第117話 ブックマン

「ハァーーーーー、疲れた」


 オレは段ボールが積み上げられた部屋で、ベッドに突っ伏す。


「お前別に何もしてないだろ?」


 オレの引っ越しの手伝いに来たアキラだって、別に何もしていない。オレの新居まで荷物を運んでくれたのは、引っ越し業者の人たちだ。

 1月も初旬も初旬、4日の引っ越しだというのに、引っ越し業者は嫌な顔せずに引っ越し作業を行ってくれた。何でも1月は引っ越し閑散期だそうで、引っ越し料金も安くついた。


「あとはこの引っ越し蕎麦をお隣さんに持っていけば、万事オーケーだな」

「いや、今時引っ越し蕎麦でお隣にあいさつ行く人いないから」


 とはマヤ。段ボールから食器類を取り出し、棚に並べている。


「ではこの蕎麦はどうすれば良いんだ?」

「…………」

「…………」



 ズルズル、ズルズル。


 1Kの我が城で、温汁の蕎麦をすする音だけが聞こえていた。


「しかし引っ越しって大変だよなあ。リアルにもマジックボックスがあれば楽なのに」

「何を夢見てんだよ。リアルとゲームを混同するなんて、頭おかしいと思われるぞ」


 オレが話の種を振ると、アキラにたしなめられた。


「分かってないなあ。こういうロマンから世紀の大発明が生まれたりしたりしなかったりするんだよ」

「どっちだよ」


 ナイス突っ込み。


「まあ現実問題として、物質を物質たらしめるヒッグス粒子の存在がネックだよなあ。あそこがクリアできれば、エネルギーから物質までが地続きになるんだけどなあ」

「うわ! 本気で考えてるよ」


 オレは本気である。マジックボックスの実用化。完成した時吠え面かくなよ。


「それより今はマグ拳だろ。どこまでいった?」


 とはアキラ。


「どこまで、とは?」


 オレは言っている意味を図りかねて首を傾げる。マグ拳はオープンワールドと呼ばれるタイプのゲームで、どこに行くのも何をするのも結構自由である。


「オレのクランは今、カルトランドを攻略中なんだ」


 ほう、そうなのか。カルトランドというと、アウルムの北だな。


「やっぱり寒いのか?」

「あー、うん。でもグラキエースほどじゃないな」


 まあ、カルトランドはグラキエースの南らしいからな。


「何をしてるの?」

商隊キャラバンに引っ付いて、色々巡ってる最中。雪豹やら雪狼やら、ノースゴブリンなんていうゴブリンの上位種もいるな。ま、オレのグラディオフランマの敵じゃないけど」


 ああ、アキラが無双しているのが目に浮かぶようだ。


「で、リンたちは何してたんだ?」

「オレたちはサブルム行ってたよ」

「は?」

「は?」

「サブルムって立ち入り禁止だろ? 入ったのバレたらヤバいんじゃないの?」


 アキラが心配そうな顔になる。


「大丈夫だよ」


 オレはサブルムでのことをアキラに話した。



「また裏クエストかよ! リン、チートとか使ってないよな?」


 悔しそうに歯噛みするアキラ。が、


「チートって何?」


 オレの素朴な疑問にズッコケる。


「データ改竄とか違法パッチとか使って、ズルしてゲームで楽してるかって話だよ」


 ほう。そんな方法があったのか。


「ハァー、それができればどれだけ楽できたか、なあマヤ」


 嘆息しながらマヤに話を振ると、マヤは脇目も振らずズルズル蕎麦をすすっていた。


「え? 何?」

「…………いや、蕎麦好きなんだな」

「うん」


 素蕎麦をこんなに真剣に食べてるやつ、初めてみたわ。



 ゲームにログインし、マヤとともに教会を出ると、外でマーチが待っていた。


「おーい、マー……」

「グワアッ!!」

「うわあっ!? 何!?」

「なんだリンたちか」


 声掛けたらいきなり驚かされたんですけど?


「何かあったのか?」


 オレがそう尋ねると、マーチの顔がとたんに不機嫌になる。


「大アリよ。今日だけで五回もパーティーやらクランから勧誘を受けたの」

「へぇ、大人気だな」


 と言うとキッと睨まれてしまった。何が良くなかったのだろう?


「良くないわよ! 毎日毎日、上から目線で「入れ」って命令してくるのよ!? 信じられないわ? どういう神経してるのよ? その上断れば「NPCのくせに」とかなんとか意味分かんない捨て台詞吐くし! 冒険者プレイヤーってあんなのばっかりなの? リン、どうにかしなさい!」


 どうにかしなさい、と言われてもなあ。…………いや、できるかも知れない。



 ガシャンッ!


 吹き飛ばされた胸鎧の男に、マーチは火炎小太刀を突き付ける。


「ま、参った。勧誘は諦める」


 そう言って男は衆人環視の中、そそくさと逃げ帰っていった。


「さあ! 他にはいないの!? 私を倒せばパーティーに入ってあげるわよ?」


 二刀の小太刀を構えるマーチに、今まで観客に回っていた冒険者たちが横を向く。それはそうだろう。マーチはすでに22人の冒険者を返り討ちにしているのだから。

 オレの作戦はこうである。マーチが上から目線で声を掛けられるのは、冒険者にマーチの強さが周知されていないからだと。なので衆人環視の元、勝ったらパーティーに入るという条件で、冒険者にマーチと試合をしてもらい、マーチの強さを周知させる。たとえNPCだったとしても、自分より強い者に無礼を働くほど日本人は気が強くない。結果、一時間ほどでマーチに声を掛けてくる者はいなくなった。



「「「かんぱーい!」」」


 打ち鳴らされる木のジョッキ。それをオレたち三人はグビリグビリと飲み干した。もちろん中身は果汁100%ジュースである。


「ぷはー。爽快ね」


 マーチはよほどストレスが溜まっていたようで、冒険者との試合は良いガス抜きになった。


「リンも思いきったことするわよね。マーチが負けたら、って思わなかったの?」


 とはマヤ。


「マーチが負ける? それってどこのドラゴン?」

「「確かに」」


 とオレたちがやいのやいのと騒いでいたら、


 パチパチパチパチ


 いきなりの拍手。音の方を見れば、胸鎧にハルバードと呼ばれる長柄の先に槍の穂先と斧と鉤爪がミックスされたような武器を肩に掛けた赤茶髪の青年が、こちらに向けて拍手していた。


「いやぁ、素晴らしい腕前ですね。見惚れてしまいました。どうでしょう? 僕を仲間に入れてはもらえませんか?」


 これまたいきなりの申し出である。


「あら? あなたも私にぶっ飛ばされたいの?」


 マーチがそう言うと、青年は首を横に振る。


「とんでもない。僕じゃあなたには敵いませんよ」


 そう言いながら青年は近寄ってくる。マーチではなく、オレに。そして耳元でこう呟いたのだ。


「マグ拳ファイターの運営です。あなたたち二人には、データ改竄の容疑がかかっています」


 そしてスッとオレに握手する青年。


「ブックマンです。よろしくお願いします」


 ハァー、また面倒臭いことが始まったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る