22章 酒井はムコさんに

22章 episode 1 凍った心


◆ 長男の出生のタブーが明かされた。


 瀬川と橋本はシンとリョウに、ことあるごとにチャンプを話題にして援護射撃を続けた。そのうち二人は、

「ニイ、はっきり言ってよ。チャンプはママにラブラブなんでしょ、それでチャンプは新しいパパになるの? ママと結婚するの?」

「それを知ってどうするんだ?」

「僕たちは、ママとチャンプに訊きたいことがある。パパはいつも僕たちからママを取ったんだ。旅行やディズニーランドも行ったことない。でもパパは忙しかったから我慢した。ママはいつもごめんねって謝った。チャンプが同じパパになるんだったら、そんなパパなんかいらない! 僕らだけでやって行こうとリョウと決めたんだ」


 瀬川はシンの話を聞いて、士郎さんはパパではなくて大きな子供だったのか、舞美さんに甘えていたのかと痛感した。

「パパがいないとママは僕たちとずっと一緒だったんだ。パパと話したのは病気で家にいた時だけだ。そんなパパにチャンプはならないよね?」

 それでもパパは君たちを気にかけていたんだよ、そう慰めようと思ったが、自分は父を知らない、何も言えなかった。酒井に子供たちの気持ちを伝えた。酒井は静かに聞いていたが、「ここにも凍った心があったのか」と呟いた。


 正月が近づいたある午後、奈津子から電話があった。

「年が明けたら介護ホームへ入るの。最後にみんなに会いたいので、息子たちに集まるように言いました。山本さんと酒井さんも呼びました。美味しい料理をお願いしますよ。12月26日です、いいですね」

「えっ! お母さま」と、舞美が驚いた時、電話は切れた。


 12月26日、三兄弟夫妻を迎えた奈津子は、

「舞美さんがここで暮らしましょうと何度も誘ってくれたけど、逗子の介護ホームに入ることに決めました。今日は母として最後の日になるでしょう。みんなの顔を心に焼き付けたいと思います」


 座がなごみ、奈津子は晴れ々とした表情で、

「舞美さんは近々酒井さんと再婚しますが、泉谷の名跡は守ってくれます。3人のお子たちは泉谷家の子です。今まで通りよろしくお願いしますよ」

 突然の言葉に舞美と酒井はうろたえて視線を泳がしたが、誰より驚いたのは長男の健一だった。


「母さん、なぜ許したんです! この家の財産をどこの馬の骨だかわからない男に渡すのですか! 僕は納得できません。よくよく考えると、士郎が舞美さんと結婚したのも不思議だった。もっと良家のお嬢さんがいたでしょう。どうして父は舞美さんを許したのか、今でも理解できません!」

「そんな失礼なことを言うものではありません。泉谷が舞美さんを好きになったのです。士郎が好きになったのを知って身を引きました。健一、舞美さんが士郎と結婚してどんなに苦労したか、知ってますか、わかってますか?」


「そんな事は知りません。どうせ最初から財産狙いだったんじゃないですか。それで病気に罹った士郎を狙ったんでしょう。そしてこの宝の山を手に入れたんです。苦労したとしても成功報酬を手に入れたからいいでしょう。母さんまで騙すなんてたいした女だ!」

 黙って聞いていた酒井が怒りに震えて立ち上がろうとしたのを、山本が全力で押さえ込んだが、その隙にケンが立ち上がり、軽蔑した目ではっきり言った。


「おじさん、恥ずかしくないのか! 子供たちの前でそんな事を言う大人は最低だ!」

 ケン…… 舞美はポロリと涙を零して俯いた。


「健一、だまりなさい! あなたから母と呼ばれたくありません。私は母ではありません! あなたの母親は赤坂で芸者置屋をやっている小菊さんです。屋号は『扇屋』です」

「お母さま、いけません!」

「舞美さん、止めないでちょうだい。健一、信じられないなら小菊さんに会いなさい。舞美さんは泉谷から預かった金子(きんす)を届けに行って、健一と同じことを言われたはずです、違いますか?」

 思い出すのも辛いことを言われた舞美は下を向いた。


「健一のことはお墓まで持って行く覚悟でしたが、家を必死に守っている舞美さんを見て、はっきりさせた方がいいと思いました。

 酒井さんには悪いけど、泉谷の家長は舞美さんです。でも、子供たちが大人になると誰かが家長に育つでしょう。そしてこの家は残ります。跡継ぎがないあなた方には口を挟む資格はありませんよ」

 長男夫妻は憮然として席を蹴った。



22章 episode 2 パパの試用期間


◆ 子供たちは普通の社会経験が新鮮で嬉しかった。


「あんな無礼な人間には、塩を撒きなさい」

 手伝いに来ていた町民が盛大に塩を撒いた。

「舞美さん、私は士郎が多感な時期に家を出ました。そうね、ケンくんぐらいだったかしら。両親がいない毎日が孤独だったのでしょう、そこから脱却できずに舞美さんに甘え放題でした。それは私のせいです。舞美さん、許してください」

 奈津子は舞美の手を取って謝った。


「母さん、終わったことだ。士郎の跡継ぎが4人もいる。ケンも跡継ぎ同然だ。これからもっと増えるかも知れない。目出度いことだ。時代は変わった。士郎に子供がいて良かったと、今日つくづく思った。舞美さん、不愉快な思いをさせて悪かった」

 次男は長男の無礼を詫びた。奈津子が次男の母のことまで言い出さないかと、山本はハラハラしていたがそれはなかった。次男は温和な人柄の会社員だった。


「チヤンプはレイのパパになるの? ニイニイみたいに遊んでくれるの? いっぱいお話してくれるの? いろんな所に連れてってくれる?」

「いいとも、出かけよう。シンとリョウ、ケンも一緒だ。どうだ、行くか? 車は置いて来たから新幹線に乗ろう。よし、行きたい子は手を上げて!」

 はーい、全員が返事した。あーっ、舞美はびっくりした。


「舞美ちゃん、酒井パパのテスト期間だ。行かせてやれ、心配するなケンがいる。酒井くんは本気だ。ナイスバディだろ、酒井くんを信じろ、あとは子供たちが判断する」

「オマエら荷物を作れ、4日分だ。寝る場所と食い物は保証する、正月は返してやる、さあ、行くぞ」

「舞美さん、子供たちがダメと判断したら諦めなさい。他にも素敵な男性はいるでしょう」

 奈津子は愉快そうに笑った。酒井は子供たちを引き連れ、じゃあなと去った。


「お母さま、私の部屋に泊まっていただけませんか。お父さまの部屋でした」

 二人は漁火を眺めながらキャプテンルームで語り合った。

「舞美さん、苦労をかけてごめんなさい。士郎は父をほとんど知りません。子供にどう接していいのかわからなかったのでしょう。父親としては失格でした」

「でも、私を愛して守って、育ててくれました」


「私は21歳で嫁いで、士郎を産んだのは今の舞美さんの歳です。泉谷の遊びは、そりゃあもう派手なものでした。外で生まれた2人の子を育てながら、何度も死にたいと思いました。やっと三男を授かったときから泉谷は落ち着きました。私ね、淋病に罹ったんです。それで士郎を見てすぐわかったの。何て不潔な父と息子でしょうね。

 泉谷は労わりの言葉ひとつかける人ではありませんでした。私は身近にいた優しい人を好きになって、家を出ましたが、世間を知りませんでした。年上の普通のおばさんはまもなく捨てられました。舞美さん、仕事は続けなさい。士郎が言っていた女性の自立は、仕事を持つことから始まります」


「今の私があるのは士郎さんのお陰です。それなのに再婚するなんて、自分勝手だと迷っています」

「それは違うわ。子供たちに全力を注ぐ時間は過ぎました。子供たちに埋もれてはいけません、みんな巣立ちますよ。ママが幸せになることも大切です。10年以上も待ってくれたんでしょう、酒井さんも幸せになっていいはずです。あとは子供たちに任せましょう」


 12月30日、元気に子供たちは戻って来た。

「チャンプは?」と聞くと、「忘年会のハシゴで忙しいって帰った」とケンが笑った。「ママ、見て、いいでしょ」と、フリルのスカートが大好きなレイが、紺色のジャージ姿で立っていた。

「お兄ちゃまたちは歩くのが速いの。そいでね、チャンプが買ってくれたの。これで走ったのよ。お城に行って、雪の中のお家に泊まって、ママのパパに会って、いっぱい電車とバスに乗ったの。みんなと並んで切符を買ったんだよ!」


「チャンプは袋にお金を入れてみんなに持たせて、それで自分の切符や弁当を買いなさいって。バスに先払いや後払いがあるって、初めて知った。白川郷に泊まったんだ、すごい雪だった。びっくりしたよね、リョウ」

「うん、胸まで雪が積もってた。コインランドリーとカラオケが面白かった。レイは歌が上手いんだ。初めてばっかりで楽しかった。ママのパパはものすごく喜んでくれた。泊まったんだ」

「そうだ! ケンの剣道を初めて見た。大学生と勝負した。凄いんだ! 今度はみんなでケンの試合を見に行くことに決めた」


「それから、チャンプのビデオを観て大笑いした。パパとママと山本さんもみんな若くて、ママがムチャクチャ騒いで応援してたから、みんなで笑い転がった。レイは泣き笑いしたんだ」 

「だってジィジィを見たんだもん!」

「海外のレースも観た。世界チャンプになったとき、世界ってスゲェと思った。でっかいチャンプが小さく見えた。追い上げてタッチの差で勝ったんだ、あれには感動した。チャンプは本当に凄かった!」



22章 episode 3 ブラボー新天地


◆ 滝田の紹介は湯河原から通える新しい職場だった。


 初めての体験をした子供たちは興奮していた。士郎さんを責められない、私も母親失格だわ。忙しいのは言い訳にならない。自分で切符やお弁当を買ったとレイが喜んでいた。チャンプありがとう。子供たちが部屋に引き上げた後、ケンと話した。


「チャンプは仕事をどうするか悩んでた。とびきり水泳が上手い普通の男だと思ってたら、ママと同じで博士だと聞いて驚いた。来年は助教授になれるらしい。でも、ママと結婚したらここから通えないから、他の大学を探すかなあと言ってた。大学の先生って毎日大学に通うの?」


「そうかあ、通勤は厳しいなあ、無理かも知れない。でも大学は毎日通わなくてもいいのよ。90分の授業を1週間で5~6回するのが普通かな」

「ふーん、でもさ、チャンプは水泳も教えるんでしょ。大変だなあ」


 酒井はマジに悩んでいた。子供たちと一緒に暮したいが名古屋へ通勤は難しい。だからと言って無職はイヤだ。どうすりゃいいんだ? 考えることが苦手な酒井はドツボにハマっていた。

「酒井、滝田だ。元気か? ウワサで聞いたが藤井と結婚するらしいな、おめでとう! お前は何年待ったんだ?」

「いえ、はっきり決まったわけではありません。いろいろとハードルがありましてメシがマズイです。もっと簡単かと考えてましたが、タメ息ついてます」

「時間を空けてくれないか? 紹介したい人がいる。その前に平塚の東海大学湘南キャンパスを見ておいたほうがいい。水泳部の拠点だ。そこだったら通えるぞ。連絡くれ」


 滝田の厚意がわかった酒井はすぐ湘南キャンパスに向かった。

 広大な敷地に野球場や広場を併設した校舎が建ち並び、その広さと設備に驚いた。酒井は正門を直進して左に位置する室内プールに躊躇せずに入った。プールサイドで30数名の練習をしばらく眺めていたが、たまらず声をあげた。


「オマエら、それじゃ100年泳いでもタイムは出ない。水に逆らっている。そこの男子、肩だけで泳ぐな、足はどうした? 足なしか?」

 突如現れて罵声を浴びせる大男に学生は怪訝な顔をしたが、「酒井だ、酒井選手だ!」と気づいた。ぜひ模範を見せてくださいとせがまれて、酒井はあっさり承知した。


「いいか、4種目をフォームがしっかり見えるようにゆっくり泳ぐぞ、よく見ておけ!」

 酒井の泳ぎは大海で鯨が泳ぐようにダイナミックで、プールの水はザブンと波打った。どの種目も無駄がない美しい流れだが、世界を魅了したバタフライは、天女が羽衣を広げて舞うように優雅で、部員たちは感動した。


「次はメドレーをやるが、一緒に泳ぎたいヤツはいるか?」

「部長の奥野です。お願いします。インカレB決勝で6位でした」

「ハンデが欲しいか?」

「酒井選手がどれくらい速いか、実感したいのでいりません」

「よし、いい考えだ。気に入った。本気で泳ぐぞ!」

 酒井は容赦なくスタートから飛ばした。まるで獲物を追うシャチそのもので、奥野はまったく競争にならなかった。拍手を受けて水から上がった酒井は、

「悪いな、ついやってしまった。縁があったらまた会おう」


 大学が入試期間に入った2月上旬、滝田に伴われて東海大学学長に面会した。

「お会いしたいと思っていました。先日、部員を指導された話を聞き及んでおります。早速ですが、酒井先生を助教授でお迎えしたいと考えておりますが、いかがでしょうか、来ていただけませんか。

 当大学は燦然たる歴史や実績はありません。博士号取得の先生方は少数ですが、教員と学生の熱意、施設と設備はどの大学にも負けません。すぐにでもオリンピック選手を育成してくださいとは申しません。現在は2部校ですが、1部校になれるよう指導していただければと思っております」


「学長先生、過分なお言葉をいただきまして、誠にありがとうございます。僕は考える事は苦手ですが、育てていただいた大学と指導中の部員を思うと即決は出来ません。少しお時間をいただけませんか、お願い申し上げます」


「確かに、いきなりでは驚かれるのはもっともです。先程から酒井先生を招聘する語句を並べましたが、私の心に残る最大のものは、いつものエールの「ヨメに来い!」です。失礼ですが本心だと思いました。

