第61話 決勝戦

「ハア、ハア、ハア……」

「ずいぶん長いトイレタイムだったわね」


 決勝の舞台でマヤは待ちぼうけていた。いや、マヤだけじゃない。オレが舞台に駆け込むと、会場中からワッと歓声が上がる。確かにこれは、中止になったら暴動が起きるな。


「ハァーーーーー、あの係員にスゲエ遠いトイレまで連れて行かれたんだよ」

「遠いってどこまでよ?」

「街の北出口」


 完全に嘘つきを見る目になってる。まぁいいけどね。信じてもらえるとは思ってなかったから。

 などとマヤと会話を交わしているうちに、決勝戦開始の銅鑼が鳴らされた。



 直後、マヤが何かをオレに投げてくる。攻撃の手斧じゃない。

 オレがまだ動く左手でそれをキャッチすると、それは赤狼牙のナイフだった。


「使って良いわよ」


 そういえばマヤも赤狼牙のナイフ持ってたんだっけ。


「何のつもりだ?」

「できれば万全のリンと闘いたかったけど」


 と言いながらオレの右手に視線を向ける。

 なるほど、つまりこれはあれか、同情ってやつか。右手使えない上に武器まで失ったオレじゃ、決勝戦で相手するまでもない、と。

 オレは無言で投げ返していた。


「何カッコつけてんのよ? 使いなさいよ」


 また投げ返してくるマヤ。それをまた無言で投げ返すオレ。そんなやり取りが二度三度と繰り返された。


「要らねえって言ってんだろうが!」

「いいから使いなさいよ!」

「ハア!? そっちこそ何カッコつけてんだよ! あれか? 今から負けた時の言い訳作りか!?」

「ハア!? リンこそ何言ってんのよ!? 私がリンに負ける訳ないでしょ! 私はこの決勝が少しでもお客さんに楽しんでもらえたら、って思って渡してんのよ?」

「お客さんに楽しんでもらう〜? ハア、マヤも偉くなったもんだなぁ。観客にちょっとちやほやされるようになったからって、決勝をそんな上から目線で挑もうだなんて」

「そんなんじゃないって言ってるでしょ! もういいわよ! 使わないなら返しなさいよ!」


 オレは赤狼牙のナイフをじっと見つめ、背後にポイッする。そして場外に落ちるナイフ。


「ハア!? 何してくれてんのよ!?」


 マヤだけでなく会場中から起こるブーイングの嵐。が、知ったことじゃない。オレは不敵に笑顔をみせる。


「ああそう。そういうことするんだ? 秒で殺してやんよ!」


 言って手斧を投げつけてくるマヤ。と同時に大盾に体を隠し突進してくる。手斧を避けても、大盾で確実に吹っ飛ばす作戦か。チッ、あんだけ煽ったんだからもう少し冷静さを失えよ!

 心の中で愚痴を吐いたところで状況は好転しない。オレは投げつけられた手斧を左手でキャッチすると、宙返りでマヤの突進をかわし、俺の下を通り過ぎたマヤの後ろを取る。

 そしてガラ空きの背中に向けて手斧で一撃を食らわす。がこれは180度反転したマヤの大盾によって防がれてしまった。


「結局、私の武器使うんじゃない」

「マヤこそ、なに冷静な試合運びしてくれてんだ。煽ったオレが、ただの悪者になっちゃっただろう」

「それはゴメン遊ばせ」


 言ってマヤは追加の手斧で攻撃してくる。それをオレはバックステップでかわしながらポーチから大量の銅貨を吐き出し、マヤにぶつける。

 当然これは大盾で防がれるが、大量の銅貨はマヤの視界を塞ぐ。その隙を突かせてもらう!

 オレは手斧を空中に投げ上げ、左手に魔力を集中させる。はっきり言って今のオレに長期戦は無理だ。ここで決着をつける。左手を斥力ブレードに変え、大盾ごとマヤを横一文字にブッタ斬る。

 だが、それはマヤに読まれていた。オレが斬ったのは大盾だけだった。大盾使いのマヤが、大盾を自身の身代わりに手放したのだ。マヤの両手にはそれぞれ手斧が握られている。

 勝ちを確信したマヤの手斧がオレに迫る。それでもオレは笑顔のままだった。そこに微かな違和感を感じたのかもしれない。一瞬マヤの動きが止まる。


 ザグッ!


 そのマヤの左肩に、オレがさっき投げ上げた手斧が突き刺さる。


「うぐっ!?」


 やったか!? と思ったが、マヤはそこで踏み留まった。オレの健闘もここまでだった。

 そしてマヤは残る右手でオレの胴に一撃食らわせる。

 次の瞬間にはオレは白い部屋におり、目の前にはgameoverの文字が浮かんでいた。

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