騎士様とハーブの箱庭
藤乃 早雪
第一章 再生のカモミール
第1話 知らない国で
「おばあちゃん、何飲んでるの?」
「庭のカモミールでお茶を作ったんだよ。
マグカップに注がれた黄色のお茶は変わった風味がしたけれど、心がぽかぽか温まるようだった。
私を育ててくれた、大好きなおばあちゃん。
料理上手で、小さなお庭でたくさんの植物を育てていた。
でも、もういない。
温かな日々を思い出せば思い出すほど悲しくて、けど、それにももう疲れてしまった。
体がどんどん冷えていく。
もう、いいかな。もう、いっそ――。
「ん……」
急に意識が浮上した。
ずっしり重たいものが体の上に乗っていて、焦点の定まらない視界の先には、見知らぬ天井が広がっている。
そうだ。確か、池で溺れている子どもを助けたところで力尽きて、そのまま自分が溺れたんだ。
そこまで思い出したところで、体を覆う重さの正体が
「!!!!????」
アラサーにもなって異性に耐性のない私は、声にならない悲鳴を上げて身を捩った。
えぇ、誰? 外国の方? 私、英語喋れないんだけど……って、それよりもこの人何で半裸なの!?
「良かった。意識が戻ったんだね」
男はアイスブルーの目を細めて微笑んだ。
あれ、言葉が分かる。
「溺れている君を助けた時には意識がなかったから、連れ帰ったんだ。冷たかったから、温めなくちゃと思って……」
「そういうことでしたか。助けてくださり、ありがとうございました!」
この時の私は、とにかく気が動転していた。
お礼はまた後日と言って部屋を飛び出し、勢いよく階段を駆け下りる。
古い造りの家だな、とか。どうやって服を乾かしたんだろう、とか。
気にすべきところは他にもたくさんあったはずなのに、一直線に玄関へと向かう。
バンッと勢いよく扉を開け、私は再び絶句した。
目の前に広がる景色が日本じゃない。
少なくとも、私が元いた場所でないことは確かだ。
木漏れ日の美しい、静かで、どことなく洗練された森林の風景を見てそう直感する。
「ここはどこでしょう? フランス? ドイツ? カナダとか?」
追いかけてきてくれたブロンドの彼に尋ねると、困惑気味な答えが返ってきた。
「どこって……コンラードのはずれだけど」
「……この国のお名前は?」
「グラスティア王国」
グ、グラスティア王国……? 聞いたことない! どこの国!?
ガーン、と頭を殴られた気分だった。
知らなかっただけで、ヨーロッパにはそういう国があるのだろうか。
それとも、どこかの国から独立したとか、名前が変わったとか? 最近ろくにニュースを見れてなかったから……。
ぐるぐる考えを巡らせているうちに、ふと別の可能性が頭に浮かぶ。
もしかすると私はあの時死んでいて、これは異世界転生というやつでは……?
そうだとしたら、知らない国にいることも、言葉が通じるご都合主義的展開にも納得がいく。
いや、でも、そんな馬鹿な。
きっとこれは夢で、私は妄想のし過ぎだ。
「大丈夫、落ち着いて」
彼はふらつく私を支え、低く優しい声で宥めてくれた。
カウンターに座るよう促されてはじめて、一階がカフェのような造りになっていることに気づく。
薄暗い室内にお客の姿はないが、彼は「そうだ。少し待ってて」と言って服を着てから、カウンター裏でお湯を沸かし始めた。
頰をつねっても目覚める気配はまるでない。
むしろ、音も匂いも感触も全てがリアルだ。
やっぱり、ここは異世界かもしれない。
赤い石が埋め込まれた、ガスコンロのような調理器具を見てそう思う。
この頃になると私は大分落ち着いていて、「紅茶を淹れてくれているのかな」と思いながら、作業の様子を眺めた。
「カモミールティー?」
懐かしさがふわりと香る。
ティーカップに注がれたのは、ほんのり黄色に染まった飲み物だった。
「そう。よく知ってるね」
彼は人懐こい笑顔を浮かべて、私の前に淹れたてのハーブティーを置いてくれる。
茶葉に見えたものはドライハーブだったらしい。
「おばあちゃんが庭でハーブを育てていて、よく淹れてもらって飲んだんです」
それももう、十年くらい前の話だ。
おばあちゃんが体を悪くしてから、庭は雑草だらけになってしまい、ハーブティーを飲むこともなくなった。
いただきますと呟いてから、火傷しないよう慎重に口をつける。
「……温かい」
カモミールの香りが広がっていく。
それだけでなく、スッキリとした風味もあって、何か分からないけど、他にもハーブがブレンドされているらしい。
独特のアクセントはジンジャーだろうか。爽やかに感じるのはペパーミント?
ブレンドの中身を想像しながら楽しんでいると、ぽかぽかと体が温まって、気持ちも上向いてくる。
こうしてゆっくりお茶を飲むのはいつぶりだろう。頰が緩んで、安堵の吐息が漏れた。
「美味しいです」
そう言うと、彼は大きく目を見開いて「本当?」と尋ねる。
どうしてそんなに驚いた表情をするのだろうと不思議に思いながら、私はもう一杯、おかわりを頼むのだった。
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