12章 抱かれても心は遠くにある

12章 episode 1 公人の士郎


◆ 苛立つ士郎とマイペースの舞美。


 1年生議員は勉強会や視察、懇談会や懇親会に追われる。士郎はプライベートな時間が取れず、舞美と会えるのは月に数回だった。やっと時間が空いたので食堂を訪れた。


 そこに近藤が現れた。舞美はランチの後片付けをしていた。

「えっ、近藤さん! お仕事は大丈夫ですか? さぼったんですか」

 近藤は舞美の額をペコンと小突いて、

「相変わらず君はマイペースだなあ。僕は仕事で泉谷先生にずいぶん助けてもらった。谷川先生は小児科の部長先生になられた。先生の力だ。君は知らないのか?」

「はあ? なーんも知りませんが、士郎さんは2階でノートパソコンとにらめっこですが、会いますか?」

「いや、僕を助けてくれたのはお父さんの方だ」

「ふーん、そんな難しい話は苦手です。ランチは煮込みハンバーグだけど、新作の実験台になってくれませんか。夏キャベツの鶏肉とろり甘酢炒めにトライします」

「タイトルを聞くと体に良さそうだな。情けないが最近はコンビニ弁当とパック入り惣菜だ。それを頼む!」

「はーい、試作品ゲット!」


 舞美はキッチンに入って、チャカチャカとフライパンを動かし、まもなく湯気がふんわり立った大皿を持って来た。

「マジに旨かった! じわーっと体に沁み込んだ。まだ腹筋を鍛えているのか?」、ポコンと舞美の腹を叩いた近藤に、

「はーい、癖になってしまって」

 ちょうど士郎が顔を見せたが、近藤はごちそうさんと帰った。不愉快な男だと士郎は思った。


 舞美は泉谷の好物の羊羹や大福を持っては、議員会館の事務所によく立ち寄った。

 泉谷から、昭和初期の暮らしぶりや事件を聴くのが楽しみだった。市井の人々が何を考えていたのか、戦争に突き進んだ国家、引きずり込んだ諸外国、嬉々として罠に堕ちた国家の中枢、これらの話はゾクゾクするほど舞美の頭と心に沁み込んだ。生きた講義を聴いている気がした。


 ある日、山本に送られて議員会館を出ようとしたら、ちょうど士郎が慌ただしく帰って来た。舞美を見つけた士郎は走り寄って抱きしめようとしたが、山本が止めた。失礼しますと頭を下げて舞美は帰った。

「士郎さんは公人です、自重してください。舞美ちゃんに迷惑かけます」と山本は伝えた。

 山本の背後で見ていた泉谷が「ちょっと来い!」と睨んで部屋に入るなり、

「自分で歩こうとしている舞美ちゃんをつまらんスキャンダルに巻き込むな。わかったか!」と一喝した。

 士郎は公私ともに壁にぶち当たっていた。やりたいことは何ひとつ出来ず、初めて愛した人は頼りなく心を彷徨わせている、若い恋人を嘆いた。


 次の休日、士郎は舞美と新宿御苑を散策して街を歩いた。

「士郎さん、忙しいのでしょう、大丈夫ですか?」

「舞美こそ、勉強しているのだろう」

「私はマイペースですから平気です。でも、迷ったとき士郎さんを思います。悩みながら進んで行く士郎さんが好きです」

「舞美、お願いだ、愛してると言ってごらん」

「愛してます…… でも、愛するって何でしょう?」

「うーん、大好きの上だ、最上級だ! 愛することは言葉じゃない。言葉では表せない! わからないのは経験がないからだ。男を愛したことがないからだ。もう一度言ってごらん」

「愛してます……」

 舞美は泣きべそ顏で呟いた。

 言ってしまった舞美は不安でいっぱいだった。これからどうなるのだろう。ひとつだけわかったことは、士郎さんは私を愛している。士郎は舞美の涙を指で拭い、俺は本気で惚れていると思った。


 7月の終りにメールが届いた。

「名古屋に帰ってナイスバディとバイトします。前期は頑張ったからいい成績をもらいました。しばらくお別れしますけど元気でね!」

 メールをもらった士郎は、しばらくお別れだと? 冗談だろう、そうはさせない、送って行こう。

「送って行くよ。新幹線のチケットはいらない。必ず迎えに行く」



12章 episode 2 初めての夜


◆ 士郎は夢中で幾度も舞美と重なって夢を見た。


 7月28日、士郎はミッキー・シローを抱えて車に乗り込む舞美を眺め、やっと会えたと嬉しかった。

 ノンストップで舞美の家の前に停め、逢えない時間を惜しむように永いキスして帰ろうとした士郎に、

「えっ! 真っ暗です、怖いです。もう少し待ってください」

 家に入り、電気を点けたが父はいなかった。何かあったのだろうか? 父にケイタイしたがつながらず、2時間ほど経って、

「ああ、すまない、帰ってたのか、僕は金沢支社にいる。トラブル発生で応援に駆り出され、気になったが連絡できなかった。明日の夕方には戻れるだろう。しっかり戸締まりしなさい、わかったね、お休み」