 想いが届かない方にあの言葉を投げ続ける酒井先生に、好感を持ちました。あの方と家庭を持って、円熟したチャンプの力を当大学にぜひお貸しいただきたいと、お願いします」


 学長はキン蹴りから発生した諸々の凶事を承知しているのだろう。滝田さんは知っている。ウーンと宙を睨んだ酒井を学長と滝田は眺めた。



22章 episode 4 別れと出会い


◆ 新しい職場を得た酒井のプロポーズ。


 酒井は山本に相談した。

「いい話じゃないか、何を迷ってるんだ? 舞美ちゃんのピンチヒッターに比べたら、楽なもんじゃないか。酒井くんのスキル分野だ、やれるだろう」

 そう言われても柄にもなく思案している酒井に、どこで話を聞いたのか部員たちは東海大に行くように勧めた。

「先生、僕らにかまって、ここで埋もれちゃダメだ! 東海大の水泳部は50人以上いるそうです。チャンプの力を発揮してください。ステップアップしてください!」

 その言葉を聞いた酒井は、「すまない、許してくれ!」と大泣きしながら頭を垂れた。


「舞美、話がある、オマエと暮らしたい」

「何を言いたいの? チャンプらしくないわ、ハッキリ言ってよ!」

「もっともだ。東海大湘南キャンパスに助教授でスカウトされたんだ。学長に会った」

「まあ、おめでとう!! それでどうしたの?」

「うん、オレは名大しか知らないから少し不安なんだ」

「あのさ、私と暮らしたいんでしょ、みんなのパパになるんでしょ。イヤなの? ヤメたの? バーカ!」

「バカ呼ばわりするな、オレはチャンプじゃない、大輝だ。バーカ!」

「そうよ、そんな感じで元気出して頑張ってね、じゃあね」

「おい、話の続きがある。なんてやつだ、アイツ!」


 言い足りなかった酒井は、翌日湯河原を訪れた。この時間、子供たちは学校のはずだ。玄関の大きな引き違い戸を開けて、さっさと2階へ上がった。


「あれっ、いつ来たの? 約束してたっけ?」

「バーカ、プロポーズの続きだ、このバカ!」

 問答無用とばかりに舞美を抱き上げてベッドへ運び、メチャクチャにキスしながら全裸にして、優しく舐め続けた。いいなあ、触れば跳ね返り、キスすると薄紅色に染まって吸いつく肌、あそこから漂う芳醇な匂い、ああ、我慢できない! 爆発寸前のペニスに渾身の力を込めてぶち込んだ。

「これがオレのプロポーズだ!」


 あーあっ! 舞美が叫んだ刹那、酒井はオーッと吠えて顔を真っ赤にして連射を続けた。舞美はガクッと大きく揺れて弛緩した。「大丈夫か?」、「だって大き過ぎるんたもの、ぶつかって痛い! 壊れそう」と薄眼を開けて笑った。

 こんなにデカくなったのは初めてだ、オマエの匂いに誘われるとこうなるんだと言おうとしたが、舞美は眼を閉じて幸せに浸っていた。


 シャワーを浴びせてまた抱いた。

「どこがいちばん感じるんだ? 教えてくれ、プロポーズの続きだ」

「見つけられるかな?」

 素っ裸で大の字に横たわった舞美を首筋から乳房、背中を辿って臀部、肩先から側面に沿って腰を愛撫しながら、舞美の表情を盗み見た。士郎さんが教え込んだポイントはここか? ヘソから真下に唇を移動して秘部を攻めた。これまでとはまったく違うストレートな手応えがあった。逃げようとする舞美を片手で押さえ込み、ひたすらキスして舐めまわすと、

「もうダメ、お願い、愛して! 早く!」、涙を滲ませて喘いだ。


 おう! 雄叫びあげて突入して暴れまくったが、まもなく全方向から締め付けられて華々しく玉砕した。あー、すごくいい気持ちだ、この痺れる振動がたまらない! 腕の中で涙を溜めて震えている小さな女が愛おしくてたまらなかった。

 人生の先輩から愛された女はいいなあ、酒井は士郎に嫉妬しなかった。レディキラーで有名な男が片時も離さなかったのはこれだろう、見事に作り上げたものだ。成熟した舞美に夢中になった。

「大丈夫か? 体が大きいからアレもデカイだけだ。さっきは特別にキングサイズだった、ごめんな」

 次も豪快に攻めたがいきなり締め付けられて、ペニスはパクパクと口を開いてギブアップした。オレはツメが甘いなあ、腕の中で頬を染めて眼を閉じている舞美を見つめた。



22章 episode 5 酒井パパが実現


◆ パパになって、子供たちと舞美を支えたい。


「ただいまあ! あっ、チャンプだぁ」、レイは飛びついた。

「あのね、今日はお掃除当番だったの。そいでね、チャンプが買ってくれた服で学校に行ったんだよ」

「それからどうした? いっぱい話してくれるか」

「うん、松川くんがね~」


 舞美が昼食を運んで来ると、レイは酒井のアグラの中にすっぽり座って、お喋りに夢中だった。その時、橋本が来た。本宅の玄関に設置された防犯モニターで酒井の来訪を確認し、瀬川に知らせたが、「2時間後に気づいてやれ。邪魔するな」と瀬川が笑ったので、時間を見計ってやって来た。

「橋本さんも良かったらお昼にしませんか」

 レイは大好きなニイニイと酒井に挟まれて、ご機嫌だった。まもなく、シンとリョウが帰って来た。

「おー、報告することがあって待ってたんだ」


「オレは4月から、東海大学の湘南校舎に助教授で採用された。ここから車で約1時間の距離だ。よく聞いてくれ! 初めてなんでオレは立派なパパになる自信はないが、オマエたちのパパになりたい! ママにこれ以上パパの役目をさせたくない。ママとオマエたちを守って支えることがオレの願いだ。他に何も望みはない! オマエたちがイヤだと言ったら、諦める」


「えーっ、ホント? だってママが学生の時から好きだったんでしょ?」

「好きだったがいろんなことがあった。ママは何度も悪いやつに狙われた。学生だったオレは何も出来なかった」

「さっき諦めると言ったけど、ウソだ、信じられない。本当の事を言ってよ! ママを本当に好きなの?」

 リョウはチャンプを睨んで訊いた。コイツがマジに質問して来るとろくなことがない! 酒井は冷汗が出て来た。

 酒井は舞美に包囲されたペニスの感触を脳裏に描いた。諦める? とんでもない!

