第30話 後日談 小さな革命
朝の教室に入ると、例によって空気が重かった。
教室の片隅――誰も座らないその席に、葛城夜魅はいつも通り腰を下ろす。
(……今日も、誰も話しかけてこないだろうな。)
あれ以来、クラスメイトたちは露骨に距離を取っていた。
ときにはヒソヒソ声で何かを言われ、すれ違いざまに笑われることもある。
「男に媚びたからだよね」「怖いって、アイツ……」「厨二病、痛すぎ」
(わかってる……私が“浮いてる”のは、自分のせい)
だけど、今の夜魅は、少しだけ違っていた。
仮面の下に、自分の言葉を持つようになった。
カフェ・アンリミテッドでの時間が、それを教えてくれた。
(――自分で、変えなきゃ)
その小さな決意を胸に、夜魅は立ち上がった。
◇
昼休み、教卓にあがった。
夜魅は、わざわざ人の集まる場所に足を踏み入れた。
周囲がざわつく。
「……え、何?」
「なんであいつ、こんなとこに……」
注目を浴びている。それは恐怖だった。
けれど、足は止まらない。
そして――彼女は、かつていじめの発端となった女子グループの中心に声をかけた。
「……話がある。」
「……は?」
一番声の大きな女子が眉をひそめる。
「今さら何? なんか言い訳?」
「そう。」
夜魅は、震える手を抑えながらも、まっすぐ彼女を見据えた。
「でも何が悪いの?」
女子たちは、無言になる。
「私は……怖かっただけ。」
「は?」
「“男に話しかけた”だけで、変な目で見られるのが当たり前の、この学校の空気が。私のことを裏切り者みたいに扱う、その視線が……ずっと、怖かった。」
「何、急に……?」
「でも、それを言葉にしなかったのは、私の弱さ。だから今、ちゃんと話してる。」
沈黙が教室を包んだ。
その中で、夜魅は続けた。
「私は、仮面をかぶってる。怖いから、自分を守るために。でも、その中にある“私”を、もう隠さない。」
目を伏せず、堂々とそう言った。
誰かが小さく「……えらい」と呟いた気がした。
中心の女子は戸惑った表情を浮かべていたが、やがて視線を逸らした。
「……別に、私たちが何かしたってわけじゃないし。」
「そう。誰も責めない。ただ、私はもう逃げない。それだけ。」
夜魅は、それだけ言って、静かに背を向けた。
騒がしくもならず、無視されるでもなく。
ただ、誰も何も言えなかった。
でも――その沈黙が、何よりの変化だった。
◇
その日の放課後。
下駄箱の前で、同じクラスの女子が声をかけてきた。
「……あの、さ。今日、すごかったね。」
「え……?」
「葛城さんの言ってたこと、ちょっとわかるかもって思った。」
女子は、恥ずかしそうに髪を触りながら続ける。
「うちもさ、男の子にちょっと話しかけたら変な空気になったことあって……。でも今日の話、聞いてて……なんか、救われた。」
「……そう、なんだ。」
「その、また話してもいい?」
夜魅は驚いて、目を瞬かせる。
(……こんな風に、誰かが“話したい”って思ってくれるなんて)
「……我の時間は選ばれし者のみに許されるが……特例を認めよう……」
「ふふっ、やっぱ変だね。でも、そういうの……嫌いじゃないよ。」
笑い声が、まっすぐ夜魅の胸に届いた。
(“嫌いじゃない”って……言われた)
心が、じんわりと温かくなる。
家に帰る途中。
夜魅は、ふと立ち止まり、空を見上げた。
雲の合間から、光が差し込んでいる。
(あの人が言ってた通りだった……)
仮面のままでいい。でも、仮面の下で泣く自分を、見てあげていい――
「ありがと、カフェの人……」
誰にも聞こえないように、そっと呟く。
もう、自分を隠すだけの日々じゃない。
小さな声でも、伝えようと思えばきっと届く。
今日、世界がほんの少しだけ優しくなった。
そして夜魅自身も、仮面の下で、確かに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます