六章 サバストと王 第二話
穏やかな笑みだった。緩やかな巻き髪は明るく光沢を放ち、その目には自信が、額には聡明さが現れている。
家臣達はよく父親似だと世辞を言ったが、なんのことはない。この美しい顔は母親似だ――彼はそう思って微かに笑った。
メイルローブ城には城を治める城主の部屋とは別に、シュロー家当主専用の客室がある。シュロー本家の本拠地はメイルローブからは距離があり、当主がこの城に来る事は年に数度しかない。サバスト・シュローが前回、この城に来たのは半年ほど前であった。久しぶりにまたこの城に来たが、秋の花々が散るのを見ぬうちにまた王都に戻らねばならない。
彼は先ほどの謁見を思い出し、ため息をついた。自分でも意図せず発したあの言葉――何故あんなことを口走ってしまったのかと後悔していた。
「私は間違ってはいない、か……」
無論、彼はそう信じて行動してきたはずだった。
氷竜国との戦は互いに予期せぬ、突発的なものであった。あの国とは断続的に戦が続いていたが、始まりはいつもそうであった。彼の代も、彼の父の代も、また祖父の代も……。戦は急に起こったものだ。そして、いつも冬には収まる。あの時もそうだろうと思っていたし、戦に出る息子に向かって、適当なところで収めよ、と言って送り出した事も覚えている。
彼は再び壁に目を移した。この部屋には歴代当主の肖像画が飾られており、ずらりと並んだ終わりの方にある彼自身の肖像画の隣には彼の亡くなった息子、ナフシスの肖像画が並んでいる。彼は亡き息子の肖像画の額縁に手を沿わせながら、彼の思い出を呼び起こした。
(才能は遺伝するものだという)
武の才、政の才、芸術の才……確かに親から子へと受け継がれていく才もあるだろう。しかし、彼は息子の才能が自らに由来したものだとは思えなかった。
幼いナフシスに初めて木剣を与えたのは、五歳の時であった。初めは遊ぶように稽古をした。小さな手で木剣をにぎり、父を打ち倒さんと必死に向かってくる姿は愛おしかった。我が子の振る剣を躱し、捌き、時折、わざと打たれて見せた。その喜ぶ姿がいとけなく、つい何度も打たせてしまったこともあった。
しかし、それも初めの頃だけであった。我が子はみるみるうちに上達していった。その振りは鋭く、足捌きは軽い。子供とは思えぬ正確さで木剣を振る我が子を見て、サバストはじきに遺伝などとは思わなくなった。
どう見ても自分より遥かに才能がある――それに気づいた時、サバストは嬉しかった。家臣達もそのうち父親似だなどと言わなくなるだろう――それを思って人知れず笑った夜の事を彼は今でもよく覚えている。
知らぬうちに緩んでいた口元に気づき、彼は思わず手をやった。
そして、また一つ息をつき、彼は燭台の火を吹き消した。
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