 はぁ…… 舞美はがっくりと座り直した。


 聞いていた士郎は、「舞美一人では心配だから泊まらせてくれ。車からケイタイを取って来る」と言い残し、ダッシュボードに隠したコンドームをポケットにしまった。

 和やかに向かい合った夕食後、片付けに立った舞美の表情は青白く緊張していた。それを見て悲しい思いはさせたくないと思った士郎は、

「とんぼ帰りのつもりで車を飛ばしたから疲れたよ。風呂を沸かしてくれないか」

 

 家庭用の小さな浴槽は母と入った懐かしい昔を思い出させ、士郎の気持ちは温かくなった。用意された浴衣で戻った客間には、1組の布団が敷かれていた。

「いい風呂だった、久しぶりにのんびりさせてもらった。舞美も入りなさい」

「いえ、あの、私は後で」

「ここは自分の家だろう、なぜ怖がっている?」

「はい……」

 これでは逃げられない、士郎さんは私をどんなふうに抱くのだろうか。湯船に浸って手足を伸ばすと、どうにでもなれ、行われることの究極はひとつしかない、舞美は覚悟を決めた。

 バスタオルを巻いてドアを開くと、待っていた士郎に抱きすくめられた。

「僕だけの人になってくれるか」

 返事を待たずに客間へ運び、激しいキスを繰り返しながら、指を乳房から秘部へと移動させ、触るか触らないかの愛撫を続けた。緊張して固く脚を閉じた舞美に、脚を開いてごらんと言ったが閉ざされたままだった。


 この子は緊張している。士郎は舞美の秘部にキスして、するりと舌を滑り込ませた。舞美の腰が一瞬ピクッと動いた。舌先で秘部の溝を何度もなぞり、優しく吸い込んで舐めまわすと、やがて秘部から滴が溢れ出た。

 何が何でも突入する決心だが、なかなか奥へは進めない。上へ逃げようとする舞美の肩先を押さえて、傷つけないように少しずつ進み、最後は分身に大きく力を込めて突破した。ついに辿り着いた分身は躍動を繰り返して大爆発し、いつまでも身震いを繰り返した。その瞬間に「痛い!」と舞美は喘いだ。

「ありがとう! 僕はこの日を決して忘れないだろう。どうしても舞美が欲しくてセーブ出来なかった。ああ、また君が欲しい! お願いだ、怖がらないで眼を閉じて。抱いて抱かれて愛し合おう、それからわかることだってあるはずだ、愛している!」


 言葉では伝わらない愛に苛立って、再び抱いた。これ以上強く突いたら砕け散ってしまう。眼を閉じた舞美を見つめながら時間をかけてゆっくり進んで行った。舞美がふーっと大きく息を吐いたとき、到達した分身は何度も激しく波動を描いて昇天した。舞美はひっそりと静寂の闇に漂っていた。


 舞美が目の前から消えてしまう気がして、今度は強引に突き進んで行った。やみくもに突破しようとした士郎に、舞美は眼を見開いて怯え、小刻みに震えて仰け反って倒れた。頼りなく体を預けた舞美を撫でながら士郎は詫びた。ごめん、だが僕には記念すべき日だ。すっぽり食べてしまいたいほど愛している、いつになったら振り向いてくれるのか、自信はなかった。

 舞美が何か言った。どうした? 怖いと寝言を言って眠りの底に落ちて行った。この子が目覚めたら何と言おうか。どんなに言葉を尽くしてもわかってくれないだろう。独りで翔び立とうとしている舞美の邪魔をしたのだろうか? そんなに頑張るな! 言ってはいけない言葉を呑み込んだ。



12章 episode 3 舞美の揺らぎ


◆ 抱かれてわかることは本当にあるのか?


 夜明けの薄闇に密かに輝く舞美の裸を見つめ続けた。これを見ればどんな男でも野獣になるだろう。鍛え磨かれた見事なフォルムに隠された小さな蜜壺。抱きたい気持ちを宥めながらプリッと盛り上がった乳首を舐めているうちに、食べたくなって噛んでしまった。痛い!! 驚いて目覚めた舞美の口を塞いで重なった。

 そのとき舞美は夢を見ていた。市村の痺れてしまう刺激的なテク、花芯を埋め尽くすリュウのアメーバ、それらが砕け散り、重なった士郎に気づいた。

 士郎さんに抱かれてわかったことは何だろう、これが愛される幸せなのか? 今はそうであっても時間が経てば人の心は変わってしまう。人の心は縛れない、すぐ壊れてしまう、母がそうだったように。愛してるという言葉の儚さを探った。


