第56話 迷い迷って

 その場の全員の視界からメレウスが消える。

 イーリスが真上に剣を構える。

 次の瞬間、メレウスがイーリスの頭上から強烈な一撃を叩き込む。

 イーリスの剣はその攻撃を正確に防いだ。


「おお、流石ですね」


 メレウスはそのままイーリスの前に着地する。


「私の最速の一撃を死角から放ったのに、防がれてしまいました。どういう手品ですか?」

「……才能かな」

「なるほど、所謂天才というやつですか、ちょっと気に食わないですね」


 大きな溜め息を吐いたメレウスは、鋭い目でイーリスを睨みつけ、両手の剣を全力で投げつける。

 イーリスは高速で回転している剣を素早い身のこなしで避ける。

 メレウスは右手に剣を再生成し、距離を詰めて斬りかかる。

 イーリスの剣とメレウスの剣が激しくぶつかる。


「良い剣ですね、アルベルさんに買ってもらったのですか?」

「そうだけど……何?」

「いえ、貴方には少々もったいないと思いまして」

「…………」


 イーリスは特に何も言い返さず、顔色一つ変えずに剣を振い続ける。


「何か言わないんですか?」

「剣士なら、剣で語ったらどう?」

「随分口が達者ですね」


 お互いの剣の激しさが増す。

 両者共、一歩も引かずに剣をぶつけ合う。

 その剣速は、常人の目では捉えられない程の領域に達していた。


「あの小娘、やりおるのぅ」


 ゴルドーが戦いを見ながら独り言を呟く。

 しばらく激しい打ち合いを繰り広げ、メレウスが後ろに飛び退いた。


「真っ直ぐな剣筋です、悪くないですよ」


 メレウスは余裕のある態度でそう言った。


「はぁ……はぁ……それはどうも」


 対して、イーリスは息が上がり、疲労困憊であった。


「しかし……そうですね、私にはどこか“迷い”があるように感じられます」

「迷い、か……」


 メレウスの言葉を聞いたイーリスは、思うところがあるようで、何かを考えるように俯いた。


「さて、今日はこれぐらいにしておきましょうか」


 メレウスは右手の剣を消失させる。


「終わりか? ずいぶんあっさりだな」


 アルベルとシトリーがイーリスの近くに来る。


「皆さんには週に一度、今回のように私達の練習相手として戦ってもらいます。こちらも多少本気を出しますが、まあ貴方達なら死ぬ事はないでしょう」


 (この調子でやったらいつか死人が出そう……)


 アルベルは心の中で不安を吐露する。


「とりあえず、生活費として月に金貨十五枚をお支払いします。それと、こちらもお渡ししておきますね」


 メレウスはどこからか、黒いカードを取り出し、アルベルの手渡した。


「……これは?」

「それは傭兵事務所の営業証です。もし希望されるなら魔王国直属の傭兵として働く事もできますよ」

「なるほど、じゃあしばらくはこの国で傭兵やる事にしようかな。二人も構わないか?」


 シトリーとイーリスは無言で頷く。


「じゃあ、そういう事でお願いしますよっと」

「はい、分かりました」


 メレウスは小さくお辞儀をする。


「では本日はありがとうございました、また来週お会いしましょう」

「んじゃ、また」


 アルベルは軽く手を振り、イーリスとシトリーは会釈をする。

 そうして、三人は訓練場から立ち去ろうとした。


「イーリスさん、ちょっと待って下さい」

「はい、なんですか?」


 イーリスはメレウスに呼び止められ、他の二人も足を止める。


「これは私の勘ですが……貴方は近い将来、重要な決断を下す事になると思います。もしそうなった時は、自分に正直になって下さい」


 この時のイーリスは、まだこの言葉の意味が分からなかった。


「えっと……分かりました?」

「呼び止めてしまって申し訳ありません、では、気をつけてお帰り下さいませ」


 三人は再び帰り道を歩き始める。


「ねぇアルベル、さっきメレウスさんが言ってた言葉の意味、分かる?」

「さあ? 好きな方を迷わず選べとか、そういう事じゃないか?」

「ふーん、そっか」

「それより、今日は疲れたよ、どっか美味しい料理屋にでも寄りたいね。シトリー良いとこ知ってる?」

「任せない! 既にリサーチ済みよ!」

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