第8話 おいしい市場調査

 何か食べたいものはあるかと聞かれた私は、「ルクスさんのお店の参考になりそうなレストラン」と答えた。

 

 この世界の飲食店がどのような雰囲気なのか。何の料理が人気で、お客さんの層はどうなっているのか。少しでも知っておきたい。

 

「スズの要望に沿えるかは分からないけど、赤ワイン煮が有名なお店はどう?」

「美味しそうですね。この国の名物ですか?」

「国というより、このあたりの伝統料理かな」

 

 空腹なのも相まって、この世界で食べる初めての料理への期待が高まる。

 

「少し歩くけど大丈夫?」

「はい。美味しいもののためなら頑張れます」

 

 目当てのお店は街の外れにあるらしい。

 石畳の中心街を抜け、宿屋が立ち並ぶ通りに入ると、街の雰囲気が少し変わる。

 

 至るところにお酒を飲むお店があって、着いたお店もレストランというよりは、人々が集まってワイワイ飲み食いする大衆食堂みたいなところだった。

 

 外まで漂ってくる良い匂いに、お腹がぐぅぐぅ鳴る。

 

 日が暮れる前だというのに店内は混み合っていて、私たちは運良く空いていた二人掛けのテーブルに通してもらえた。

 

 カウンター席はなし。店内はルクスさんのお店の五倍はありそう。

 内装にこだわっているわけではなさそうだが、煉瓦造りの建物だからお洒落に見える。

 

「もっと格式高いところが良かった?」

 

 きょろきょろ店内を観察する私を見て、ルクスさんは心配そうに尋ねる。

 

「いえ。こういうお店の方が落ち着きます。料理も美味しそうですね」

 

 赤ワイン煮以外にも様々な料理があるようで、隣のお兄さんが食べている豪快に盛り付けられたフィッシュアンドチップスのようなものも美味しそうだ。

 

「ここは地域住民というより、一時滞在者向けのお店なんだ」

「地元の人は普段、どんなお店で食べるんですか?」

「基本外食しないから、自分で作るか、出来合いを買って帰るかの二択だね」

 

 少し裕福な家庭だと、何かの記念にレストランへ行くこともあるようだが、ファミレスやファストフード店のように家族で気軽に入れるお店はないらしい。

 

「この世界のレストランは、こういう感じか、お金持ちや商人向けの高級店に分けられるかな」

「ルクスさんのお店は……前オーナ時代はどうだったんですか?」

「あそこはコンラードと、次の街を結ぶ道の途中にあるから行商人とか、夏場は街から湖に来る人も利用していたかも」

 

 ふむふむ、なるほど。

 ということは、辺鄙な場所にあっても集客の見込みはありそうだ。


「牛頰肉の赤ワイン煮はマストとして、何を頼もう?」


 ルクスさんはメニューの書かれたボードを仰ぎ見る。


 私は「何でもいいです」と言いかけてから、目に留まった料理の名前を口にする。


「魚介の串焼きとスパイシーポテト……」


 この二つだけ、どことなく日本の居酒屋感を放っていて気になった。


 変わったメニューなのかと思いきや、ルクスさんは「いいね」とベストチョイスであるかのような反応を示す。


「あとキノコグラタンパイもどう?」

「お願いします」


 本当に魚介の串焼きとスパイシーポテトで良かったのか分からないが、ルクスさんはウエイターを呼び止め、さっと注文してしまった。


 飲み物は当然のように白ワインが出てくる。


「食事の席ではワインを飲むのが普通ですか?」

「夜はそうだね。苦手だった?」

「味が苦手というより、お酒に強くないので飲むのは久しぶりです」


 思えばこの時、水を頼んでもらえばよかったのに、一杯くらいなら大丈夫だろうと考えてしまった。


 軽く乾杯をして銀のグラスに口付ける。

 甘くさっぱりして飲みやすい。


 ちまちまワインを飲んでいるうちに、次々と料理が運ばれてくる。


 まずはスパイシーポテト。揚げた芋に塩と香辛料をかけたシンプルな料理だが、病みつきになる味だ。


 魚介の串焼きは想像したよりもお洒落に盛り付けられており、酸味の効いたソースとの相性が抜群だった。


 キノコグラタンパイは熱々で、キノコ香る濃厚なクリームソースが最高に美味しい。

 有名だというワイン煮は、口の中でほろほろ溶けるお肉に感動した。


 お店で提供される料理のクオリティが高い。

 ルクスさんの『料理の腕に自信がなく、提供を止めた』というのも理解できる。


「本当に美味しいです」

「喜んでもらえて良かった」

「飲食店をするには、このくらいの質が求められるということですよね?」


 酔っ払って、私はいつになく前のめりで尋ねる。


「スズはすごく真面目だね」

「そうですか?」

「この世界に来たばかりなのに、もう仕事のことを考えてる」

 

 ああ、それは真面目というより日本人のさがですよ。


 そう言いかけて、すっと熱が冷める。

 

 本当はそうじゃない。


 上手くやらなくちゃと気がせくのは、何もできない自分を受け止めるのが辛いからだ。


「単に私が不安なんだと思います」


 ルクスさんに優しく「どういうこと?」と聞かれると、胸の奥底に仕舞われていた負の感情は簡単に決壊した。

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