 士郎は分身の疼きに負けていきなりインサートしようとしたが、驚いた大きな眼とぶつかった。

「ごめん、抱きたい気持ちを抑えきれず、君のことを考えなかった、悪かった」と、舞美の体が薄桃色に変わるまで、燃えるキスと愛撫を続けた。指を秘部に潜ませるとたっぷり濡れていた。

 舞美は夢と現実の狭間でボーッと士郎を見つめていた。一気に挿入して激しく攻められ、大輔とリュウと士郎の顔が重なった刹那、あーっ、舞美から声が漏れたと同時に士郎は何度も突き上げて果てた。

「ありがとう、僕たちはやっと本当の恋人になれた。今の僕は最高に嬉しい。君を離したくない!」

 明けきらない薄闇に身を委ね、余韻が忘れられない士郎は舞美を抱いたまま目を閉じた。痛いと舞美が呟いた。

「まだ痛いのか?」

 不思議に思った士郎は秘部を覗いたが、それは赤く腫れあがっていた。


「見ないで、恥ずかしいです」と、立ち上がった舞美はぐらっと大きく揺れた。

「大丈夫か、立ちくらみか?」

「ちょっと平衡感覚が狂ったような、あーあ、脚が閉まりません。あそこがスカスカしてます。誰がこんなにしたのですか、恨みます」

 そう言って士郎を睨んだ横目がいじらしく、また衝動が突き上げた。

「恥ずかしくない! 食べてしまいたいほど愛している! だが僕は帰らなくてはならない。お願いだ、本当にもう一度だけ抱きたい」

 言い終わらないうちに舞美を捉えた。激しく抱くと壊れてしまいそうで、愛してると何度も耳元で囁きながらゆっくり優しく侵入して、穏やかにピストンを繰り返し最高潮で大暴発させた。


 士郎は思い出した。あれはダンスの試合前日のこと、「藤井を送ってください。ただし絶対に抱かないでください」と言った近藤を。そうか、過度のセックスは女の体に残るのか、鬼の近藤は経験したのかと笑いたくなった。それで舞美とはダンスマシンになったのか、やっと腑に落ちた。


 甘美な夜が明けた。

「少しは眠れましたか、ずっと運転して戻るのでしょう、大丈夫ですか?」

「眠ってしまうと夢に変わりそうで眠らなかった。嬉しくて君をずっと見ていたが、こんな幸せな夜を過ごしたのは初めてだ。最高の夜だった。舞美、ありがとう。東京に着いたら電話する」

 何もかも焼き尽くすキスの後、後ろ髪を引かれる思いで士郎は帰って行った。半ダースのコンドームの残りが1個とは、俺は幸せだったなあ、重なったときの舞美を思い出した。


 夕方過ぎて父が疲れた顔で帰って来た。

「悪かったなあ、一人で心細かっただろう」

「ミッキー・シローと“ダビデの星”があれば大丈夫! 心配しないでね、もう子供じゃないわ」

 父に士郎が泊まったことは言わなかった。


「酒井くんが時々来てくれるんだよ。将棋は南条くんが上手だが、二人とも舞美の恋人らしいな。泉谷さん親子もそうだろう? 恋人がゾロゾロいるなんて愉快すぎて僕にはわからないよ。

 舞美、しっかり聞きなさい。男に言い寄られても自分がやりたいことがあったら、ノーと言ってもいいんだよ。今しか出来ないことを大切にしなさい」

 娘の揺れ動く心を知っている父は、そう告げて風呂に入った。


 父の言葉をゆっくり考えた。パパは士郎さんのことを言っている、男に束縛されずに自分の思うままに進みなさいって。パパには国会議員の士郎さんもただの男なんだ、嬉しかった。

