第18話 男性会社員 早乙女 尊

俺の名前は早乙女 尊(さおとめ たける)。

24歳。男。それだけで、世界がひれ伏す。


女たちは俺を見ると、目を輝かせて口元を抑える。

会社の受付嬢、電車で隣に座る学生、通りすがりの店員。誰もが俺に気を使い、頭を下げる。


「お忙しい中、ありがとうございます」

「本当に、お目にかかれて光栄です」

「こちら、無料ですのでお納めください!」


俺は“男”だ。

この世界では、それだけで価値がある。


……はずだった。





仕事は外資系コンサルの「男性特別顧問」ポスト。

中身なんてどうでもいい。いるだけでブランドになる。

部下(女)は十数人。全員、俺の言葉に逆らわない。


ランチを奢らせ、移動は車。遅れても謝罪される。


それが当たり前だと思ってた。


だから、ある女に「感謝の言葉くらいあってもいいんじゃないですか」と言われたとき、思わず笑った。


「……あのさ。逆だろ?」


俺たち“男”は、感謝される側で、

女は感謝“する”側。それが社会のルールだ。




そんな日常が、俺には――最近、妙に退屈だった。


誰かが持ち上げる言葉も、伏し目がちな笑顔も、どれもこれも「正解」に従ってるだけ。


「男に逆らえば、社会的に終わる」

そんな空気の中で、俺は“腫れ物”のように扱われていた。


楽だった。けど、空虚だった。


俺の“中身”を見てる人間は、一人もいなかった。




ある日、ひと仕事終えた帰り道。

人通りの少ない通りで、喉が乾いた俺はふと看板に目を止めた。


「Cafe UNLIMITED」


昭和レトロ風の店。珍しい雰囲気。

そしてもっと珍しい――


(……男が、カウンターに立ってる?)


好奇心で入った。

中は静かで、薄暗く、古い音楽が流れていた。


「いらっしゃいませ。」


男が言った。淡々と、静かに。


(へぇ……意外と様になってんな。)


俺はカウンターに座った。


「コーヒー。いいやつ頼む。」


「はい。」


返事は短く、媚びもなく、礼儀正しいが卑屈ではない。


(……なんだこいつ。)


コーヒーが届いた。


香りは豊かで、苦味の奥にほのかな酸味があった。


「うまいな、これ。」


「ありがとうございます。」


(……?)


普通なら、「本当に光栄です!」とか「またお越しいただけるなんて……!」とか、女だったらそんな反応をする。

でもこの男――結城悠馬は、そうじゃなかった。


ただ、自分の仕事に誇りを持っているようだった。



「……男なのに、こんな仕事してて楽しいか?」


「はい。コーヒーを淹れるのが好きなので。」


「でも、女たちに見下されないか?」


「たまに驚かれますけど、別にどうでもいいです。」


「どうでも……?」


「僕がここで静かに誰かの時間を整えることは、誰にも邪魔できませんから。」


その言葉に、俺の中で何かが揺れた。


(……なに、それ。)


まるで、誇りを“性別”じゃなく、“自分の仕事”に置いてるみたいだった。


俺とは真逆だ。




帰り道、なんとなくスマホを取り出した。


「結城悠馬 カフェ 店主」


ヒットは少なかったが、SNSで少数のファンが書き込んでいた。


「マスターの話を聞いてもらっただけで泣きそうになった」

「あの人の前では、背伸びしなくていい」

「コーヒーって、あんなに心に沁みるものなんだ……」


俺は苦笑いした。


(なに言ってんだ、こいつら。)


でも、心の奥のどこかで――

(……ちょっと、羨ましいな)と思っていた。




数日後、俺は会社で後輩の女性にいつも通り言った。


「今日のプレゼン、お前がミスったら俺の顔潰れるからな。」


「……はい、すみません。」


彼女は深く頭を下げた。


俺はその姿を見ながら、なぜか口を開いた。


「……でも、よくやってるよ。」


彼女は、顔を上げた。


「……え?」


「いや、なんでもない。」


(なんだこれ。俺、なにやってんだ。)


けど、ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。





その夜、俺はもう一度あのカフェを訪れた。


「また来たんですか?」


「……ああ。」


「いつもの、ですか?」


「いや。今日は、少し甘いやつにしてくれ。」


悠馬は少しだけ、口角を上げた。


(それだけで十分だった。)


この店で、誰も俺を“男”として見上げない。

それが、少しだけ……心地よくなっていた。





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