第二章 仲直りのダズンローズ

第11話 脱?まったり生活

 私が異世界――グラスティア王国に来てから、三ヶ月が経とうとしている。


 酔い潰れた一件でスイッチが切れて、こんなに休んだのは初めてかもしれない……というくらい、まったり三ヶ月を過ごしてしまった。


「十分休んだので、そろそろ働こうと思います」


 朝食の時間にそう宣言すると、ルクスさんは「えっ?」と目を見開いた。


「休んだって本当に? 僕の目には毎日忙しくしてるように映ってたけど……」

「のんびり起きて好きなことをして、天国のような暮らしをさせてもらいました」


 家事を手伝い、空いた時間にハーブティーの淹れ方を学んだり、近くの村のマダムに料理を教わったりする生活は、最高の癒しだった。


 毎日満員電車に揺られて通勤する日々には、もう戻れそうにない。


「料理や掃除をしてくれるだけで本当に助かってるから、無理しないでね」


 ルクスさんは働くなとは言わなかったが、かなり心配してくれているようだ。


 そりゃ、精神不安定な私の話を聞かされたんだから、当然だよね……。


 今振り返ってみると、あの時の自分は相当おかしかったと思う。


「最近は夜一人になっても落ち込まないんです」


 夜眠る前にハーブティーを飲んでるおかげか、毎日ほっと温かい気持ちで眠りについている。


「ルクスさんがブレンドしてくれたハーブが、よく効いているのかもしれません」

「それはよかった」


 三ヶ月休んだことも良かったのだろう。

 この世界での生活にも少しずつ慣れてきて、心に余裕ができた。


 ルクスさんのお店は相変わらず閑古鳥が鳴いていて、その原因もある程度分かってきたので、そろそろ動き出してみようと思う。

 

「それで、この店のことなんですけど。やっぱり、ハーブティーの良さを知ってもらえるようなお店にしたいんです」


 オーナーであるルクスさんが大事にしているものを大事にしたい。


 それだけではなくて、ルクスさんがブレンドしたハーブティーがどれほど素晴らしいものであるかを、私は身をもって知っている。


 訪れた人をほっと癒して、ささやかな幸せを感じてもらえるようなお店を目指すなら、ハーブティーは不可欠だと思うのだ。


「ハーブティーだけだと難しいので、ハーブカフェということにして軽食やお菓子も提供したいと思います」


 食事は定番と日替わりメニューひとつずつ。あとはテイクアウトもできるサンドイッチや焼き菓子を用意して、ハーブティーとのセット販売に繋げていきたい。


「食材の仕入れ先は考えてる?」

「いつも配達をしてくれているリュッカさんのところにお願いしようと思いますが、他と比べた方がよければそうします」

「一応、相見積もりをとってみようか」


 ルクスさんはお店の経営に全く興味がないのかと思いきや、価格設定や顧客ターゲットなど、私の案を聞いてアドバイスをしてくれた。


 更に、これからやるべきことの整理も一緒にしてくれて、「きっと上手くいくよ。責任は僕がとるから安心して」という優しい言葉をかけてくれる。


 会社の上司が全員、ルクスさんだったら良かったのに。


 騎士団ではきっと、部下に慕われていたのだろう。


 さりげなく気にかけて背中を押してくれるところ。見た目も性格も違うのに、なんだか前世の先輩を思い出す――。


「スズ?」


 ぼーっとルクスさんを見つめていた私は我に返る。


「あ、いえ、何でもありません。お店の名前はどうしましょう?」


 やることリストの上位にあるのが店の名前と看板だ。


 実は、近所の人ですら、ルクスさんが店を開けていることを知らなかった。

 前オーナーが店じまいをしてそれきり、と思われていたわけである。


 私としては店名を新たにし、ニューオープンとして宣伝するのはどうだろう? と思っていて、ルクスさんへの相談が必須だった。


「譲り受けた時のまま特に考えていなかったけど、スズの言う通り、新しくつけた方が良さそうだね」

「前オーナーの承諾は必要でしょうか」

「いや、そのあたりは好きにしていいと言われてる」


 ルクスさんは「店名かぁ……」と呟いてから、しばらく思案に耽っているようだった。


 私はその間に、すっかり固くなってしまった朝食のパンを頬張る。


「ハーブカフェ 木漏れ日の庭、というのはどう?」

「温かな雰囲気でいいですね」


 正直、店名にこだわりはなかったけれど、ルクスさんの考えた言葉がカフェのイメージにぴたりとハマった気がした。


 森林から溢れた柔らかな光が、ルクスさんのハーブ園を照らす美しい光景を想像すると、心洗われたような気持ちになる。


「決まりだね。店の看板を作らないと」

「人の往来がある道の方にも看板を置きたいです。あと、オープン、クローズの札も」


 建物が少し奥まった場所にあり、木々に覆われて存在を認知しづらいので、営業していることをアピールできるようにしておきたい。


「知り合いに頼んでみるよ」

「お願いします」

「そういえば、前にスズが欲しがってた魔道具はネイドにお願いしてあるから、楽しみにしていて」


 ルクスさんは思い出したように言う。


「えっ! 調理器具とドライヤーですか?」

「そう。ドライヤーは既存の物があるらしいけど、ハンドミキサーとフードプロセッサーの方はネイドも興味津々だった」


 ドライヤーがあれば、ルクスさんに魔法で直接髪を乾かしてもらわずに済むし、ハンドミキサーとフードプロセッサーはお菓子作りの効率が格段に上がる。


「ありがとうございます。出世払いでお願いします」

「新店オープンの必要経費だよ」


 ルクスさんは空になったお皿を、私の分まで持って立ち上がる。


 そのくらい私に洗わせてください! と、私も急いで席を立った。

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