「パパ、大好き! やっぱり私のパパだぁ」

「いまさら何を言ってる。舞美は僕のたった一人の娘だ」



12章 episode 4 酒井のいたわり


◆ 士郎を哀れんだ酒井の考察。


 8月、ナイスバディはいっそう逞しくなって舞美を待っていた。

「オマエさぁ、近藤くんが泉谷先生に取りこめられた話を知ってるか?」

「はあ? 何ですか」

「やっぱりなあ、知らないのはオマエだけか。あの人は近藤くんに難攻不落の巨大なクライアントを丸投げした。つまり、オマエから手を引けってことだ」

「まったく話がわかりません。それに近藤さんは恋人じゃないです」


「そうか、それならそれでいい。泉谷さんは何が何でも士郎さんのヨメにオマエをご所望だ。泉谷さんの命を救ったらしいな、それでそういうことになった」

「あの~ そういうことって?」

「オマエが泉谷ファミリーの仲間入りってことだ」

「へっ、そんなこと聞いてません」

「ほお、面白い話だ。渦中の本人がチンプンカンプンなんて、実に面白い!」

「何が面白いんですか、さっぱりわかりません」

「いや~ しゃべり過ぎた。気にするな」

「気にするなって言われても、何だかすごいこと言いましたよね、私の気持ちなんてどこにもないでしょ!」

「そうだ。オマエの気持ちなんて無視して突き進むのが泉谷ファミリーだ。オマエ、知らなかったか?」

「士郎さんはそんな人じゃありません」

「あの人はファミリーの異端児だ。だが泉谷さんは士郎さんに全てを託すらしい」

「どうしてそんなこと知ってるんですか?」

「噂だ、巷の噂だ。気にするな。それよりオマエさ、勉強してるんだって? 山本さんから聞いた。頑張れ! さあ、行こう」

 ははぁ、情報源は山本さんか、それでわかった。そんなことより南条から電話がないのが気になった。


 南条は舞美が帰省する日を指折り数えて待っていた。

 宵闇に包まれた当日、舞美の家に行くと真っ暗で人の気配がなかった。おじさんはまだ帰ってないのかと引き返したところ、車が通り過ぎた。振り返ると、舞美は家に入ったがすぐ車に戻り、何か言葉を交わした。車から背が高い男が降りて舞美と家に入った。門灯に照らされたスーツ姿は泉谷士郎だった。

 南条はため息をひとつ漏らして帰った。翌朝も車があるか見に行こうと思ったが、これ以上惨めになりたくなかった。舞美から電話をもらったが居留守を使い、引きこもった。


「龍平どうしたの? 舞美ちゃんとケンカしたの? どうして会わないの、居留守なんて男らしくないわね、舞美ちゃんは龍平の奥さんじゃないでしょ、フリーなのよ。それは龍平も同じよ。グズグズしてるより会えばいいじゃないの」

 母は息子の背中をポンと叩いた。

「舞美、僕だ。今日はバイト先に迎えに行く! 免許取ったんだ」


 おや? 坊やが藤井を迎えに来たらしい。あーあ、デレデレしておかしなヤツ。藤井とはどうなってんだ? ヨダレを垂らしそうな顔だが残念だな。藤井はアレだ、諦めろ。酒井は、舞美がワンピース水着かビキニの上に短パンを履いたら女の子の日だと知っていた。


「舞美、電話くれたんだって、ちょっと聞いてなくてごめんね。送るよ、さあ、乗って」

 二人の様子を酒井は見ていた。

 坊や、大人の士郎さんを翻弄する女に本気で惚れるな、痛いぞ。藤井に悪意はないが、抱かれてもそれっきりの女だ、気持ちが落ち着くと男なんて屁とも思わない女だ。やめとけ! それを本人が知らないってのもなんだかなあ。 


 白波が立ち始めた盆休み、会いたくてたまらず士郎は浜に車を横付けした。舞美の姿を見つけて駆け寄り、酒井の視線を気にせず抱きしめて言った。

「元気か、会いたかった! 大丈夫だったか?」

「大丈夫だったか?」に秘められた意味に気づいた酒井は舞美を見たが、コイツの心は揺れている。溺れているのは士郎さんだけか。抱かれた男に会っても、特に変わった様子は見せない、不幸な女だ……


「酒井さん、せっかく士郎さんが来てくれたので、よかったらウチへ寄ってくれませんか?」

 笑顔で誘う舞美に、「わかった、行くよ」と乗ってやった。士郎さんから面倒な話を持ち出されるのが嫌なんだろう。どうせ俺は邪魔者だろうが、藤井の頼みなら行こうじゃないか。だが士郎さんはいつ藤井を抱いたのか? あれは今すぐに抱きたいと悶絶している男の眼だ。けっこう正直な人だとおかしくなった。



12章 episode 5 父の考え


◆ 自分の道を行きなさい、迷っている娘に父は思った。


 舞美の父は二人を歓待して酒を勧めたが、車だからと固辞されて会話が滑る時空が続いた。シビレを切らした士郎は、「悪いが酒井くんと舞美は席を外してくれないか、僕はお父さんと話がある」と告げた。

 酒井と舞美が顔を見合わせたとき、

「士郎さん、おっしゃりたいことはわかっています。しかし、舞美はやりたいことを見つけたようです。もう少し見守っていただけませんか。娘に迷惑をかけた情けない親ですが、お願いします、このとおりです」

 父は頭を下げた。


 その夜、士郎と酒井は客間に寝かされた。

「酒井くん、僕はすっかり振られたようだ。問答無用ってやつだ。面食らったよ」

 士郎は結婚を前提に交際させて欲しいと父親に言おうとして、言い出す前に拒否されたことが信じられなかった。泉谷ファミリーになることを玉の輿だと考えない舞美の父に、酒井は密かにエールを送った。

