視界のふもとに映る逃げ惑う人々。その混乱の源に佇む機体達は自分たちの行動に疑問を呈していた。

 『全く、上層部は何を考えてるんですかね。敵とは言え民間人ですよ…。』

 「あのが死んだんだ。士気が低い今が攻め込む好機。…今思えば、アイツがたった一つの、この国の防波堤だったのかもしれん。」

 「でもですね…」

 幸い、彼らは真っ直ぐ逃げている。ここが占拠されれば、この苦しい時間もすぐ終わるだろう。

 『隊長。』

 「来たな。各員戦闘用意。」

 市民は誰1人といない。だが、人々が消え去った遥か先から、また違う影がちらりと見える。

 「分かってるな。いつも通り、殺られる前に殺れ。全員生きて帰るぞ。」

 『『『『『了解』』』』』


 

 困惑の渦に巻き込まれているのは、民間人のみでは無かった。

 「クソっ…こんな時に…。」

 激しい憎しみが彼の頭をよぎり、それと共に度し難い屈辱も感じていた。かつての英雄の弔いを妨げられる。それはこの司令室の長たる彼にとって、しいては数多くの軍人にとってこれ以上ないものだった。だが今は、彼含めその場にいるすべての者が己の職務を全うすべきと判断し、奮起した。

 「戦鋼3機、現着!市民の避難も完了しました!」

 「繋げろ!」

 無線がつながり、それぞれ3つのコードネームが巨大なモニターに映る。

 「聞こえるな!敵は君達より多い。だが地の利はこちらにある。1匹ずつ潰していけ。無理はするな。必ず帰ってこい。

 ガルーダの、誇りにかけて。」

 司令官の声と無線越しの敬礼に、3人は力強く、そして固い決意を示し応える。

 『『『了解。ガルーダの誇りにかけて!!』』』

 ブーストが吹き出す音ともに通信が終わり、司令室には各員が彼らを見送った後、再び自分の役割に戻った。


 


 『殺られる前に殺る』。彼らの部隊はそれを何よりも優先した。故に装備は遠距離での戦闘を想定している。背の高い建物に陣取る彼らは機体に輝くエイレーネ王国の象徴、ハトのエンブレムを掲げ、いずれ来るであろう敵を待ち構えていた。

 一人の隊員が3つの炎をスコープ越しに捉えた。

 『隊長。1機、いや3機向かってきます。』

 「チャージは終わっているな。ロックオン次第各個撃破しろ。」

 3機は真っ直ぐ突撃してくる。それを捉えるには余りにも容易だった。

 「撃て。」

 合図と共にレール砲を撃つ。その弾速は凄まじく、三本の赤い軌跡は瞬く間に数百メートル先の3機に近づいた。だが、彼らも馬鹿では無い。

 3機はそれぞれ左右、そして下方向に散らばる。砲弾は目標を見失いただ空を貫いていった。

 『目標、見失いました。』

 無線から狙撃班の報告が耳に入る。

 「近接班、聞こえたな。出番だ。」

 ビルが立ち並ぶ市街地、入り組んだ戦場を敵の3機は複雑に、素早く移動する。

 「目標をマーク、共有しておいた。そちらのレーダーにも映っているはずだ。」

 『バッチリですこれより接敵します。』

 先読み。敵が突き進む方向の背後から近接班が飛び出した。右手にブレードを構え、人の身長より大きいショットガンの銃口を向ける。

 敵は180°ターン。標準的なアサルトライフル2丁だが、汎用性は高い。フルオートで放ってくるが、弾丸の嵐をものともせず突っ込む。左右にブースト。照準を揺らし、被弾を最小限に減らす。

 たまらず上に逃げた。距離さえ離せば本来は問題ない。だが上には、狙撃班が待ち構えていた。

 『ナイスアシスト。』

 飛び上がれば、死は確実。地で死ぬか、空で死ぬか、彼らにはそれ以外有り得なかった。数々のビルの森から体を出せば、狩人に心臓を射抜かれる。まさに狩猟だ。

 また別の場所で一人―――――振られる刃と散弾を後退しながら避け続けるが、こちらのほうが軽量な分じりじりとその距離は縮まる。更に後ろに避けようとするが、敵の機体は加速しなかった。恐らく、エネルギー切れだろう。刃を横凪に振り、彼の脚部をかっさらう。敵の機体は一瞬浮き、その後重い金属音とともに地に落ちた。

 『隊長、どうします…。』

 引き金にかける指は、微かに震えていた。

 「…甘えるな!!!これは戦争だ。一度敗北を知ったものは、執念で付き纏う。殺した方が我らの為だ。」

 『了解…。』

 地面に横たわる敵は、鉄くずと化した機体の腕を動かし、標準を合わせようとする。

 だが、銃口が向く前にその腕は力尽きた。回線が切れたか、ジェネレーターが壊れたか、いずれにしろ、機体が動くことはもうなかった。

 コアに当たる胸部に、銃口を当てる。

 『ごめんなさい…』

 一発の銃声。その声が、また一つの命を終わらせた。コアは火を噴きだし、火花が舞い散る。その音は、遠くにいる彼にも聞こえた。



 味方はもういない。聞こえてきた無線はその事実を言葉を使わずに伝えてくる。

 「タノア…アンバー…ゆっくり休め。」

 彼は、目の前にいる侵略者を見据えた。

 「あとは、俺がやる。」

 叩くべきは、敵司令官、おそらくそいつは国葬の会場にいる。近づくためには。

 (やはり後退しながら相手取るしかないか。)

 ブーストを更に後ろに吹かし加速する。恐らく敵はこちらの意図を察知するだろう。そして狙い通り、追ってきていた一つの機体が追いつくように加速した。

だが、倒すことは今は重要ではない。ひたすらに弾をばらまき、弾幕を貼り距離を取る。敵は近づくことが出来ず一定の距離を保っている。

 彼はこの地で生まれ育った。この街の入り組んだ構造は手に取るように分かる。無作為に、だが速く道を進む。未だ拮抗状態、付かず離れずの距離で戦いは続く。

 広い交差点に入った。ここを抜ければ、敵の司令官の懐に潜り込める。

 しかし、その十字路には挟み撃ちが待っていた。両翼から二機。自然と道は絞られてしまう。

 (あいつらを殺した二機か。だが…道は開いているぞ!)

 彼は吸い込まれるように直進する。ここから先は交差点も何もない。敵は追ってくるが、もう遅い。ゴールは、すぐそこ────

 「くそ……」

 先にあった、3つのレール砲。それらは三方から神々しく輝きを放ち、こちらに口を向けている。

 「筒抜けか。なるほど、道理であいつらが敵わないわけだ。」

 後ろには先の奴ら、前には弓を今にも弾かんとす狩人。命は無い。なら。

 「せいぜいもがいてやる。このケダモノ共が!!!」

 ライフルを構え、狙いを定めた。

 1発でも多く、かましてやる。

 重い引き金が弾かれるその時、一筋の閃光が一門のレール砲を貫いた。

 「この、攻撃は……そんなまさか……」

 爆発。その炎は美しく。最後の輝きはあまりにも眩い。

 それは、彼の瞳をギラギラと照らした。


 





 司令室は、その現実を直視した。次々とやられていく同胞。最後の魂の一雫。そして、亡霊を。

 「所属不明機接近中…しかし、この速度…間違いありません…識別名…

 彼女です。」


 


 

 

 

 


 

 


 

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戦火は私に何を見せる。 弾、後晴れ @tuoi

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