言わなきゃいけないこと 10-2
〈 3月3日 〉
チャイムの音が鳴る。
耳の奥に響く音、授業の始まり/終わりを知らせる音、時間の区切りをつける音。
カチ、とシャーペンの芯を引っ込める。
パタ、と教科書とノートを閉じる。
テキパキ、と卓上の色々なものを片付ける。
そして、ドッ、と教室が喧噪に満たされる。
休み時間、お昼の時間、学校生活で最も長い休憩時間。
食堂など教室外で食べる人たちはガヤガヤと外に出て、あっという間に教室の人口密度が減っていく。
そんな中、真魚は、悠然とかばんの中からお弁当箱を取り出して、てくてくと席移動をする。
窓際の前から三番目の位置に、真魚の友達である礼が座っている。真魚は礼の前の空いた席に座る。ここ最近の、通例の位置だった。
「ひな祭り、ですわね」
お弁当をつつきながら、礼が神妙な顔つきで、ぽつりとつぶやく。
「……」
「桃の節句、とも言いますわね」
「そうなんだ……」
「えぇ、そうなんです」
つんつん、と真魚は自分のお弁当の白米を箸でつつく。
お米を一粒だけつまんで、口に運んで、もぐもぐと咀嚼して、呑み込む。
特に続きの台詞はないんだな、と思って、真魚は言葉を返す。
「それで、ひな祭りがどうかしたの?」
「特別何かあるわけではないんですが。3月3日ですし、ふと、ひな祭りを思い出したんですの」
「季節感は大事だもんね」
「ですわね」
意味のあるわけでもない、パッと頭に浮かんだだけの言葉のラリー。
「でももう三月なんだよね……。なんか一年あっという間だったけど、次も同じクラスだといいよね」
「噂によると、ある程度は仲良し同士で三年のクラスは固めてくれるとかどうとか聞いたことがありますが……眉唾ですしね……」
「あっそんな噂あるんだ。へー」
「真偽のほどは定かではありませんけれど……まぁそこは論議しても仕方ありませんわね」
「確かに」
二人はお弁当を食べながら、いつも通り他愛のない話を続ける。
もうすぐ高校三年生になる──、という話を皮切りに、進学・進級・受験勉強の話など。
「──ところで真魚ちゃん」
「?」
「あの方に告白とかはなさらないんですの?」
「…………」
真魚は、お弁当に入っているミニハンバーグを半分に割り、パクリと一口。
ケチャップの味がするなと思いつつ、もぐもぐごくん。
「……急に何?」
「やけにインターバルをはさみましたわね」
「だって……」
都合が悪くなると、沈黙をはさむ。
それが真魚の癖だった。
「いやでも、なんでまた?」
「あぁいえ……普通に四月になりますし……?」
「え? だから何?」
「クラス替えなどの前の告白とか、割と定番じゃありませんこと?」
「……なるほど? …………確かに、そういう人もいるんだろうね。あれだよね。卒業式前の別れ際の……みたいな?」
「そうですそうです」
「まぁあの人は社会人だし、あんまり関係はないかなって」
「確かに!」
目から鱗、と言わんばかりに、礼は目を見開く。
「小中高とクラス替えや進学があったので、なんとなく春と言えばそんな感覚がありましたが、そうですわよね。社会人になったら早々変わらないんですのね」
「ね。私たちにはあんまりイメージできないけど」
厚焼き玉子焼き。
おいしい。
「それはともかくとしても、告白はしないんですの?」
「あっその話まだ続くんだ」
「まぁ」
「んー……」
告白するしないについては、真魚ひとりで、自宅で考え事をしていたときに、結論が出ていた。
「まぁ、しないと思うけど」
「あら。なんでですか?」
「なんでって……」
真魚は言葉に迷って、水筒からカップにお茶を注ぎ、んく、と一息つく。
少女にとっては比較的タイムリーな話題だったから、ある程度のことは考えた。
好きとか、嫌いとか。
告白するとか、しないとか。
でもやっぱり、リスクのほうが目立っていたから。
「別に話してもいいけど……この話教室でするの?」
「それは……デリケートな話になるなら場所は変えたほうがいいかもですわね。真魚ちゃんの好きにしてもらえれば」
「まず、順を追って話すと……」
「あ、教室でいいんですのね」
「まぁ、別に」
「どうぞ続けてくださいまし」
「……えーと、なんだっけ、そうそう、まず『好きか嫌いか』だけど……。それはまぁ、好きなんだよねぇ……」
「LIKE or LOVE問題はありますの?」
「らぶ」
「あら即答」
「そこはね」
真魚は淡々と答えていたが、言葉として少女が彼への好意を口にしたのは、これが初であった。
「ちなみに、どんなところが?」
「どんなところ……。優しいところ?」
「出ましたわ! つまらない長所ランキング一位!」
「優しいの何が悪いと……いや言わんとすることはわかるけどさー……」
「はい」
好きな人が悪く言われた感じがして、真魚は、イラァ……と眉を顰める。
「言い方変えると、怒らないとか。まだ付き合い浅いから〜、みたいなことも思わなくもないんだけど、あの人たぶん怒るより悲しいって思うタイプで、だから怒鳴られたりとかそういうことはずっとないだろうなーって感じがする。怒らないのいいよね。私怒鳴る人とかすごく苦手。しゅんってしちゃう」
「あー、怒る人はしんどいですわよね。顔面へこませてやろうかと拳を暖めてしまいます」
「ね」
「将来的に見ても、怒らない人相手だと主導権握れそうな感じでいいですわよね」
「う、穿った見方……」
「でも思いません?」
「まぁ……うーん……微妙……」
あれがしたい、これがしたい。
そういう欲求の話をすると、まだ未知な部分が多いように、真魚には思えた。
だって、映画を見てばかりで、他に特に何もしていない。
映画を見て、ココアを飲んで、他愛のない話を永遠に。
そんな風に、過ごしていたから。
「でも歩調というか、生きる速度感というか、そういうのは近いんだろうなあって感じはするかな」
「歩く速度、ですか?」
「歩行スピードじゃなくて、気持ち的なほうね。せかせかして効率優先! ──ってタイプとは私付き合えないし、しんどいだろうなーって思う。そういうのはかなり合う感じする」
「あー、すごくいいじゃないですか。素敵ですわね」
「そうそうそう。でしょ?」
「はい」
ふふん、と真魚は満悦した表情で、ミニトマトを口に運ぶ。
かり、と皮を破ると、トマトの味が口に広がる。
もぐもぐ、ごくん。
──もっと言うなら、と。
真魚は、言葉を続けようとして、気恥ずかしくてやめた。
初めて会った日、真魚が人生に一番絶望していた日、そんな日に優しくしてくれたからというのはあるのだろう。
ココアが甘くて、おいしくて。
あの家の空気は、心地が良かったから。
たったそれだけの、他愛のない理由が、きっとはじまり。
ただ、そんなことは、わざわざ教えてあげる必要なんてなくて。
真魚は秘めやかに、目を細める。
「ところで、これ、なんの話だったっけ?」
「告白の話からの派生ですわ」
「あぁ……」
「まぁ急いては事を仕損じると言いますしね。慎重なのはいいことかもしれません」
「だよね。私もそう思う。やっぱり慎重派だからさ」
急いては事を仕損じる。
まぁ実際、告白するにしても、もうちょっと異性として意識してもらえるようになってからだろうな──、と。
真魚は、そんなことを思った。
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