第37話 特訓

「デバフだ」

「は?」


 期待に輝いていたマヤの顔が、一気にどんより萎れてしまった。


「デバフってアレでしょ? 弱化。自分たちを弱くしてどうすんのよ」


 マヤは勘違いしているようだ。


「誰が自分たちを弱くするなんて言った?」

「ん?」

「弱くするのは相手、魔物の方だよ。オレたちを強くするには時間が掛かる。だったら相手の方にオレたちのステージまで下りてきてもらおうって算段さ」

「リン…………天才だわ!」

「だろ?」


 マヤに誉められオレも思わずドヤってしまう。まぁそれは置いておくとして。


「現状オレたちにとって強敵と言えるのは、ダンジョンコアのガーディアンである銅スライムだ」


 オレの話にコクコクと頷くマヤ。


「銅スライムで厄介なのは、あの硬さとスピードだろう」

「そうね。銅の塊が弾みながら突っ込んでくるんだから、まさに全身凶器よね」


 コクリと頷くオレ。


「だからと言って硬さと素早さを下げる両方のデバフを覚えていられるほど、オレたちに時間的余裕はない」


 コクコクと頷くマヤ。


「なので「硬さ」と「素早さ」どっちがどのデバフを覚えるか、今ここで決めたい」


 オレがこう言うと、マヤは腕を組んで「う〜ん」と唸り出した。


「この先、どっちが重要になってくると思う?」


 覚えるならより重要度の高い方が良いか。


「頑丈さと素早さ、どっちも重要だよ。この先どっちのタイプも出てくるだろうし、銅スライムみたいに両方を兼ね備えているタイプも沢山出てくると思う」

「そっかぁ、じゃあ私はスピード対策をするわ」

「意外とすんなり決めたな」


 もっと長考するかと思っていた。


「ほら、私は大盾使いだから、敵が速すぎると相手しきれない場合が出てくると思うの」


 なるほどな。マヤもいろいろ考えてるんだな。


「じゃあオレは頑丈さ対策だな。これで相対的にマヤは防御力を上げ、オレは攻撃力を上げられるわけだ。だがまぁ、まずは試してみないとだな」

「試すってどうやって?」


 それに対してオレはにこりと笑みを浮かべる。


「とりあえずここではなんだから、鍛冶屋に行こう」


 いまだ街人たちが騒ぐ店を離れ、オレたちは鍛冶屋に向かった。



「おお、お二人さんどうなさった? 悪いんだか、マヤ嬢ちゃんの盾はまだできとらんぞ」


 ここはツヴァイヒルに一軒だけある鍛冶屋。マヤの壊れてしまった大盾の代わりになる銅の大盾を、急遽拵えてもらっている。オレたちがすぐに次の鉱山へ行ってくれ、と街人からけしかけられないのは、まだマヤの大盾が完成していないからだ。逆に言うと、マヤの大盾が完成するまでがオレたちの特訓時間となる。


「それは分かってます。今日は別件で来ました」

「別件?」


 頭に布を巻いた親方が首を傾げる。


「銅のインゴットってあります?」

「? そりゃあるが?」

「良かった。貸してもらえませんか? 多分バラバラになってしまうと思うんですけど、ちゃんと返しますんで」

「まあ、バラバラにするくらいなら構わんよ。どうせ溶かしてから使うんだからな」


 そう言って親方は、訳が分からないまま店の奥から銅のインゴットを出してきてくれた。


「ありがとうございます。あ、あと板ってあります? 木の板」

「板? いやまあ、あるけど」


 と木の板も貸してくれた親方に、


「ついでに庭先借りていいですか?」

「あ、ああ」


 オレは注文の多い客となっていた。



 庭先には木製のテーブルと椅子があり、オレはテーブルにドンッと銅のインゴットと木の板を置いた。


「で、説明してくれるんでしょうね? その銅をどう使おうっていうの?」

「銅だけに?」

「真面目に訊いてるんだけど?」


 失礼しました。


インゴットこれを使うのはオレだけだよ。頑丈ってことはさ、物と物の結び付きが強いってことだと思うんだ。だからデバフでこの結び付きを弱くした銅のインゴットを、何のバフも掛けてない普通の銅のナイフで切れるようになったなら、オレのデバフは完成ってことだ」

「じゃあ、木の板で私の特訓をするのね?」


 コクリと頷くオレ。


「ああ。こうやって板をテーブルに立て掛けて、そして1ビット銅貨をコロコロ〜っと転げ落とす」

「はあ…………、それって何の意味があるの?」


 まあ単にこんなことされても意味分かんないよね。


「運動エネルギーの可視化さ」

「はあ、運動エネルギーの可視化?」

「そこら辺は理解してなくてもいいよ。要はこの転がる1ビット銅貨にデバフを掛けて、ゆっくり落ちていくようになればいいんだ」

「なるほど! 転がる銅貨のスピードを落とせばいいのね?」

「そう言うこと」


 こうしてオレたちのデバフ獲得短期特訓が始まった。

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