第20話 狩場の異常事態

 クリストフたちが遠征を始めてから一週間が過ぎた。

 その間クリストフはアリスたちの依頼を共にこなした後、自分ひとりで依頼を受け、家に帰り、ウェルトが家にいるときは工房に籠もるという生活を続けていた。

 アリスとミシャは対魔物戦にも慣れてきたようで、今はよくCランクの依頼を受けている。


 クリストフは森に入るとき、リルリメに頼まれていたため、いつも周囲を警戒していた。

 ウェルトに頼まれていた案件はサティラに相談されたその日のうちに報告はしていたが、未だ調査報告は来ていない。

 珍しく難航しているようだ。

 そして調査依頼をしてから数日後の夜に、ようやくその報告書が届いた。

 それに目を通したクリストフはまだウェルトが帰っていないため、翌朝その結果を話すことにした。


「アリスたちは先に行っといてくれ」


「わかった」


「じゃあ、後でね〜」


 クリストフはウェルトと二人で話をしたかったため、相談を受けた日同様、アリスとミシャには先に冒険者ギルドに行くように言っておいた。


「ウェルト。頼まれていたことの調査結果が出たぞ」


「随分と時間がかかったんだな」


「今回は仕方なかったと思うよ」


 クリストフは調査結果の書かれた紙をウェルトに渡す。

 ウェルトは初めはそれを普通に読んでいたが、途中何度も読み返していた。

 それほど驚きの内容だったのだろう。

 やがて報告書を読み終わったウェルトは思い切り背もたれに持たれながら大きくため息をついた。


「これが本当なら、儂がいくら調査しても何も出てこんのは納得だ」


 報告書の内容は横領をしていたのは官僚ではなく、ウェルト以外の4人の長老たちだ、と書かれていた。

 ウェルトは長老会議で金の行方を探すために皆で協力しているつもりだったが、他の長老たちからははめられていたようなものだ。


 サティラはまずは官僚を調べ、その後運んだ者や仲介者などの膨大な人数を調べた後、長老たちを調べたのだ。

 長老たちの調査を最後に回していたため、珍しく時間がかかっていたのだ。

 

 だが時間がかかったと言っても一週間で仕上げてきた。

 一般的な場所に頼んでいれば一ヶ月以上かかることになり、その調査期間中に証拠がなくなっていた可能性すらある。

 その点を考慮すると、いつもよりは遅かったかもしれないが十分早かったと言える。


「儂は少し出かける」


 ウェルトはそう言って立ち上がった。

 その様子は随分と呆れている、いや、珍しく怒っている様子だ。


「鍵は締めとくぞ」


 クリストフはウェルトに先に出ていっもらい、自分が戸締まりをしようと考えた。


「ああ」


 ウェルトはそう言い残し、家を出ていった。

 その後、戸締まりを終えたクリストフも出ていった。


 ★


「アリスとミシャ様は現在キング・ビートルの討伐依頼をうけていますね」


「なら俺もそれを受けるよ」


「わかりました。以前のように同じ依頼を受けていることにしておきます」


「ありがとうね」


 リビラに来てからクリストフは同じ受付嬢からしか依頼を受けていない。

 そのため受付嬢もこちらの事情をある程度把握しており、普通ならば同じ依頼を受けるのならば同時でなければいけないのだが、遅れても受けれるように融通を効かせてくれている。