「いや、藤井は士郎さんの気持ちはわかっても怖いのでしょう。それを父親は知っていたようです」

「怖い? なぜ怖い?」

「あの子は母親の修羅場に巻き込まれました。根源は夫婦の問題です。人を愛するとは、愛されるとは何なのか、藤井はずっと悩んでいます。僕に人を愛したことがあるかと訊きました。士郎さんから愛されてもまだ悩んでいます」

「そんなふうに考えて悩んでいるのか、あの子は……」


「士郎さん、わかっていますか? 藤井は脇目を振らずにズンズン突き進んで、壁にぶち当たって初めて考える子です。しばらく好きにさせた方が良さそうです。オマケに頑固なヤツです。合わせた振りしてるだけです。士郎さんが攻め落とせずに手放したら、僕がもらいますから安心してください」

「何だと? 安心しろとはとんでもない! 誰にも渡す気はないが舞美の心はどこにあるのか、自信がない」

「気にしないことです。藤井の心を大きく占めているのは士郎さんでしょうが、士郎さんの気持ちとは少し違うと思います」

「なぜだ、どう違うのか僕にはわからない。教えてくれないか」

「まだまだ大人じゃないってことです。まあ、他に男はいないみたいですが」

「うーん、何とも腹が立つ子だなあ」

「そうでしょ、男を何だと思ってるのかと腹を立てたこともありましたが、アイツに悪気はないです。男の気持ちを知らないだけです」

「本当に腹が立った。よし、明日はライフセーバーを見たいが、行ってもいいか?」

「どうぞ、マジに頑張ってますよ。見てやってください」


 翌朝、舞美は3人分の弁当を作りバイトに向かった。士郎は売店で買った短パンを履き、海水浴客に紛れて舞美のバイトぶりを眺めた。ビーチは盆休最後の日で混雑し、舞美は続出した迷子の対応に追われたが、いつも酒井が付き添っていた。男たちは舞美を見て誘いの言葉をかけるが、酒井に睨まれて首を竦(すく)めた。


 黒のビキニ姿の舞美は、上に羽織ったライフセーバーのウインドブレーカーが風でめくれる度に見事な腹筋が見え隠れして、男たちの垂涎の的だった。

 ビキニなんてやめろ! 長袖長ズボンにしろと士郎は言いたかったが、俺はあの体を抱いたぞ、どうだ! 自慢したい気もあった。

 士郎は木陰で舞美と弁当を開いた。人目があってキスさえ出来ず、イライラした士郎は明日につながる一計を練った。

「浜辺で食べる弁当は旨いなあ、ごちそうさん。今夜は舞美と過ごそうと思っていたが予定がある。今日中に戻らなければならない。夕方には名古屋を離れるが、頑張れよ!」


 士郎さんはバスタオルを藤井の頭に被せてディープキスの最中らしい。監視塔で双眼鏡をフォーカスした酒井は、短パンの中で大きく膨張した股間に、気持ちはわかるが士郎さんでもああなのか、男は正直な生物だと納得した。遊泳客が帰り支度する時刻、士郎は酒井に挨拶して東京へ帰って行った。


「士郎さんは忙しいはずだが、オマエに会いに来たのか?」

「さあ?」

 酒井は舞美を送り届けて士郎の車がないのを確認し、「明日はオマエは休みだ。ゆっくり坊やを遊んでやれ」と去った。


 翌朝、父を送り出したあと、突然ケイタイが響いた。

「おはよう、舞美。お父さんは出勤したか? 僕は目の前だ。ドアを開けてくれ」

 驚いてカーテンを覗くと、士郎の車が停まっていた。

「えっ! どうしたんですか」

「大事な忘れ物をしたから取りに戻った」



12章 episode 6 愛とは何か?


◆ 酒井の性教育はわかりやすかった。


 ドアを開けた舞美を抱き上げてベッドに投げ出し、驚く舞美を押さえつけ、愛撫を続けて火照らせた。

「お願い、止めてください。あっ、痛い! ああーっ」

 その声が届いた分身は舞美の奥深くに達し、嬉しさのあまり暴れ狂って幾度も雄叫びを挙げた。

 顔を歪めて痛いと嫌がった舞美に思いを遂げた士郎は、

「舞美が忘れられずにどうしようもなかった。僕の我儘を許してくれ。愛してる、本当に愛している」

 士郎は再び舞美を攻めだした。狂ったようなキスを浴びた秘部はヒクッと動いた。士郎は優しくゆっくり滑り込み、さざ波の揺らぎに似た動きを続けた。ふーっと息を吐いて舞美が逃げようとしたとき、一気に突き上げた。重なった二つの肉体は幾度も上下に振動し、やがて静かに深淵に堕ちて行った。