 橋本は、酒井と子供たちのやりとりを危うく笑いそうになって、慌てて口を閉じた。


「撤回させてくれ、諦めるもんか! 次を考える」

「やっぱりなあ、最初から正直に言ってくださいよ、僕たちは真剣なんです。シンと何度も話しました。約束して欲しい事があります。ママより先に絶対に死なないでください!」 

「僕は普通のパパが欲しい。一緒に泣いたり笑ったり怒ったりするパパがいい。そしてママを助けて欲しい。レイは?」

「ママが泣かないように優しくしてね。こっそり泣いてたんだよ」


 こいつらはよく見ていたなあ。夫婦の苦悩と愛憎を…… 酒井は緊張した。

「それでオレは合格か? 落第か? 頼む、正直に言ってくれ!」

 この時、橋本が声をあげた。

「チャンプをパパに欲しい人、チャンプがパパになってもいい人、手を上げて!」

 ハーイ、元気な声で3人は手をあげた。

「ありがとう! オレ、今の気持ちを忘れないでいいパパになる、頑張る! シン、リョウ、レイ、ありがとう! ありがとう!」

 酒井はテーブルに顔を埋めて吠えるように大泣きした。あまりの泣きっぷりに、子供たちは酒井が壊れたのかと驚いた。


 3月末、意気揚々と酒井は膨大な書籍を積んで引っ越して来た。それらの本は今は使われてない玄関脇の小部屋に収納され、酒井はキャプテンルームの隣の洋間を使った。

 瀬川と橋本は『北斗の拳』や『るろうに剣心』、『MONSTER』に、子供たちは『キャプテン翼』や『名探偵コナン』などのコミック本に夢中になって、友達を連れて来ては読みふけった。他には『太平記』、『将門記』、『平家物語』などの古典戦記物が数多くあった。



22章 episode 6 ママの再婚


◆ 新郎新婦の晴れ姿が新聞に掲載された。


 3月末、俗世を離れた士郎の母と面目丸つぶれの長男夫妻は欠席したが、士郎の兄弟夫妻、舞美の両親、酒井の両親や両親族を迎え、簡素な式とお披露目を行った。

 酒井の両親は初対面の舞美に、

「大輝の気持ちはずっとあなたにあったのです、大輝と幸せになってください」と微笑んだ。世界のチャンプになった息子を、3児を抱えた寡婦の婿に許してくださった両親に、舞美は申し訳がなくて涙を堪えて頭を下げた。


 正午過ぎ、町民が様々な物を手に押し寄せ、少々ほろ酔い気味の酒井を紋付羽織袴の新郎に変え、舞美を文金高島田の花嫁に装って記念撮影した。瀬川と橋本のアイデアに便乗した消防団の仕業だった。

 花嫁姿の舞美を見て「ママぁ、びっくりよ、お姫さまみたい、キレイ!」、レイはうっとり見つめた。

 酒井は舞美の手を取って「世界チャンプになった時よりも嬉しい、ナイスバディ、最高だ!」、嗚咽で喉をつまらせ、みんなの拍手を浴びた。


 消防団員は溺れた小学生を助けなかった罪ほろぼしに、瀬川に何かさせてくださいと頼み、記念の写真撮影が実現した。

「おい、舞美のヌード画像を中日スポーツに送ったやつは誰だ? 叩きのめさないから顔を出せ!」

「すみません、僕です」と前に出た若者の頭をポコンと叩いて、忘れてやる! 酒井は笑ったが、再びこの若者は中日スポーツに新郎新婦の画像を送った。


 翌日の中日スポーツ1面に、婚礼衣装の二人の写真が掲載された。名古屋出身の「なごやん」同士で結びつくまでに永い時間が流れた。『名古屋が誇る世界チャンプ、ヨメ恋ラブコールから14年!』の記事が掲載された。アイツめ、またやったなと酒井は苦笑いした。


 新学期が始まる前に酒井は家族を東海大キャンパスに連れて行った。

 シンは「わあっ、すごく広い、広場がある。ママの大学よりピカピカだ!」と驚いた。プールを覗くと部員が練習していた。

「この前は邪魔したな、4月から水泳部監督になる酒井大輝だ。よろしく頼む。これはオレの家族だ。職場見学に連れて来たが気にするな」

 しばらく部員の泳ぎを見ていたが、

「舞美、あの女子に教えてやれ、あの子は自分しか見えてない。クロールとバタフライの1本勝負だ」

「えーっ、まさか! 私はマジに泳いでません。恥かくだけです」

「だから泳いでみろ。いい勝負だ、舞美の得意なピンチヒッターだ!」


 競泳着で現れた舞美は現役スイマーと並んだが、どちらが女子大生かわからなかった。

 ママー、頑張れー!、子供たちの大きな声援を受けて、舞美は両頰をバチンと叩いた。気合いを入れたな、酒井がニヤッと笑った。

 クロールは僅差、バタフライは1m以上の大差で舞美が勝った。

「マトモに練習してないオバさんが勝ったが、舞美、この子の欠点は何だ?」


「難しいことはわかりませんが、ムダが多いこと、特にバタフライはバタバタでフライになってません」

「そうだ、素人のオバさんに指摘されたとおりだ。オレは1カ月間はキミたちをじっくり観察する。誰にでも長所と短所がある、それを知りたい。部長の奥野くん、全員のリストをここにメールしてくれ。出来れば顔写真を貼ってくれ。はい、今日はこれでおしまい。騒がせたな。ご苦労さん」