 もしかするとそれはクリストフの機嫌を損ねないためにギルドマスターから融通を効かせるように言われているだけかもしれないが。


 依頼を受けたクリストフは【サーチ】でアリスたちの居場所を特定し、その場に向かった。


 ★


「一体どうなっている?」


 森麓の少し奥に着いたクリストフは森のおかしな様子に気づき、一人で呟いた。

 クリストフの気付いた異常は魔物の数がおおすぎる、それに本来ならば森の麓ではなく、中腹にいる魔物もその中にいる。

 そして、それらの魔物はなぜかリビラに向かって行っているのだ。


「この魔物の大移動は山頂辺りで何か異常が発生したのか?原因は気になるが先にこいつらの処理とアリスとミシャを保護しないとな」


 アリスとミシャのことも心配だが、この魔物たちを先にどうにかしなければリビラは大打撃を受けるのは確実だ。

 それを防ぐため、クリストフは大移動している魔物の先頭部分に向かった。


「おお!この数は凄いな」


 先頭部分に着いたクリストフは魔物の数を見て思わず声を上げる。

 クリストフは腰にかけている3本の刀のうち氷刃と烈火の2本を抜き、右手に氷刃、左手に烈火を構える。


「氷刃一式【銀世界】」


 氷刃を前方と縦に振るう。

 前方に振るった攻撃はリビラに向かって行っている魔物の先頭部分にいた魔物のほとんどが凍りつき、動きを止める。

 縦に振るったのはクリストフの後方に氷の壁を作り上げた。

 これによりクリストフは少しでも魔物の進行を抑えようとしている。


「烈火一式【炎虎】」


 炎に包まれた虎を召喚し、先程の攻撃で凍っていない者、それと攻撃範囲外にいた魔物の処理を始めた。


「影狼。俺の姿になって今の現状をギルドマスターに報告して応援の要請を。その後家に戻って師匠を呼んでくれ」


「わかった。一時間以内に戻る」


「頼んだぞ」


 クリストフの影にいつもいる影狼はクリストフと全く同じ姿になり、ギルドに飛んでいく。

 クリストフはここは【炎虎】たちに任せてアリスとミシャのもとに向かった。


 ★


「ねえ、なにかおかしくない?」


「なにか不気味。気味が悪い」


 現在、キング・ビーの討伐依頼を受けているアリスとミシャはキング・ビーがいると受付嬢に教えてもらった場所にいた。

 いつもここには10匹、少なくとも3匹はいると教えてもらっていたが、今ここにはキング・ビーは1匹もいない。

 それどころか魔物のいる雰囲気がないのだ。

 ここに来る際には多くの魔物に会っていたのだが、このあたりに来ると魔物を一切見なくなっていた。


「ねえあれ。シルバーウルフかな」


 アリスが森の中にぽつんといる一匹の遠くにいる白い狼を指差して言う。


「たぶん」


「この辺りになんか魔物いないから、あれだけでも倒して戻らない?」


「わかった」


 アリスとミシャはせっかく目の前に獲物が居るのに手ぶらで戻ることはできない。

 だからその魔物を倒すために近づいていった。


「ミシャ、いくよ。せ~のっ」


 アリスの合図でミシャは魔法で、アリスは剣で同時に攻撃を仕掛ける。

 だが二人の攻撃はその魔物には届かなかった。

 二人の攻撃はその魔物が作った氷によって阻まれていたのだ。


「なにこれ!」


 アリスはすぐに氷から剣を抜き取り、後ろに下がる。

 ミシャもすぐ後ろに下がった。


「ミシャ。こいつ何かわかる?」


「フロストウルフだと思う。私たちじゃたぶん勝てない」


 フロストウルフ。

 ランクはBで本来山頂と中腹の境目に居るものであり、現在アリスとミシャのいる中腹には存在しないはずだ。

 フロストウルフの厄介な点はシルバーウルフとほとんどが見た目が変わらないという点だ。

 そのため、稀に何らかの原因で中腹に降りてきた際は多くの冒険者たちが犠牲になる。


「なら逃げるよ」


 アリスの判断は早かった。

 勝てないとわかった瞬間に咄嗟に逃げたのだ。

 アリスたちの後ろからはフロストウルフの遠吠えが聞こえてきた。


 ★


 『ワォォォ〜〜〜〜ン』


 アリスたちのもとに向かっているクリストフの所に何かが遠吠えする声が聞こえてくる。


(これはフロストウルフか?)


 クリストフは聞き覚えのあるその声の主を正確に当てた。

 そしてクリストフは、フロストウルフが遠吠えをするときは狩りの際に仲間に獲物の居場所を伝えるときだということも知っていた。


(それと同時にアリスたちの位置が急速に動き出した。こっちに向かっている。アリスたちがフロストウルフに狙われているのか?とにかく急がなくては)


 状況がわからないクリストフはアリスたちのもとへ進む足を早めた。


 ★


「あいつしつこいね」


「獲物と思われてる」


 現在、アリスはミシャを抱えて移動している。

 その理由は2つで、1つは単純にミシャの体力が少ないため。

 もう1つはフロストウルフを牽制するためだ。

 ミシャは抱えられているからといって何もしていないわけではない。

 ミシャは2人目掛けて飛んでくる氷槍を魔法障壁で防ぎながらフロストウルフに多種多様な攻撃魔法で反撃をしているのだ。


「このままじゃ魔力が尽きる。早く誰かと合流して」


「そんな事言われたって全然人いないもん」


 フロストウルフは基本氷系統魔法で攻撃を仕掛けてくる。

 1種類だけの攻撃と聞くと楽なように聞こえるかもしれないが、魔物の魔法は人間の使う魔法とは違い、魔法発動までのタイムラグがほとんどない。


 そのため人間相手のときは相手の攻撃のタイミングに合わせて魔法障壁を貼ればいいものが、魔物相手となると攻撃のタイミングに合わせて魔法障壁を貼るとなるとタイムラグがないため、攻撃を食らってしまう可能性がある。


 そのため継続して魔法障壁貼る必要がある。

 だがそうなると人間相手のときよりも魔力の消費スピードが上がる。

 加えて迎撃まで行っているため、かなりの速さで魔力が減っていっているのだ。


「とにかくあの氷山の場所に行って。あれは人工物だからあそこには人がいるはず」


「あ!人がこっち来てるよ」


 アリスは突然出来た氷山の方から来ている人影が見える。

 救助が来たのだと喜んでいた。


 ★


(目視できた。やっぱり後ろにフロストウルフがいる)


 クリストフは【サーチ】でアリスとミシャの居場所をずっと追っていたが、肉眼で確認できてようやく安心できた。

 服は少し汚れているが、目立った怪我はない。

 うまく逃げれているようだ。


「二人共避けろ!」


 クリストフは空斬一式【亜空切断】を使い、フロストウルフに攻撃を仕掛ける。

 アリスはその声に反応して宙に飛び上がり、クリストフの攻撃を避ける。

 フロストウルフは前方に氷の塊を作ることでその攻撃を防いでいた。

 ただ、完全に防ぐことは出来なかったようで、片足を怪我している。


「クリストフ。ありがとうね」


「ありがとう。助かった」


「二人ともそのまま街まで逃げろ。冒険者たちが戦線を張ってるはずだ」


「クリストフはどうするの?」


「あいつを倒したら行くよ。すぐ追い付く」


「わかった。死なないでね」


「気を付けて」


「ああ」


 話が終わったアリスとミシャはすぐにリビラに向かった。

 眼の前のフロストウルフは自分の前に張った氷を消し、クリストフの前に立っている。


「俺のランクは最上位だから、単独でお前の相手は苦戦しなくちゃならない。本来の実力を隠すためにな。だが今は時間が惜しい。すぐ終わらせるとしよう」


【サーチ】で周りに人がいないことを確認したクリストフは闇魔法【黒槍】を使う。

 フロストウルフの影から数本の槍が生えてくる。

 どうやらフロストウルフはその攻撃に気づいていなかったようで、もろに攻撃をくらい、身体に幾つも槍が貫通する。

 上に飛んで避けようとするも槍には至る所に返しが付いており、身体を抜くことができない。


「苦しめるのは趣味じゃないからな」


 そう言ってクリストフは影で作った刀でフロストウルフの首を落とす。

 フロストウルフを一体倒したが、まだ森の中からはフロストウルフの遠吠えが聞こえてくる。

 どうやらこのフロストウルフが降りてきたのは偶然ではなさそうだ。


「一度街に戻るか」


 クリストフは氷刃で作った氷の壁をもう1つ作ってから冒険者ギルドに戻っていった。

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