 士郎は東京へ帰った振りして名古屋のホテルに泊まっていた。

 

 翌日、スタンバイした舞美に酒井は、

「マジメに休んだか? この前は士郎さんの飛び入りで驚いただろう」

「はい、昨日は昼過ぎまで家でゴロゴロしてました。あーあ、わからないことだらけです。酒井さん、教えてくれますか?」


「何だ、難しいことはご免だ、何だ?」

「男の人は射精するだけで気持ち良くなるんですか?」

「うっ! 朝っぱらから何だ、いきなりすごい質問するなよ。オマエはどうしたんだ、アタマは大丈夫か?」

「男の人って射精したくて女の人を抱くんでしょう? ずっと不思議に思ってるんです」

「はあ? 真面目な質問としてマジメに答えるが、ここにスケール、つまり定規があるとする。0から10の目盛りがあって、状況にもよるがマスは3か4だ。マスとはマスターベーションだ。どうでもいい女が相手だと5だ。まあまあの女が6で、好きな女は7かな? オレはまだ8以上の女を抱いたことはない。この答えで十分か?」


「あの~ 3と7では気持ち良さが違うのですか?」

「オマエさあ、そんな質問すると嫌われるぞ。抱かれた後で、今のは5ですか7ですかなんて訊くと、首を絞められるぞ。オレだから答えてやったが、どうしてこんなことを聞くんだ?」

「うーん、なぜ男の人はあんなことをしたがるのかわかりません」

「ふーん、オレも質問するがオマエはそんな気にならないのか? セックスしたい気持ちが湧かないのか?」

「はあ~ すっぽり包んでくれるだけで十分なんですが、それっておかしいですか?」

「あのさ、男はいつでもやりたい動物だ、わからないか? オレは小学4年のときチンポコが膨らんで、触ったら気持ち良くて、その快感が忘れられずにマス坊やになった」

 マス坊やの表現に、舞美はゲラゲラ笑い出した。

「こら、笑うな、真面目に教えている。抱っこだけで十分と思うのは、オマエがまだ子供か、男が自分勝手か、相性が悪いか、まあその辺りだろう。気にするな、そのうちわかることだってある」

「そのうちわかることって?」

「しつこいヤツだなあ。はっきり言えば、そこまで愛してないってことだ。バカ!」


 セーバー控え室の廊下で、キャップの滝田が大笑いした。

「酒井は何を教えているのかと聞いていたら、性教育か? ホントに君たちはナイスバディだな。愉快すぎて笑いが止まらない。今日もしっかりやってくれ」

 滝田は、バタフライ日本チャンプの酒井にライフセーバーをしてもらうのは心苦しかった。スイミングスクールならもっと好条件で優遇されるはずだ。しかし、酒井は「藤井がセーバーを卒業するまでバディでいたいと思います。ボケーッとしたアイツと一夏過ごすと、気持ちがリフレッシュします。たまに旨い弁当を作ってくれる、妹みたいで面白いヤツです」と笑った。  


 舞美は、10月の「全日本水泳選手権」に出場する酒井に、惣菜をたくさん作って冷凍パックした。まもなく東京へ戻る9月初旬、ダンボールに詰めた冷凍おかずを酒井の寮に持って来た。

「毎日外食のカツ丼ではダメです、チーンする時間を書いたシールを貼ったので気が向いたら食べてください」

 あっけにとられた酒井の前にダンボールを置いて、危なっかしい運転で帰って行った。

「おい、待て、早くヨメに来いよー!」と追いかけたが、聞こえただろうか?



12章 episode 7 揺れる心


◆ 移ろいやすい人の心、愛される不安が大きくなって行く。


 舞美は東京へ戻った。

 士郎は多忙で舞美と会う時間はなかったが、毎日ケイタイで話し、眠れない夜は逢瀬の睦言を密かに録ったボイスコーダーを聴きながら、マスして眠りについた。


 8号館前の銀杏の下にボーッと佇んでいる舞美を見つけた青木は、

「何を考え込んでるんだ、物想う少女か?」と、声をかけた。

「はっ? ああ、先生、私、ダメです。挫けそうです」

「何だその顔は、慣れない勉強で疲れたのか? 珈琲でも行こう」


「施設に入っている母は私との縁を断ちました。それで、母みたいに心が壊われる女性が少ない社会にしたいと考えて勉強しましたが、あーあ、ダメです。学ぶことが多すぎて先が見えません」

 青木は笑い出した。

「半年やそこらで先が見えるのは人間の表面だけだ。腹筋を鍛えれば3カ月も経つと成果は見えるだろうが、人の内面、心と頭脳はなかなか変わらない。君の意見は傲慢(ごうまん)だ。その程度の努力で人の中身は変わらないよ。成し遂げたいと思うなら、もっと頑張るべきだ。もう挫けたのか? 君らしくないな、がっかりだ」

