第89話 逃走

「はっ、はっ、はっ、はっ……」


 雪原を走る。オレたちは絶賛逃走中だ。何から? もちろんドラゴンのゲローからである。



「おーい!!! おーい!!!」


 その日はとんでもない大声で起こされた。

 食事をしたり翌日の支度をしたり、前日は色々やったわりに時計の進みが遅かった。アキラ曰く、アップデートされた影響じゃないか、とのことだった。

 最近はどれもこれも自動アップデートで、いつアップデートしたのか、逐一調べないとよく分からない。今回のアップデートは、アウルムの西が解放されたり、このグラキエースが出てきたり、と相当大幅なアップデートだったようだ。時間感覚も、前よりズレていると思っておいた方が良いらしい。

 折角なのでキングサイズと見紛う巨人用のシングルベッドですやすやお寝んねしていたら、件の大声で起こされたのだ。

 部屋の高所にある窓に飛び付いて外を覗くと、男が大声上げてこちらに手を振っている。誰?


「王弟のフレッド侯だな」


 いつの間にかオレの部屋にいたブルースが答える。


「王弟様がオレたちに何の用があるんだ?」

「知らないが、ここで出なければ不敬罪確定だぞ」


 なんとも面倒臭い話だが、フィーアポルトでオーロ王女相手に馬鹿やったオレには、拒否権は無さそうだ。

 全員で支度を済ませ外に出ると、女王と違って満面の笑みのフレッド殿下がそこにいた。


「殿下、何か我々にご用でしょうか?」


 オレは恭しくその場で膝をついて頭を垂れる。と両脇を捕まれ子猫や子犬のように持ち上げられてしまった。


「そう固くなることはない。なに、見知らぬ土地で不慣れだろうから案内が必要だと思ってな」


 ニカッと笑うフレッド殿下。


「あ、はあ、そうですか」


 としか言えないだろう。


「どこか行きたいところはあるか?」


 これって断ると不敬罪になるのかなぁ? などと考えながら、オレは持ち上げられたまま皆の方を見遣る。皆苦笑いだ。ついでに殿下のお付きの兵士さんたちも苦笑いしている。どうやらいつものことらしい。


「でしたら……」



 オレたちが連れて来てもらったのは、ゲローに滅ぼされた三ヶ所のうちの一ヶ所、王宮のある街からほど近い村だ。


「ひどい……」


 マヤやファラーシャ嬢が口を押さえて惨状を嘆いている。

 村は全てが氷付けにされていた。木も、建物も、そして人も……。

 本当に一瞬で氷付けにされてしまったらしく、こう言ってはあれだが、逃げ惑う人々の最期の姿がよく分かる。


「これは炎で溶かすことはできないのでしょうか?」


 ファラーシャ嬢の提案にフレッド殿下は否もなく頷く。


「それは願ってもないことだ。このまま氷付けでは、魂も天国へは逝けまい」


 当然だけど生き返る訳じゃないのか。中々胸にくるなあ。


「では溶かさせてください」

「オレも手伝うよ」


 ファラーシャ嬢にアキラが続く。二人で火魔法を使って村人たちを凍らせている氷を溶かしていく。


「では我々は溶けた村人たちの埋葬を」


 そう言って兵士たちもファラーシャ嬢に追従していった。



「じゃあゲローは、北東の山から一直線に王宮のある街までやって来てるんですか?」


 ファラーシャ嬢たちが村人の氷を溶かしていく間、やることがないのでフレッド殿下たちに話を聞いた。どうやらやられた三ヶ所の街や村は、王宮のある街と北東の山とを結ぶ一直線上にあったようだ。


「つまりゲローはあの街に目的がある、と?」


 フレッド殿下は首を横に振る。


「分からん。ゲローとは長い付き合いだが、こんなことは初めてなんだ。ゲローも子供が生まれて子育てに大変だろうに」


 ゲローには子供がいるのか。


「え!? 子供がいるんですか!? 魔物なのに!?」


「うむ。ゲローのような特別な個体は、子をもうけることがあるのだ」


 ゴブリンみたいな普通の魔物とは違うらしい。何であれ、ゲローは子供が生まれて大変とのこと。ってことは人間を餌として欲しているとか? だったら氷付けにしないで生きたまま連れ帰るか。


「もしかして子供が誰かに誘拐された、なんてこと考えられませんか?」

「まさか。ドラゴンは確かに素材としては最上級だが、だからといって国の破滅と天秤にかけられるほどのものじゃない」


 そりゃそうか。でも、人の欲には限りがないからなあ。


「終わったわ」


 ファラーシャ嬢とアキラが戻ってきた。


「あとは兵隊さんたちの埋葬待ちだ」


 とアキラ。


「ありがとう。皆さんのお陰で、村人たちも天国に逝ける」


 フレッド殿下の笑顔に、こちらも自然と笑顔になる。だがそれも一瞬のことだった。


「殿下~! フレッド殿下~!」


 兵士たちが急いでこちらに駆け寄ってくる。その様子は明らかに何かあった様子だった。そして兵士たちが二の句を次ぐより早く、オレたちはその正体に気付いた。ドラゴンが、ゲローがこちらへ飛んで来ているのだ。

 何をどうしたらあんな巨体が飛べるのか、きっと魔法なのだろう。だが今はそんなこと考えている場合じゃない。

 皆が回れ右をして一斉に走り出した。



 そして現在も逃走中である。

 しかも追い付かれそうであり、ゲローは口を開き冷凍吐液を吐き出そうとしている。と、


 ズボドッ!


 地面と思っていた雪面が崩れ、オレたちは穴へと落ちていったのだった。

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