第6-33話 蒼穹の魔女③

 突如として襲いかかる浮遊感。真下に向かって引かれる感覚。

 視線の先には空に浮かぶ一人の少女。


 その背後には巨大なレンズが存在しており、おそらく魔法で生み出されたものなのだろうということを予想させた。だからまずは、それから壊す。


『如月イツキ……ッ!』


 彼女が名前を呼ぶのを聞きながら、俺は静かに魔法を使った。


 自分を中心にして巨大な『導糸シルベイト』のレールを生成。そこに五本の糸をり集めた小さな球を生み出すと、レールに乗せて加速開始。一瞬で亜光速まで到達すると、その勢いのまま射出。


「『月喰つきはみ』」


 量子加速器から着想を得た射出する『朧月おぼろづき』は、魔女の真隣を突き抜けて背後に展開されていた巨大なレンズを一撃で破壊。虹の光を散乱させはかなく散っていくレンズ片を見ていると、魔女が叫んだ。


『《ゲーム》中断ッ! 対象の偽装による契約違反を確認。この《ゲーム》は中断とします!』

「……それってできるの?」


 魔女の一言に対して、俺は気になったことをそのままぶつけた。


「決闘に参加する相手を、ちゃんと指定したの? リンちゃんがやるとか、劇団員アクターがやるとか。多分だけど、やってないよね?」

『……ッ!』


 魔女が歯噛みする。

 その表情を見ながら、どこか自分の奥底で――ああ、やっぱりと納得するところがあった。あったものだから、俺は続けた。


「だから劇団員アクターと戦ってたんでしょ?」


 俺は劇団員アクターと全ての情報を共有していない。

 だから、あいつがカジノで何をやったかは基本的には分かっていないのだ。


 けれど魔女を《決闘ゲーム》に引き釣りだしたということは、劇団員アクターはあえてリンちゃんだとさせたのだろう。だから、そもそも対象の偽装というのがおかしい。


 それは魔女が


 次の『月喰つきはみ』で終わらせようと構えた瞬間――苦し紛れに魔女が叫んだ。


『だと、したら……! だとしたら、私が戦うのは劇団員アクターであってお前ではない』

「……」

『もしお前が私を殺しても、リンの父親には何も返らない――!』


 なるほど。


 小さく息を吐き出す。それは確かに一理あるかもしれない。

 困ったな、と思っていると手にした妖刀が震えた。


 鯉口を切る。

 そのブリキのおもちゃは俺を見ることなく、シエルに向かって慇懃無礼に頭を下げた。


『あーじゃあ、イツキくんをボクの決闘代理人とします。はい。これで良いでしょ』

『マリオネットッ! ことごとく私の邪魔を……ッ!!』

『残念。座長マスターは死にました。ボクも死にました。見事にあわれ、もののあわれ』


 そう言って楽しそうに空中で劇団員アクターが笑うと、彼の腕に刻まれていた赤い刻印が淡く光って俺の腕に移動する。


「これは?」

『よく聞いてくれました! シエルの《ゲーム》は神明裁判ってのを元にしててね、簡単にいうと《ゲーム》は代理人を立てられるんだ』

「……うん。うん?」

『よぉく考えてほしいんだけどね、どうしてリンちゃんがお父さんの魔力を賭けられたと思うんだい? それ以外は全部、彼女自身のものを賭けたというのに』


 ひたすらに空中を落ちていく。いつまで立ってもやって来ない地面を頭から外して、空を見上げると魔女の背後には無数に煌めく白い槍が浮かんでいた。


『そもそも《ゲーム》に賭けられるのは自分のものだけだ。そうしないと自分のものではないものを賭けられるんだよ。それじゃあ《ゲーム》は破綻だよ。ご破算だ!』


 劇団員アクターは、ぱっと両腕を広げるとそのまま続けた。


『けどね、でもね、そうなんだけどね! それを破る唯一のルールがなんだよ。元は戦えない弱者のための《ルール》だが、シエルはこれを悪用してリンちゃんをいじめてたみたいだ。人をいじめるのってよくないよねぇ』

