第6話 魔力なしのポンコツでした
「シャローン、まだかかりそうー?」
階段下からルクスさんの声が聞こえてきたのは丁度、化粧まで終わった頃だった。
シャロンさんは「今行くわ」と返事をしてから、「片付けていくから先に下りていて」と私に促す。
変じゃないよね……? 大丈夫。
姿見の前で一度くるりと回ってから階段を下りる。
「一段と可愛くなったね」
ルクスさんは開口一番私を褒めた。
社交辞令のようなものだろうけど、やっぱり嬉しい。
ルクスさんとの間にしばらくほのぼのとした空気が流れた後、彼の背後に人が立っていることに気づく。
静かで影が薄く、背後霊のような佇まいなので私は一瞬ビクッとした。
「ルクスさん、そちらの方は……?」
見えてはいけないものではないですよね……と思いながらも恐る恐る尋ねる。
「ああ、彼はネイド。魔道具職人なんだ。シャロンと一緒で孤児院時代からの旧友だよ」
ネイドさんが無言で頭を下げたので、私も「はじめまして」とだけ言ってお辞儀をした。
何というか、ルクスさんやシャロンさんとはまた異なる雰囲気の人だ。
髪の毛はもっさりとして目元を完全に覆っているし、服は私のジャージ姿を彷彿とさせるよれよれ感だ。
この世界の人は皆、華やかなのかと身構えていたが、そうでない人もいると知って失礼ながら安心する。
「そうだこれ。魔力測定器を借りてきたんだけど、石の部分を触ってみてくれる?」
ルクスさんはそう言って、
上部の魔法石に触れると、魔力量の多さに応じて針が回る仕組みだそうだ。
ついにきた。
転生してきたからには、私も魔法が使えるのかもしれない。もしかして、すごい力が見つかったりして。
くじ引きの前のような高揚感を覚えながら、私はそっと測定器に手を重ねる。
あれ?
何度触ってみても手に魔法石のひやりとした感触が伝わってくるだけで、針はぴくりとも動かない。
「……これ、電源入ってます?」
「おかしいな、壊れてないはずだけど」
ルクスさんが代わりに手を置くと、針はぐるんぐるんと狂ったように回転を始める。
でも私が手を置くと、何の反応も起こらない。
壊れてるのでは? と思いきや、横で見ていたネイドさんが、淡々と悲しい宣告をする。
「単に魔力がないんだよ」
「そんな……」
私がショックを受ける一方で、ルクスさんは「魔法のない世界から来たのだから当然か」と納得した様子で頷いていた。
「大丈夫。珍しいけど、魔力のない人間もいるから。魔力があっても魔法を使いこなせない人も多いし、魔道具は高価だから世間にはまだ普及していない」
ネイドさんは項垂れる私に、この国では魔力がなくとも問題なく生活していけると教えてくれる。
そうだ。今までできたことができなくなったわけじゃないし、魔法が使えなくても問題ないじゃないか。
転生時に言葉を分かるようにしてもらっただけでも十分ありがたいと、前向きに考えることにする。
「でも、うちは魔道具だらけだから困ったな」
ルクスさんがそう呟いたのを聞いて、ネイドさんは肩掛けカバンからスッとビロードの箱を取り出した。
「心配ないよ。こんなこともあろうかと、補助ペンダントを持ってきてる」
「流石ネイド」
「伯爵令嬢に作ったものと同じ型だ。通常五百万リットのところ、友情価格で三百万リットでいい」
ご令嬢と同じ型? 五百万リットが三百万リット?
これまた、とんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
この国の物価も、日本円の幾らに相当するのかも分からないが、友情価格にまけてもらったとしても高価な代物だろう。
「最高純度の魔法石だ。これに魔力を貯めておけば、魔力がない人でも魔道具の起動・停止ができる」
ネイドさんは箱を開いて中を見せてくれた。
補助ペンダントよりも、大粒ダイヤのネックレスという言葉の方が相応しい一品で、私は言葉を失いかける。
「ネ、ネイドさん? もっとグレードの低いペンダントはないのでしょうか……」
いくら魅力的な品物でも、一文無しの私には当然買えるわけがないし、ルクスさんに買ってもらうわけにもいかない。
「全く魔力のない人間が魔法を使おうと思うと、これくらいのレベルの品でないと難しい。それに三百万リットくらい、ルクスにとっては大したことないはずだよ」
私はルクスさんの方を見て、ぶんぶん首を横に振る。
ところが、ルクスさんはひと言「買った」と答えた。
「えっ!? ルクスさん、私なら大丈夫です! 井戸で水を汲んでタライで洗濯して、木を擦って火起こしします! そんな高価な物を買ってもらうわけにはいきません!」
必死に訴える私が可笑しかったのか、ルクスさんは「ふっ」と声を出して笑う。
「大丈夫。ネイドの言う通り、三百万リットは普通に払える金額だし、家にある魔道具もそれくらいか、それ以上はするよ」
「ああ。ルクスのところの魔道具は全部オレが作ったものだから、互換性もいい」
そういうことではなくて……と思ったが、ルクスさんは迷うことなく契約書にサインをしてしまった。
ペンダントを受け取ると、彼は魔法石の部分を握り締める。
その瞬間、ぶわっと風が巻き起こるような感覚がした。辺りを見回すけれども、机に積まれた布や書類が風に舞う様子はない。
「入れすぎると割れるから気をつけて」
「分かってる」
ネイドさんとルクスさんのやりとりを聞いてようやく、ペンダントに魔力を入れているのだと悟った。
「こんなところかな」
透明だった石が、青みを帯びて輝いている。
ルクスさんの目と同じ色だ。
「綺麗……」
「気に入った?」
ルクスさんは早速、私の首にペンダントをつけてくれる。
「うん、似合う」
さらっと髪を撫でられ微笑まれた私は、その場に硬直してしまう。
片付けを終えて下りてきたシャロンさんは、その光景を目の当たりにして「何があったの?」と不思議そうにしていた。
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