 

 東海大学を後にして、

「せっかくここまで来たから、『平塚美術館』に行こう。湘南の美術と光の美術館だ。教科書に載ってる黒田清輝や岸田劉生の他に地元出身の鳥海青児が観られる」

 酒井はレイを肩車して絵を眺めた。

「チャンプ、これはなあに? 何の絵だかわかんない」と聞いたレイに、

「絵は心の居場所で違って見えるんだ。レイが大きくなったら教える。絵を観て何もわからなくていい、わからないのが普通だ。いっぱい見ることが大切だ」

 リョウが聞いていた。

 


22章 episode 7 新婚生活


◆ 酒井パパで家庭が一変した。


 新年度が始まった。酒井は舞美が仕事で家を空ける水・木は出来るだけ早く帰宅して、子供たちと賑やかに食卓を囲み、舞美の在宅日を水泳指導に充てた。

 休日は子供たちとあちこち出かけ、漂流ゴミを拾い、周辺の草取りをみんなで楽しんだ。酒井の人気は高く、ひとたび家を出れば抱えきれないほどの魚介類をもらって帰って来た。

 

 大学内では舞美がチャンプと再婚したニュースはすぐ広まり、学生の質問攻めに遭った。

「先生は新婚さんでしょ、ご感想をどうぞ。後学のために僕らに教えてください!」

「えーっ、そんな質問はなしでしょ! ただ、ただ……」

「はっきり言ってください。ただ、何ですか?」

「うーん、違う家庭になっちゃいました。今日は天気がいいからチャリで走るぞ! 行きたい子は手を挙げて! そんな感じです。子供たちより私が戸惑ってます」

 いつもヨメに来いと喚いたチャンプならそれもありか! 学生たちは納得した。


 一方、名古屋では、医院を守っていた母が倒れた南条は、大学病院の勤務医を辞めて実家の医院を再開した。

 舞美の再婚を新聞で知って人知れずに泣いた。酒井さんか…… 舞美、幸せになってくれ、そう祈るしかなかった。僕は舞美の初めての男だが、何もしてやれなかった、許してくれ。再び遠くへ消えた恋人に謝った。


 火曜日、酒井は子供たちを学校へ送り出し、夫婦だけの濃密な時間に浸った。互いのクセもわかって、舞美はたっぷり抱かれて甘えたが、酒井はいつも避妊していた。

「大輝の子をねだろうかな! いいでしょ?」

「本当か? マジか? ウソじゃないよな? 大丈夫か?」

「だって結婚したんだもの、それって普通でしょ」

 にっこり笑った舞美を骨が軋むほど抱きしめた。


 ゴムなしで抱くと、膣のヒダの凹凸や段差、質感や温かさをはっきり感じられ、嬉しくて仕方なかった。睦み合って異次元に漂う時間が、生命の再生空間に思えて舞美を離さなかったが、ことごとく無駄打ちに終わった。

 優しく抱くと甘える舞美に負けて、何度も発射するが結果はゼロ! ゼロ! なぜだ? オレは種なしか? サイズと性能に自信がある酒井は焦って、山本に相談した。

「酒井くん、無駄打ちはやめろ! かつて同じことを士郎さんに伝えた。こういうことだ、わかったか、頑張れ!」


 ある夜、酒井が水泳指導する動画を横で見ていた舞美が言った。

「今まで女子を指導したことあるの?」

「ない、舞美だけだ」

「誤解しないで聞いてね。この画像をネットにアップして、監督からセクハラされましたと公開されたらアウトよ」

 それは女子部員の後に酒井が立って、背後から腹を触っている画像だった。

「これ1枚だけ見せられて、法学者としてコメントを求められたら、セクハラの可能性ありと判断するかもしれない。女子を指導中に肩を触るのはOKでも、腰や胸や腹、太股は今の時代ではアウトなの。私と遊んでくれた『浦島』や『ラッコ』は、男女問わずパワハラになるのよ」


「ひぇー、だったらどうやって女子を指導すればいいんだ! タイムが伸びた子もいるのになあ。これは水泳時の腹筋の動きと役割を説明していた。どうすりゃいいんだ」

「女子マネは服着てる?」

「ジャージだ」

「その子をマネキンにして、なるべく触らないで教えるしかないと思う。部員全員が大輝ファンかどうかわからない、違う子もいるかも知れない。ねえ、夏休みにみんなに来てもらったら? ちょうど大学のプールはメンテナンスなんでしょ。とかく法学者は法律のトラップに善良な民が落ちないように心配するのよ、不愉快な話でごめんね」

