第19話 小さな朝
休日の朝、カフェの中で
「お湯は“中心から、ゆっくり外へ”。焦らず、円を描く。」
「……こうか?」
「うん、そう。ちょっと早いけど、だいぶ慣れてきましたね。」
店内には、まだ客の気配はない。
カウンターの中では、エプロンを着けた早乙女 尊が、真剣な表情でハンドドリップに挑んでいた。
尊は最近、悠馬に休日コーヒーを教わっている。
「男が淹れて、女に飲ませるなんて、前なら考えられなかったけどな……」
「今は?」
「……悪くない。むしろ、楽しい。」
尊は、少し照れ臭そうに笑った。
店主の結城 悠馬は、そんな彼の成長を静かに見守っていた。
◇
ドアが開く音がする
「おはようございます。」
最初に入ってきたのは、護衛官のエリカだった。
いつものスーツ姿ではなく、私服に近いラフな格好。
「今日は、警備じゃなくて、気分転換に。」
「アイスのブレンドにしますか?」
「うん。マスターのやつ、最近好きで。」
カウンターに座るエリカの目は、ふと尊に向けられた。
「……そのスーツの男、マスターの弟?」
「いや、練習中の“弟子”です。」
「自分でコーヒー淹れて女子に振る舞う物好きマスター以外にいるの?」
尊はちょっとだけ目を逸らしながら会釈した。
◇
カウンターの隅、ブックコーナーの本が少し整理される音がした。
入ってきたのは、書店の店主・遠藤玲奈だった。
「……この前おすすめした短編集、読み終わりました?」
「ええ。面白かったですよ。」
悠馬と玲奈の会話は穏やかで、すでに何度か会話を交わしている雰囲気。
尊はその様子を横目に見ながら、口元に少しだけ笑みを浮かべた。
(……なるほどな。こうやって、距離って縮まってくもんなんだな。)
◇
「マスター、例の件でまた来ちゃった。」
扉から入ってきたのは、編集者・小野寺 涼子。
スタジオでの撮影騒動以降、すっかり“半・常連”になっていた。
「コーヒーより原稿の方が薄味でさ、助けてよマスター。」
「じゃあ、今日は濃いめにします。」
「最高。あとその子、新入り?」
尊は渋い顔で反論した。
「“子”はやめろ。俺は――」
「えーこれが噂に聞くツンデレって奴?」
「違うって、、」
尊は小さく溜め息をつきながらも、どこか楽しげだった。
◇
カウンターの向こう。
結城悠馬は、みんなが好き勝手に話し、笑い、静かにくつろぐ姿を見ていた。
(……この場所が、誰かの“つかの間”になるなら、それでいい。)
カップを拭きながら、ふと尊の方を見る。
「そろそろお客さん増えますから、いったん交代します?」
尊はきょとんとした顔をしたあと、首を横に振った。
「いや、もうちょっとやらせてくれ。」
「じゃあ……次は、“おかわりの一杯”のつもりで。」
悠馬はそう言って、ミルを尊に手渡した。
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