第18話 男性会社員 早乙女 尊
俺の名前は早乙女 尊(さおとめ たける)。
24歳。男。それだけで、世界がひれ伏す。
女たちは俺を見ると、目を輝かせて口元を抑える。
会社の受付嬢、電車で隣に座る学生、通りすがりの店員。誰もが俺に気を使い、頭を下げる。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「本当に、お目にかかれて光栄です」
「こちら、無料ですのでお納めください!」
俺は“男”だ。
この世界では、それだけで価値がある。
……はずだった。
◇
仕事は外資系コンサルの「男性特別顧問」ポスト。
中身なんてどうでもいい。いるだけでブランドになる。
部下(女)は十数人。全員、俺の言葉に逆らわない。
ランチを奢らせ、移動は車。遅れても謝罪される。
それが当たり前だと思ってた。
だから、ある女に「感謝の言葉くらいあってもいいんじゃないですか」と言われたとき、思わず笑った。
「……あのさ。逆だろ?」
俺たち“男”は、感謝される側で、
女は感謝“する”側。それが社会のルールだ。
そんな日常が、俺には――最近、妙に退屈だった。
誰かが持ち上げる言葉も、伏し目がちな笑顔も、どれもこれも「正解」に従ってるだけ。
「男に逆らえば、社会的に終わる」
そんな空気の中で、俺は“腫れ物”のように扱われていた。
楽だった。けど、空虚だった。
俺の“中身”を見てる人間は、一人もいなかった。
◇
ある日、ひと仕事終えた帰り道。
人通りの少ない通りで、喉が乾いた俺はふと看板に目を止めた。
「Cafe UNLIMITED」
昭和レトロ風の店。珍しい雰囲気。
そしてもっと珍しい――
(……男が、カウンターに立ってる?)
好奇心で入った。
中は静かで、薄暗く、古い音楽が流れていた。
「いらっしゃいませ。」
男が言った。淡々と、静かに。
(へぇ……意外と様になってんな。)
俺はカウンターに座った。
「コーヒー。いいやつ頼む。」
「はい。」
返事は短く、媚びもなく、礼儀正しいが卑屈ではない。
(……なんだこいつ。)
コーヒーが届いた。
香りは豊かで、苦味の奥にほのかな酸味があった。
「うまいな、これ。」
「ありがとうございます。」
(……?)
普通なら、「本当に光栄です!」とか「またお越しいただけるなんて……!」とか、女だったらそんな反応をする。
でもこの男――結城悠馬は、そうじゃなかった。
ただ、自分の仕事に誇りを持っているようだった。
「……男なのに、こんな仕事してて楽しいか?」
「はい。コーヒーを淹れるのが好きなので。」
「でも、女たちに見下されないか?」
「たまに驚かれますけど、別にどうでもいいです。」
「どうでも……?」
「僕がここで静かに誰かの時間を整えることは、誰にも邪魔できませんから。」
その言葉に、俺の中で何かが揺れた。
(……なに、それ。)
まるで、誇りを“性別”じゃなく、“自分の仕事”に置いてるみたいだった。
俺とは真逆だ。
◇
帰り道、なんとなくスマホを取り出した。
「結城悠馬 カフェ 店主」
ヒットは少なかったが、SNSで少数のファンが書き込んでいた。
「マスターの話を聞いてもらっただけで泣きそうになった」
「あの人の前では、背伸びしなくていい」
「コーヒーって、あんなに心に沁みるものなんだ……」
俺は苦笑いした。
(なに言ってんだ、こいつら。)
でも、心の奥のどこかで――
(……ちょっと、羨ましいな)と思っていた。
◇
数日後、俺は会社で後輩の女性にいつも通り言った。
「今日のプレゼン、お前がミスったら俺の顔潰れるからな。」
「……はい、すみません。」
彼女は深く頭を下げた。
俺はその姿を見ながら、なぜか口を開いた。
「……でも、よくやってるよ。」
彼女は、顔を上げた。
「……え?」
「いや、なんでもない。」
(なんだこれ。俺、なにやってんだ。)
けど、ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
◇
その夜、俺はもう一度あのカフェを訪れた。
「また来たんですか?」
「……ああ。」
「いつもの、ですか?」
「いや。今日は、少し甘いやつにしてくれ。」
悠馬は少しだけ、口角を上げた。
(それだけで十分だった。)
この店で、誰も俺を“男”として見上げない。
それが、少しだけ……心地よくなっていた。
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