 舞美は口をヘの字にして、青木の言葉を悔しそうに聞いていた。


「おい、士郎さんは元気か、忙しそうか?」

「忙しそうです。実家に来てくれて酒井さんと泊まってくれました。酒井さんは来月タツミの全日本に出場します。凄い猛練習なんですよ、1日に最低10キロ、体を苛めたくなったら20キロ以上だそうです。絶対応援に行きます」

 士郎さんのことを訊いたが、話題を酒井に変えたのはなぜだ? 士郎さんが寸暇を惜しんで名古屋に行ったのは何故だ? 士郎さんは完全に溺れたなと思ったが、淡々と話す舞美の心に士郎さんはいるのか? しばらくの沈黙の後、


「先生、尾崎豊の『I LOVE YOU』って知ってますか?」

「泣きたくなる歌だ。知ってはいるがそれがどうした?」

「いえ、何でもないです」

 学生が舞美を呼びに来た。「おい藤井、食堂のおばちゃんが探してたぜ」

「はーい、行きます」


 舞美が去った後、グラスの外側の水滴が消えて行くのを見ながら、青木は『I LOVE YOU』の歌詞を記憶の奥底から引きずり出した。明日の夢がない二人が貪り合って、その場限りの虚しい幸せに堕ちるその歌は、俺が絶望の奈落で喘いでいたときだ、思い出したくなかった。哀しい目をしたあの女は幸せになれただろうか、心が痛む思い出だった。


 食堂に駆け込んだ舞美を待っていたのは士郎だった。2階でノートパソコンを眺めていた士郎は、会うなりキスして離さず、

「ふーっ、やっと会えたか。どうだ、勉強は進んでるか?」

「いえ、挫折の真っただ中です。どんなに本を読んでもわからないことが山ほどあります。もともと賢くないし、あーあ、いじけています」

「そうか…… 会いたかったが時間がなかった。はっきり訊くが僕が嫌いか、嫌いになったか? 腕の中で眠った舞美は幻か? 答えてくれ、僕を愛してるはずだ、どうなんだ?」

「士郎さんに抱かれると怖くなります」

「なぜ震える? なぜ怖がる」

「士郎さんが怖いのではなくて、愛されていることがとっても怖いです」


 初めて男から愛されて戸惑っている舞美がいじらしくて、ずっと抱きしめていた。

「怖がらないでくれ。お父さんの許しは貰えなかったが、君を思う気持ちは変わらない。頼むから泣かないでくれ。会えないと僕は不安になる、寂しくなる。とんでもなく好きだ、愛している」

 お茶を持って行こうと階段の途中まで来たおばさんは、足を止めた。坊っちゃんはやっと好きな人を見つけたのかと嬉しかったが、舞美の迷う気持を聞いて、引き返した。



12章 episode 8 訪れた蜜月


◆ やっと本当に結ばれたと士郎は思った。


 10月9日、タツミプールで豪快に泳ぐ酒井に、舞美はライフセーバーのウインドブレーカー姿で応援した。予選をスイスイ突破した酒井に、

「寝ぼけてんのかぁー、そんなもんじゃないだろー、目を覚ませー」と悪態をついた。

「寝ぼけてんのはオマエだぁー、明日は眼玉ひん剥いて見ていろ! わかったか、バーカ!」


 10月10日の決勝当日、観客席に舞美と士郎が並んだ。腰に手を回す士郎を舞美がそっと遮ったのを、青木は後の席で見ていた。

 レースが始まる寸前にSPに守られた泉谷が臨席した。ガンバレ! 山本の大声が聞こえたのか、酒井は大きく右手をあげて声援に応え、スタート台に立った。

「行けー、そのまま天国目指せー!」

 舞美は声を限りに応援した。

「バーカ、天国なんて行くものかぁ、アホ!」、胸を叩いて笑った。


 平泳ぎとバタフライでレコードを更新し、堂々たる1位に輝いた酒井は、濡れた体のまま観客席に下りて、泣いている舞美を抱き上げた。「オマエ、ホントにバカだな。天国なんて行きたくねえよ。呆れたヤツだ!」

 士郎は不機嫌な顔でそれを眺めていた。この二人は友情なのか、好き合ってるのか? 運動部の経験がない士郎は理解できなかった。


 ビクトリーインタビューで、

「今日もあのお嬢さんの声援が届きましたか?」

「何を言うか待ってましたが、天国はないでしょう。アイツにモンク言いました。それよりも早くヨメに来いとわめきます」

「酒井選手、なかなかお嫁に来ないお相手に何かコメントはありますか?」

「うーん、考え過ぎるなと言うでしょう。みなさんも僕を応援してください」

 ぬけぬけと言い放つ酒井に青木は思った。これは冗談ではなく藤井に惚れてるのか?


