第19話 小さな朝

休日の朝、カフェの中で


「お湯は“中心から、ゆっくり外へ”。焦らず、円を描く。」


「……こうか?」


「うん、そう。ちょっと早いけど、だいぶ慣れてきましたね。」


店内には、まだ客の気配はない。

カウンターの中では、エプロンを着けた早乙女 尊が、真剣な表情でハンドドリップに挑んでいた。

尊は最近、悠馬に休日コーヒーを教わっている。


「男が淹れて、女に飲ませるなんて、前なら考えられなかったけどな……」


「今は?」


「……悪くない。むしろ、楽しい。」


尊は、少し照れ臭そうに笑った。


店主の結城 悠馬は、そんな彼の成長を静かに見守っていた。




ドアが開く音がする


「おはようございます。」


最初に入ってきたのは、護衛官のエリカだった。

いつものスーツ姿ではなく、私服に近いラフな格好。


「今日は、警備じゃなくて、気分転換に。」


「アイスのブレンドにしますか?」


「うん。マスターのやつ、最近好きで。」


カウンターに座るエリカの目は、ふと尊に向けられた。


「……そのスーツの男、マスターの弟?」


「いや、練習中の“弟子”です。」


「自分でコーヒー淹れて女子に振る舞う物好きマスター以外にいるの?」


尊はちょっとだけ目を逸らしながら会釈した。




カウンターの隅、ブックコーナーの本が少し整理される音がした。

入ってきたのは、書店の店主・遠藤玲奈だった。


「……この前おすすめした短編集、読み終わりました?」


「ええ。面白かったですよ。」


悠馬と玲奈の会話は穏やかで、すでに何度か会話を交わしている雰囲気。


尊はその様子を横目に見ながら、口元に少しだけ笑みを浮かべた。


(……なるほどな。こうやって、距離って縮まってくもんなんだな。)




「マスター、例の件でまた来ちゃった。」


扉から入ってきたのは、編集者・小野寺 涼子。

スタジオでの撮影騒動以降、すっかり“半・常連”になっていた。


「コーヒーより原稿の方が薄味でさ、助けてよマスター。」


「じゃあ、今日は濃いめにします。」


「最高。あとその子、新入り?」


尊は渋い顔で反論した。


「“子”はやめろ。俺は――」


「えーこれが噂に聞くツンデレって奴?」


「違うって、、」

尊は小さく溜め息をつきながらも、どこか楽しげだった。




カウンターの向こう。

結城悠馬は、みんなが好き勝手に話し、笑い、静かにくつろぐ姿を見ていた。


(……この場所が、誰かの“つかの間”になるなら、それでいい。)


カップを拭きながら、ふと尊の方を見る。


「そろそろお客さん増えますから、いったん交代します?」


尊はきょとんとした顔をしたあと、首を横に振った。


「いや、もうちょっとやらせてくれ。」


「じゃあ……次は、“おかわりの一杯”のつもりで。」


悠馬はそう言って、ミルを尊に手渡した。


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