第24話 邂逅

 電話を取った波多野は先ずは転勤と良い住まいを見つけたと言われた。榊原はそれに応対しながらも、久し振りの通話に忙殺されて、肝心の用件が滞った。それとこのコールサインの回数が多いのか少ないのか、榊原は波多野と話しながらも気になった。それは一人で居るなら直ぐに出るし、そうでないのならもっと遅くなるか、一層居留守を決め込んで電話を取らないだろう。それがどうも中途半端だが、耳に当てた携帯を覆い隠しているが、確認するには紗和子が居る距離が近すぎた。榊原は波多野以外の音を聞こうとするが解らない。その内に紗和子がいつまで話しているのと云う顔をした。そんなことは会ってからゆっくり出来るとまで云われた。向こうにも聞こえたらしく、これで紗和子の存在を確認された。

「それでどうだろうさっきの話だけど」

 これで万事休すかと思われたが「勿論それは直ぐに会いに行くよ」と波多野はアッサリと返事されて調子抜けした。

「今直ぐこれるのか」

「行けるが昨日着いて今日ならこっちが場所を指定してもちんぷんかんだろ。だから今居る場所を云えこっちから出向いてやるよ」

 どうやら一人らしい。

「竜安寺から歩いて今は北野白梅町辺りだよ」

「じゃあ受験の神様でお前も一度一緒に行っただろう。その北野天満宮が一番近いからそこの南に大きな門が有るそれをくぐった左に絵馬所が有るからそこは休憩所みたいな所だからそこに居れば迎えに行く」

 と言われて北野天満宮を指定して電話を切った。処が紗和子が怪訝な顔付きで「何で天神さんなの」と問われてしまった。

「だってこの街に来たばかりで何も知らないからさ」

「そりゃあそうだけど、でも何であなたが大学受験していないのに天神さんへ行った事があるの?」

「丁度四年前かなあ勿論それは受験前に合格祈願に波多野が行くっちゅうから俺は高校卒業すれば働くから彼奴あいつとのんびり出来るのはもういつか解らんからと誘われて付いていったんだよ」

「あなたは療治さんと一緒に今までよく行ったことがあるの、子供の時以外はあたしは一度もないのに」

 と哀しいそうな顔をされた。

「まあ俺と彼奴は男同士だから一緒に旅行をしてもおかしくないけれど紗和子は女性だから幾ら幼馴染みと云うだけではある程度大きくなればこれは大問題になるだろう。先ずは実家からも、そして親族間でも言われるだろう、まして付き合いの狭い田舎だからそんな噂が広まれば二人の人生がどうかなってしまうだろう」

 榊原はいったい此の女は何を考えているのかと、一気にまくし立てたくなるのを抑えて、世間の目に晒されると居づらくなると諭すように喋った。

 静かに紗和子は聞いたが、態度には何の変化も現れなかった。それどころか何故そんなに世間体を気にしながら生きるなんておかしいと云う顔付きをされて、それ以上は突っ込めなかった。此の無神経さに波多野がかなりこたえたと想像がついた。

 電話を入れた場所から、波多野が指定した北野天満宮までは、十分そこそこで着いてしまった。

 一の鳥居から続く石畳の参道をゆくと、大きな門が有り石段を登り、楼門を潜ると直ぐ左手に波多野が言う絵馬所が見えた。柱だけで仕切りの無い解放された空間には木製の細長い床机台が整然と集会所のように並んでいた。座って見上げると軒下のひさし辺りに、此のひと棟を取り巻くように、ぐるりと絵馬が掲げられていた。

「此の辺りは大勢の受験祈願者とその家族で込んでいてとにかく頭の中は波多野の合格祈願だけしかなくて此処は気付かずに素通りしてしまったなあ」

 此の絵馬所は本殿向かう石畳の参道からは脇に外れていた。

「此処は見るからに何か昔のそのまんまの休憩場所でのんびり出来そうね。まるで直ぐ目の前の床机から熊さん八っつあん等の江戸庶民の世間話でも聞こえて来そうな雰囲気ね」

 と紗和子は口元を抑えて面白、可笑しく言った。この比喩の仕方に、榊原は紗和子の知らない面を見た。

 此処は少し前までは梅花祭で大勢の人で賑わったが、今はひっそりとして長年の友を待つには丁度良かった。そこへ現れた波多野は、此処はむさ苦しいから近くの喫茶店へ誘われたが、二人とも此処の方が落ち着けた。

「しかしなあ、此処は何にも無いぞ」

 そうかしらと紗和子は絵馬所の片隅に此処とは場違いな、それこそ百年もの開きがありそうな飲み物の自動販売機を見つけた。

「あそこで何か買ってくる」

 と紗和子は自販機にコインを入れて珈琲、紅茶の場合は砂糖とミルクの好みの量を訊かれて二人は怪訝そうに問い返した。どうやら自販機は缶コーヒーでなく受け皿から紙コップに配合した物が出る。紗和子が器用に持って来た湯気が立つ三人分の紙コップを見て、何でこんな所にブレンド珈琲の自販機を置いているのか訳が分からんとぼやいている。

「成るほどこれはそこらの喫茶店にもひけを取らない珈琲だなあ」

 と波多野は此の古風な雰囲気と場違いながらも風情のある珈琲を一口飲んだ。

「ところで昨日引っ越したばかりだそうだなあ」

 どうやら片付けも済んで、ご近所巡りを兼ねて、散歩に出た榊原と紗和子は、丹波とは違う趣きに短い時間ながらも浸りきった。

 中々此の辺りは良い場所だと波多野と榊原は納得した。

 まあ適度に波多野の集合住宅とは、五キロは離れているから、頻繁にこれる場所では無かった。



 

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