第62話 トレシー顛末

「此度の働き、大義であった」


 フーガ捕縛の功が認められ、オレはトレシーの領主の館に呼ばれていた。

 目の前で立派な椅子に腰掛けるトレシーの領主ジャズ氏は、思っていたのと違い、まだ20代だろう若い領主様だった。

 その領主に片膝をつき頭を垂れるオレと、その横にはオレと同じようにしているレクイエムがいる。

 ん? レクイエム? 何故お前がここにいる!?

 そんな疑問は領主の横に立つセレナーデさんによって解消される。


「二人の潜入捜査により、フーガと、またそれに連なる八百長、賭けをしていた者たちは粗方捕縛できた。この街に住む者として、また、取り締まるべき立場の者として、改めて礼を言わせてもらう。ありがとう」


 あー、つまりあれですか、レクイエムは悪党だった訳ではなく、オレと同じように、というかオレより先に潜入捜査をしていた、こちら側の人間って事すか。

 それってつまりオレがレクイエムに勝とうが負けようが、フーガは捕まってたって事じゃねえか! なんだよ! 色々苦労したのがバカみたいじゃないか! ああ、なんかもうどっと疲れた。


「では働いた二人に褒美をとらす」


 領主の言葉に館の下男が動き、オレたちの前にそれぞれ袋と武具を置く。


「袋には一千万ビット入っている」


 おお! 凄い金額だな。


「そして武具だが、それぞれ先の武闘大会準決勝で武具を破損していたな。その補填だ」


 横を見れば確かにレクイエムの前には黒い大鎖鎌が二本置かれている。が、オレの前に置かれているのは、何とも厳つい緑色の小手である。


「あの、これは……?」


 オレが恐る恐る口を開くと、答えてくれたのはセレナーデさんだ。


「それは小鬼の小手と言い、小手の中に刃が仕込んである」


 へえ、仕込み小手か。面白いな。面白いけど、ここでそのギミックをあれこれ検証する訳にもいかない。刃物を領主の前で振り回せば、それだけで捕縛されかねないからな。オレはさっさと小手と金袋をポーチにしまった。レクイエムも同様だ。


「では、これにて謁見を終了する」


 セレナーデさんの言葉で場は閉められたのだった。



 館の外ではマヤ、マーチ、ブルースの三人が待ってくれていた。


「呼び出しって何だったの?」


 一人事情を知らないマヤが当たり前のように疑問をぶつけてくるが、大っぴらに言えることじゃないよなぁ。


「まあ、いろいろあったんだよ」


 何か疲れて話す気もしないし、オレは適当に流しておく。


「ふーん、レクイエム選手も一緒だったのね」


 とオレに訊いても答えが獲られないと悟ったマヤが、レクイエムに話を振る。

 だがそれに緊張したのはマーチとブルースだ。ふむ、ブルースの緊張具合からすると、ブルースにも話は通っていなかったようだな。それだけ今回の事件には複雑な事情が絡んでいた訳か。


「なに、お優しい領主様が、二位と三位のオレたちにも、褒賞をくれたってだけの話さ」

「な〜んだ。何、勿体ぶってるのよリン」


 あながち間違いじゃないが、それを素直に受け取れるマヤが凄い。


「領主様、武闘大会好きだからね」


 とマヤは優勝の褒賞として、大会後の授賞式で領主から直々にもらった大盾を掲げてみせる。


「しかし、あれから二ヶ月経ってないってのに、強くなったよなあ、お前ら」


 ? レクイエムと闘った、というか会ったのも初めてのはずだが?


「リンタロウとはこれで一勝一敗だ。マヤとも闘ってみたいし、また、機会があればいつかな。じゃあな」


 言ってレクイエムはその場を立ち去って行ってしまった。

 疑問符を頭に浮かべ顔を見合わせる残されたオレたち四人。


「リン、マヤ、レクイエムと前に会ったことあったの?」


 マーチに訊ねられるが、そんな訳ない。誰かと勘違いしてるんじゃないか? と思った瞬間、オレの脳裏にある人物のことが思い浮かぶ。


「あいつもしかして、ブラックフォッグか?」

「えっ!?」


 オレの言葉に驚いたのはマヤだけだった。



冒険者プレイヤー狩りねぇ」


 腑に落ちたと言った顔のブルース。マーチは……食事に夢中だ。

 あの後マヤとは修練場に外遊の許可をもらいに行くため一旦分かれ、オレたちは常宿のテラスで食事をしながら今回の顛末を話し合っていた。


「でも、レクイエムがこちら側だったなんて」


 食事の手を止めてマーチがボソリと呟く。


「ホントだよ。領主の館でそれ知ったときのオレの骨折り損感が分かるか?」

「分かるぞ。オレも今その気持ちだ」


 ブルースが同意してくれた。互いに固く握手する。


「話は変わるけど、良いのか?」

「「何が?」」


 二人が同時に首を傾げる。


「この街を出ることだよ。故郷を離れることになるんだぞ?」


 オレの問いに二人とも首を左右に振った。


「今さら何言ってんだ。リンがオレたちを買った時から準備はしていた。それともオレたちの準備を無駄にするつもりか?」


 そういうことなら、その気持ち受け取らせてもらおう。


「お待たせ〜」


 そこに丁度切り良くマヤがやってくる。


「じゃあ、行くか」


 オレの言に三人が頷く。



 オレたちが宿の支払いを済ませ、外に出ると、一台の一頭立ての幌馬車が止まっていた。幌に描かれているのはオペラ商会の印章である音符だ。

 オレが宿の主人に塩胡椒を渡したことで、この宿では最近オレの塩胡椒の味が人気になっており、今は宿の主人がオペラ商会から定期購入している。

 だからオペラ商会の幌馬車が留まっていることに疑問はなかったが、そこにオペラさんがいる。


「どうかしましたか?」


 驚きつつオペラさんに声を掛けるオレ。


「旅立つのでしょう? 見送りぐらいさせてください」

「でも、決勝であんなメチャクチャなことしてしまいましたし……」


 と言うとオペラさんが首を傾げる。


「はて? 何のことでしょう?」

「ほら、決勝始まってすぐ、マヤと口ゲンカしたじゃないですか。オペラ商会のエプロン着けてあんなことして、店の看板に傷をつけたんじゃ?」

「ああ! あれは面白いパフォーマンスでした。お陰で、塩胡椒の売上が爆上がりしましたよ」


 と言うことは、決勝の会場にいたお客さんも、あれがブラフだって分かってたのか。うわっ! 超恥ずかしいじゃんオレ。と言うか、目が肥えてるなこの街の客。


「今日は少なからず餞別をお持ちしました」


 それで馬車ごと来るとは豪気だなぁ。少なからずと言うか、多過ぎじゃね?


「どうかこの馬車を旅に役立ててください」

「馬車ごと!?」

「はい!」


 オペラさん豪気過ぎでしょ。でも幌にオペラ商会の印章刻んでるあたり商売人だなぁ。

 断るに断りきれず、オレたちはオペラさんが用立てくれた馬車で、次の街、フィーアポルトを目指すのだった。

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