「それ、お前がいうの?」

『だからボクは殺されたんだよ。アハハ!』


 そうして高らかに笑ったブリキのおもちゃは、まっすぐ俺を指さした。


『そういうわけで、キミがボクの決闘代理人だ』


 劇団員アクターがそういった瞬間、無数に煌めく槍が放たれる。

 それを防ごうとした瞬間、右の手の甲に『1』という数字が書かれているのが目に入った。


『あ、決闘で使える魔法の数を3回にしちゃったから気を付けてね! アハハ!』

「――それ、最初に言ってよ」


 俺がそうぼやいている間に、劇団員アクターは勝手に姿を消していた。


『再演:陽の絶槍ヘーリオス


 魔女が詠唱すると同時に、空に浮かんでいた無数の白い槍が俺めがけて降ってきた。


 再び、カウントに視線を向ける。

 3回で残り1回ということは『入れ替えキャスリング』と『月喰つきはみ』で1ずつというカウントだろうか。


 せっかくだったら5回とかにしてくれれば、もっと楽に祓えたのにな……ということを考えつつ、俺めがけて振ってきた白い槍を刀で食い止める。


 膨大な熱。最初に感じたのはそれだった。

 まるで太陽光を凝縮したかのような槍を妖刀で受けて、そのまま斬り抜く。


 ガラスを斬ったような不可思議な感覚とともに、槍を両断。

 刹那、切り抜けた破片が背後で爆発。爆風でわずかに身体が浮かび上がる感覚。


 その勢いを使って身体を捻ると、迫ってきていた2本目と3本目を弾く。

 弾いて、詠唱。


「吐き出せ――『翡鑑ヒカガミ』」


 瞬間、俺の眼前に魔女シエルが生み出した白い槍と、全くが出現する。これは妖刀『翡鑑ヒカガミ』の第一魔法。魔法の『模倣』だ。


 マリオネットが俺の『朧月おぼろづき』を再現したように、彼はそもそもとして他人の魔法を模倣することに長けていた。だからこそ、この刀は一度斬った魔法を合計3つまで記憶し、それを持ち主の魔力を使用することで、いつでも再現することができる。


 刀で斬る、という行動は挟まるものの――それでも刺さるところでは、とことん効果的に刺さる妖刀だ。


 そして、白槍を射出。

 俺に向かって迫りくる白槍の雨に逆上しながら突進すると、全てを巻き込むように起爆した。

 

 カッ!!!!


 視界全てが真白に染まるほどの膨大な閃光が撒き散らされる。

 ついで、腹の底を震わせるような爆発の轟音が鳴り響く。


 潰れないようにと閉じていた目を開いて、右の甲を見る。相変わらず『1』の数字が刻まれている。当たり前だ。いま魔法を使ったのは


 とはいえ、


『これで魔法は全部使いましたね……ッ! 如月イツキッ!!』


 空に広がっていた爆炎を突き破るようにして、1人の少女が落下してきた。


 そう。とはいえ、魔女自身の魔法で祓いきれるはずがない。

 つまりは確実に祓うための方法が必要で。


『その魔力、私によこしなさいッ!!』


 魔女の顔からは、とうに笑みが消えていた。

 顔には無数の亀裂が走り赤黒く光り、血の涙を流しているようにも見えてくる。


「別に、僕の魔力くらいあげても良いんだけどさ」


 1つ。静かに告げてから、俺はずっと繋げていた『導糸シルベイト』に魔力を送った。


「まだ2つ目の魔法、残ってるよ」


 その瞬間、重力が反転する。世界が暗くなる。

 落下を取りやめ、逆に空中を


 はっとした表情で魔女が直上を振り返ると、そこにはあらゆる光を飲み込む巨大な黒月があった。俺がこの異界にやってきて、最初に放った黒月はまだ消失していない。


「『月喰つきはみ』ってさ」


 爆炎が、日光が、空に存在していたあらゆるものが、天覆う巨大な黒月に飲み込まれる中、俺は魔女に語りかけた。


「撃つ時に月に導糸シルベイトを繋げておくことで魔力を送ることができてね。それを通して送ってやれば、こんな感じに――巨大化できるんだ」

『……ッ!!』


 当然、彼女の身体も俺の身体も吸い込まれていく。

 だから、そのまま放っておいたらシエルは祓えるだろう。


 けれど、懸念点が1つ。


「でもね、これは全ての魔法を打ち消してしまう。死んでも契約を履行する印術シンボリックだけど……君がこの世界から消えたら、リンちゃんのお父さんから奪ったものって戻ってくるのかな?」


 『朧月おぼろづき』が、魔法を消すという性質上、劇団員アクターの結んだ《ゲーム》そのものが無くなってしまう可能性がある。


「だから、ちゃんと祓う方法を考えたんだ」


 俺がそういうのに合わせて、ぎゅるりと黒月が渦巻いた。

 正確には、黒月と魔女との間の空間が歪んだのだ。


 これは俺が持っている《異界》からの強制脱出法。


 『朧月おぼろづき』を異界に押し付けることで『界術かいじゅつ』で成立している空間を無効化し、に戻る魔法。


 空に向かって引かれるがまま、魔女の身体が歪みを通り抜ける。それを追いかけるようにして、俺も元いた場所に戻る。


 劇団員アクターと『入れ替えキャスリング』をする寸前までいた場所。


 それは、今まさに太陽が沈みかけている――。


『……現、世?』


 夕暮れの、池袋上空だった。

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