 酒井は考えたこともないことを指摘されて驚き、「偉大な法学者さん、ありがとう」とブチュするのをシンが見て、手を叩いて冷やかした。


 酒井パパのもとでシンは毎日空手の朝練を、リョウはクロールの特訓に励み、レイはタエの側で真一の世話を焼いた。

「レイちゃんはどうして真一の面倒をみてくれるんだ?」と聞いた瀬川に、「あのね、赤ちゃんが生まれたら、ママはお仕事があるからアタチがするんだもん!」と、真一をあやしながらオムツを替えた。男親が変わると、こうも家庭は違うものか、瀬川は不思議に思った。



22章 episode 8 湯河原水泳合宿


◆ 激しすぎても種は流れる。


 前期授業は終了したが酒井は部員を鍛えていた。8月はメンテナンスでプールは使えない。大学と交渉して湯河原合宿の承認を得た。本宅と民宿に分宿させ、早朝とプール客が帰った7時以降を練習に充てた。

 合宿初日、舞美はビキニで現れた。学生たちは歓声あげて見とれたが、酒井がいちばんテンパってしまい、慌てて我身をタオルで隠した。


「はーい、女子のみなさん集合! 酒井の妻の舞美です。早稲田大学の教員です。宜しくお願いします。今からみなさんのボディリストを作成したいと思います。酒井が女子部員を触るとセクハラになりかねないので、私がやらせてもらいます。このチェックは早稲田の競技ダンス部で実施されているものです。

 マネージャーの大隈さん、この人型のイラストに番号をふりました。肩、背中、お尻、ふくらはぎ、太股の順に私にチェックさせてください。判定を言いますから記入をお願いします」


 タオルで目隠しをした舞美は12名の女子部員を次々と触りだした。

「この人は、1番C、2番B、3番C、4番A、5番C。はい、次の人」

 酒井は呆れて傍観していた。こんなことは聞いてない。バズーカで涙目になったアイツは、一夜明けるとこれかぁ、フザケンナ! 脅かすなよ。またバズーカとボンバを山ほど打ち込んでやる! 酒井はニタッと笑った。


「舞美先生の判定を疑うわけじゃないが、男子部員を2名判定してくれないか」

 舞美は目隠しのまま触った。

「えーと、1番C、2番C、3番A、4番A、5番A。次の人は、1番A、2番A、3番B、4番C、5番Aです」

「ホーッ、見事な判定だ。最初の男子は高校まで陸上部だった新入部員だ。次はウチのエースだ。この判定は鬼の近藤の直伝か?」

「そうです。これで女子部員の簡単なボディリストが出来ました。カントクさん頑張ってください! はーい、女子は腕立てスタート!」

 舞美が息をあげることなく腕立て伏せ200回する横で、女子部員は全員ギブアップした。「おい、ウチの女子を壊さないでくれ!」、酒井が悲鳴をあげた。


 酒井は部員に自室を提供したので、舞美の部屋に居候した。

 その夜、お疲れさんと労いながら、声が漏れないように大きな掌で舞美の口を塞ぎ、触りまくり激しく舐めまくってバズーカをぶち込んだ。「オマエが好きだ、好きだ」と、耳元で呪文のように繰り返す酒井の言葉に包まれて、舞美は眠った。甘美な夜が幾晩も続いた。


 子供が欲しい酒井は、舞美のつま先と体が反り返った瞬間、満身の力を込めて自慢のバズーカを連射した。「大輝、気持ちいい~」、弛緩する舞美が愛おしくてたまらなかったが、ドバッと注入した精液が愛液と混合されて、溢れ出すのが不満だった。

 せっかくの子種がみーんな流れる気がした。あーあ、これかあ原因は? 幾度も舞美を拭ったが、秘部にフタをしたくなった。垂らすな、溜めとけ! 逆立ちさせたくなった。こんなに抱いているのにハズレの連続だ。他に方法がないのか? うーん、恥ずかしいが山本さんに相談するか……


 電話をもらった山本は大声で笑いだした。

「酒井くん、まだ陽が高いぞ。何時だと思ってるんだ。すごい話だなあ!」

「すみません。7時から水泳指導があるんで、つい時間を考えませんでした」

「秘訣を教えよう。何もしないよって舞美ちゃんを先に寝かして、夜中に夜這いするんだ。もちろん、いきなりだぞ。そうすれば、舞美ちゃんがいい気持ちになる前に、肝心な場所に子種が届くだろう。警視庁のデータによると強姦の妊娠率は高いんだ」

「へっ、僕は強姦魔ですか?」

「つまり、女をその気にさせると妊娠率が低いってことだ。試してみるか? 1回の射精で最大4億近い子種が放出されるそうだ、頑張れ! ところで子供たちは元気か? もうすぐケンがそっちへ行く、よろしく頼むな」


 旧盆近くなってケンがやって来た。橋本から教えてもらえるので剣道具一式を持ち込んだ。山本は瀬川に指導を頼んだが、「僕より橋本が適任です。あいつはバタバタと三段になって、警察道場で教えていましたが、今は確か四段だと思います」とアドバイスした。ヒマで退屈していた橋本は、我が意を得たりと喜んでケンを待った。


