお菓子作りの技術が発展していないのかもしれないが、他人の作ったお菓子を食べたことがないので水準が分からない。
「ルトヴィエ公爵に推薦状を書いてもらうのと、陛下は無類のお菓子好きだから、職務放棄をしてでも時間を作ってくれると思う」
「それはまた……噂に聞く通り、癖のある御方のようですね」
マルベリーさんはかなりオブラートに包んだ言い方をするが、ルクスさんは陛下のことをよく知っているようで、溜め息混じりに呟いた。
「変わっているけど、悪い人ではないんだ……」
言葉にはしないが、どうやらルクスさんは陛下に対して苦手意識があるらしい。
隣国まで噂が轟いているなんて、一体どんな人なんだろう?
甘いもの好きの、陽気で優しいおじさんだったら良いなと思う。
「僕はこの後、街に出ていくつか準備を整えてくるよ」
ルクスさんは私たちにテキパキと指示を出す。
「マルベリー、君には職人見習いとして振る舞ってもらうから、今日明日のうちにスズから基本を教わって」
「分かりました」
マルベリーさんは頷き、長い髪を一つに結い始める。
「スズは、陛下に献上するお菓子を考えてほしい。チーズケーキとタルトの他にも、目新しいものがあるといいな」
「目新しいもの……」
なかなか難しいオーダーだ。
私には、『この世界の時代設定上、存在していなさそうなお菓子の知識』ならある。
それだけで十分チートなのだろうが、レシピの分量詳細を記憶しているわけではなく、手に入る材料も限られる。
何度も試作を重ねる時間はない。私が作り慣れていて、材料も手に入る目新しそうなお菓子となると……。
思い浮かぶのは一つだった。
「ルクスさん、街へ行くついでに買い出しをお願いしてもいいですか?」
「もちろん」
私は急いでペンを走らせ、買い物リストをルクスさんに渡す。
「師匠、よろしくお願いします」
ルクスさんと入れ替わりでキッチンに入ったマルベリーさんは、礼儀正しく頭を下げた。
「マルベリーさんには、パウンドケーキを作れるようになってもらいます」
卵、バター、砂糖、小麦粉、四つの材料を同じ分量ずつ、ボウルに混ぜていって作るシンプルな焼き菓子だ。
これなら、包丁を握ったこともなさそうなマルベリーさんでも、一人で作れるようになるだろう。
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