第3話 これからのこと

 「ルクスさーん、こんにちはー」 

 

 ノック音に続いて男性の声が聞こえてくる。

 

「お客さんでしょうか」

「いや、配達だ。ちょっと待ってて」

 

 ルクスさんの後をついていくと、玄関前に大きな木箱が置かれていた。

 

 配達に来たと思わしき青年は、ルクスさんと少しやりとりをした後、私に気づいてぺこっと頭を下げてから去っていく。

 

「辺鄙な場所にあるから、食料や日用品の配達を頼んでるんだ」

 

 ルクスさんは重そうな木箱をひょいと持ち上げ、店の中に運び込む。

 

 中にはワインやパン、分厚いベーコンや巨大なチーズが入っていた。

 量が多いのでお店で出す食材かと思いきや、そうではないらしい。

 

「自分用だよ。この通り、店には誰も来ないから……」

 

 そういえば、開店休業状態って言ってたっけ。

 

 どういうことなのだろうと首を捻っていると、ルクスさんは気まずそうに経緯を教えてくれる。

 

「料理に自信がなくて、ここを引き継いだタイミングで飲み物の提供だけにしたんだけど、それが失敗だった。当然と言えば当然なんだけどね」

「ハーブティーを飲みに来る人はいないんですか?」

「貴族や修道院では薬として扱われていたりするけど、一般家庭には普及してないんだ」

「なるほど……」

 

 私が元いた世界であれば、ハーブティー専門店というのもありだったのかもしれないが、この国では難しそうだ。


 おまけに、コーヒーや紅茶を飲みに来るようなカフェ文化もないらしい。

 

「どうにかしないと……とは思うんだけど、生活には困っていないし、今はハーブの世話をするのが楽しくて」

 

 ルクスさんは叱られた大型犬のようにしゅんとしたと思ったら、急に顔を上げ、私をまじまじと見つめる。

 

「スズは行くところがないんだよね?」

「はい、そうですね」

「もし良ければ、お店を手伝ってくれないかな。二階の空いてる部屋に住めばいいし、もちろん給料も出すよ」


 お金がなければ住むところもない。それが今の私の状況だ。

 この世界で生きていくには程度はどうあれ、ルクスさんの助けが必要になるだろう。

 

 ここに居候させてもらえるのならそれが一番安心だが、すぐに「うん」とは答えられなかった。

 

「とてもありがたい話ですが、私、料理のプロでも経営のプロでもないですよ……?」


 ここへ来る前は経理事務をしていた。お金のことなら少しは分かるが、漫画でよくある『前世の知識を活かして商売繁盛!』みたいなのはたぶん無理だ。


 おばあちゃん直伝の家庭料理はこの世界では通用しない――というより、調味料が手に入らなさそうだし、お菓子作りには少し自信があるといっても趣味レベルでしかない。


 私が不安を伝えると、ルクスさんは気にしないでとばかりに微笑んだ。

 

「カフェ、だっけ。スズのいた世界にはこの国にないものがたくさんあって、その知識がきっと役に立つと思う。それに、お客のいない今よりは絶対良くなるよ」


 よく考えてみれば不確かで楽天的な発言なのに、ルクスさんが言うと不思議と「そうかもしれない」と思えてくる。


 もしかしたら、私にもできるかもしれない。


 普段あれこれ悩みがちな自分に、根拠のない自信が湧いた。

 

 そして何より、木の温もり溢れるこの空間に、お客さんが入ってハーブティーを飲むところを想像すると心が躍る。


「私でよければお手伝いをさせてください。精一杯頑張ります」


 私は頭を下げてから、ルクスさんが差し出した手をとって握手する。


「そうと決まれば、まずはここで暮らす準備をしないとね」

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