 プールで体をほぐした後で水着の舞美はケンに会うなり、「ケン! 元気だった? 背が伸びたみたい、素敵だわ!」と、抱きついた。

 見ていた酒井は、おい、ケンは立派な男だぞ。ほら見てみろ、水着で抱きしめられてアレが膨らんでるじゃないか、いつまで子供と思ってるんだ、バーカ。



22章 episode 9 成長の夏


◆ 橋本はケンを容赦なく叩き直した。

 

「ケンはいい体しているな、しなやかだ。面構えもいい。よし、鍛え直すから泣くな」

 ケンは初日から容赦ない指導を受けて疲れ切り、部屋に戻るなりバタンと転がった。心配したレイはタイガーバームを塗り、湿布薬を貼った。


 舞美に酒井は言った。

「ケンはマスする立派な男になった。抱きしめるのはもう止めろ。橋本はケンを叩きのめして試している。心配するな、死にはしない。ほっとけ! 優しい言葉をかけてジャマするな。オマエは鬼の近藤について行った、それと同じだ! 旨いメシをたらふく食わせてやれ」


 ケンが壮絶な猛練習に耐えて3日め、レイがプールに走り込んで来た。

「失礼しまぁーす。パパーぁ、ケンニイが倒れちゃった! すぐ来て!」

 レイがパパと呼んだことに酒井は驚いたが、

「転がしとけ! 熱があったら冷やせ、あとで行く。看病してやれよ、わかったな」

「あい! がんばるぅ!」

 小さなナイチンゲールを部員は笑って見送った。


 朝練が終わってケンを見舞った酒井は、

「話がある。起きれるか、外へ行こう」

 足元がおぼつかないケンを支えて歩いたが、えい、面倒だとばかりに背負った。


「東京で道場に通ってるそうだな。そこではオマエは定期的に月謝を運んで来るお客様だ。怪我させないように退会しないように大事に扱う。だがな、橋本はオマエに興味を持って試している。イジメやシゴキではない。食らいつけば本気で教えるだろう。

 オレも経験がある。名もないジジィに徹底的に痛めつけられた。死ぬかと思ったほどきつかった。そのジジィのお陰でオレはチャンプになれた。

 知ってるだろうが、橋本は気が優しくてスナイパーになれなかった男だ。そいつが本気を出した。受けてやれ! オマエなら出来る! オマエは体が柔らかい、それはどんなスポーツにも有利だ。今の経験は必ず役に立つぞ。休みのたびに来るか? ここに住んでもいいぞ。


 いいか、シンは瀬川に空手を習っている。手加減したはずのケリが入って脳震盪になったことが何回もある。マンツーマンだから逃げ場がない。町の道場とは比べ物にならない厳しさだ。中学生になったら大人扱いして、極心空手の選手でデビューさせると聞いた。ケン、オマエも負けずに底力を見せてやれ、わかったか」


 ケンは酒井の背中で黙って聞いていたが、自分の弱さが情けなくて惨めになった。そのうち酒井の肩に顔を埋め、声を殺して落とす涙が溢れた。

「最高に辛いのが4日目だ。逃げ出すなら今のうちだぞ。7日目から楽になる、体が慣れる。メシでも食ってよく考えろ。ちょっと走っていいか? オレは体がなまってる、行くぞぉー」

 ケンを背負ったまま裸足で砂浜を走り出した。


 毎晩でも抱きたいが、山本説によると今晩あたりが仕込むには最適らしい。酒井は寝たふりした。強姦が効くのかと疑心暗鬼だった。風呂上がりのいい匂いをさせた舞美が横に滑り込んだが、知らんふりした。チュッされても、ガマン、ガマンと寝たふりを続けたが、舞美はペニスを握って、裏筋に沿って付け根から先端まで舐め続け、パクッと亀頭を含んで舌先で転がした。あーあっ、脳天にビンビン電流が走る! 限界だぁ! ガバッと起きて舞美を上に乗せたまま、ドカンと天を突いた。

 せっかくガマンしていたがまた無駄打ちか! コイツにかかるとオレはまるで坊やだ。いいようにあしらわれている。腹立ちまぎれに組み敷いて、無駄打ちを繰り返した。


 合宿は盆休みを2日間取った。酒井は風が吹き抜ける座敷に寝転がっていたが、

「何してんですか? デートしましょうよ」

「デート? どこへ行くんだ?」

「五所神社の夏祭りです。早く浴衣に着替えましょう。お母さまがみんなの浴衣を縫ってくださったんですよ」


 浴衣姿の真美にそそられて、つい胸元に手を入れたらバチンと叩かれた。

「おー、痛っ! 叩くなよ。あー、痛い! あいつらは祭りに行ったのか?」

「シンはミコちゃん、リョウは友だちと、レイはケンと出かけましたよ」


 神社では顔見知りの消防団員が祭を仕切っていた。

「おーっ、これはこれは大将、お揃いでようこそ」

「おい、性懲りなく画像をリークしたのはオマエだな。ぶちのめしたいとこだが、やめとく。よくやった!」

「はははっ、すみませんでした。そんなことより、先代のお子たちがこれ以上大きくなる前に、大将もお一人ぐらいどうですか?」

「どうですかと言われてもなあ……」

 消防団の若僧にからかわれ、世界のチャンプが形なしだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る