六章 サバストと王 第一話

 メイルローブ城でターバリスとの接見を終えたサバストは、その足で塔の上階へと向かっていた。メイルローブ城は数百年の昔、帝国時代に建てられた城で、今では失われた建築技法が多く使われている。戦の多いこの時代の城にはない優美さを持ち、城と同時期に建てられたこの塔も、同じ雰囲気をまとっている。サバストはこの城が好きだった。


帝国時代は今のように多くの国に分かれていたわけではなく、この城が建てられた理由は戦ではなく、街の統治と発展のためであった。


当時、この地を治めていたのはシュロー家ではなかったが、まだ当時の伝承は残っている。この城の最初の城主は愛する娘を喜ばせるため、美しい庭園を設計し、それを眺めるための塔を建築した。毎年、花が咲き誇る時期になると、賓客や市民を招いての宴を催していたという。


しかし、それも束の間、短くも安定した帝国統治は終わり、訪れたのは長い戦乱の時代であった。最初の竜候であった皇帝が斃れ、その遺児たちは次の皇帝たらんと次々に国を乱立した。


シュロ―家が台頭したのは、そんな時代であった。国が出来ては滅び、竜達が戦で数を減らし、ついには八柱にまで減っていった。シュロ―家はそんな戦乱の中、灼竜国初代国王の忠臣として頭角を現し、和平条約である大竜綱が結ばれた後、この州の統治を任せられた。


同時にこの城はシュロー家のものとなったが、長い戦の中でこの城の伝統もいつしか失われてしまっていた。


サバストが彼女の居所をここと定めたのは、この庭園の伝承が頭をよぎったからである。もちろん、そういった情理的な理由のみで決めたわけではなかったが、虜囚の身でも花の楽しみくらいは与えてやりたいと思った事もまた事実であった。


 サバストは扉を叩いた。


「入れ」

その声を確認して、錠を外し、扉を開ける。


 彼女はいつものように窓際の椅子に腰かけていた。サバストはゆっくりと歩み寄り、その足元に跪いた。


「何用か?」

「明日、王都へ発ちますゆえ、挨拶に参りました」


彼女は、窓外を見つめたまま、「そうか」とだけ呟いた。


「北に出しておりましたターバリスを呼び戻しました。御身に危険が及ぶ事のないよう城の警備に当たらせます」

「かごの中の鳥を守るのは、飼い主の義務……ということだな」


サバストは何も答えなかった。


「狐の狙いは鳥ではなく、財宝と領主の首だと聞く。領主がいなくば、襲いにくるわけもあるまいに」

「賊の考えなど分かるものではありませぬ。万が一という事もありますゆえ……」


サバストはちらりと部屋の隅に目をやった。


「それに、財宝などよりも大切なものもございます」

「ふん、殻に籠ったままでは、ただの石と変わるまい」


 彼女はいつもと同様に、冷たい印象をまとったままだった。幼き頃の無邪気な笑顔を思い出し、サバストの心は重くなった。部屋に無言の時間が流れた。その時間は何とも重く、苦い。少し視線を上げて彼女を見ると、彼女はいつものように窓の外を見ている。その視線は庭ではない。遥か遠く、西南の空。その空の先にあるのは王都。


「……私は……間違っていたとは思いませぬ」


沈黙に耐え切れず、思わず口をついた自分の言葉にはっとして、サバストは立ち上がった。慌てて部屋を出ようとしたサバストの背中に声が投げかけられた。


「サバスト」


サバストは動揺しながらも、扉の前で立ち止まった。


「まもなく冬が来る」

「……は」

「むやみに民を殺さぬよう努めよ」


サバストは向き直り、無言で、しかし、深々と頭を下げ、部屋を後にした。


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