 11月、深まりゆく秋の湯河原に泉谷は舞美を誘った。

「旨い魚が手に入った。舞美ちゃんに食べさせたいと魚屋の大将が山ほど置いて行ったんだ。ファンを増やしたようだな。ここは秋になるとキノコも旨いし、海がいちばん美しい季節だ。命を繋いでまもなく1年だ。恩人の舞美ちゃんを招待したい、待ってるよ。迎えを寄越すからね」


 迎えに来たのは仏頂面の士郎だった。会話は途切れがちで、

「あの~ 山本さんたちは?」

「ああ、父の側にいる」

 オレンジ色に輝く海を見ながら、舞美はまだ俺にビクついているのかと思うと、哀しかった。


 車から降りた舞美を泉谷は両手を広げて待っていた。

「待っていたよ。チュウしよう」

 おじさんと叫んで泉谷に駆け寄って胸に飛び込んだ。何だ? 親父、ふざけるな! 士郎は尖った視線を向けたが、山本はニヤリと笑った。

 そのとき中村が血相を変えて駆け寄り、「山岸先生がお倒れになられ、重篤との知らせが入りました」と伝えた。山岸先生とは泉谷を首相にした陰の立役者だった。泉谷はSPを連れて慌ただしく東京へ向かった。深閑とした屋敷に二人だけが残された。


「悪かったな、せっかく来てもらったがごめん。疲れたろう、汗を流そう、いいね?」

 はい、消え入りそうな声で舞美は応えた。士郎はさっさと素っ裸になって舞美を優しく剥いだが、初めて士郎の裸を見た舞美は驚いた。幾度か抱かれたが、重なっている士郎しか見たことがなかった。

「士郎さん、いつ鍛えたのですか?」

 場違いな質問をして、恥ずかしそうに下を向いた舞美に微笑んだ。

「働ける体を作ろうと、中村から教えてもらった。驚いたか?」

「はい、見たことなかったから」

「いつも舞美は眼を閉じて、怖い、痛いと泣いていた。だから知らなかっただけだ。二人っきりだ、ゆっくり遊ぼう」


 ほんのり上気した舞美をベッドへ運んで、

「いいか、イヤならイヤと言っていい。君をもっと知りたい。気持ち良かったら声を出していいんだ、誰もいないよ」

 首筋から始まったキスが胸に届き、隆起した乳房の周囲を這い始めたとき、舞美の体が僅かに揺れた。

「力を抜いて、ほら、乳首が立った。小さな野イチゴだ、食べたいなあ、たっぷりペロペロしよう。あーあ、旨そうだ。どうだ、気持ちいいか」

 乳房にむしゃぶりついて、舌で舐めまわし、吸い続けた。舞美は大きく息を吐いた。ここは感じるのか、こっちは? わき腹に沿ってすーっと何度も舐めると、小さなため息が漏れた。


 ここをいじられるのが好きだとわかっていた。口でぴったり秘部を塞ぎ、強弱つけて舌を這わせては吸い込み、クリトリスをゆっくり舐めた。

 舞美は眼を閉じて頬を染め、何かを我慢しているようだった。ピッチをあげて続けると、呼吸が乱れて大きく開脚し、あーっと呻いて腰を浮かした。その瞬間を逃さず士郎は挿入して激しく押し上げた。耳元で悲鳴が聞こえたが、幾度も突いて放出し、空っぽになるまで重なった。

 薄紅色に頬を染めた舞美の乱れた髪をかきあげた士郎は、やっと本当に結ばれた幸せに浸った。舞美が愛おしくて頬をつまんだ。

「僕がわかるか、幸せになれたか? やっと僕だけの人になった、そうだろう」

 覗き込んだ眼に、舞美は恥ずかしそうに微笑んだ。



12章 episode 9 儚い愛


◆ 愛される日常が始まったかも知れない。


 士郎は眠ってしまった舞美のあらゆるパーツをケイタイで撮り、夜明け前の微睡に漂ったが、逃げる舞美を追いかける夢を見て、どこにも行くな! 絶叫した自分の声で起きてしまった。

 それでも目覚めない舞美を抱いて風呂へ運び、静かに湯船に浮かべて、絶対に離したくないと思って見つめた。


 眼を覚ました舞美は辺りを見まわして、不思議な顔をした。朝の光が眩い湯船の中でゆらゆら揺れるペニスを見て、

「士郎さんのをもっと見せてくれます?」

「はあ、これか?」

 舞美はマジマジと見て、触っていいですかと言ったときは掴んでいた。

「それ以上触ると制御不能になりそうだ、やめてくれ!」

 舞美はふふっと笑って、オモチャのように左右へ傾け、上下させ、眼を輝かせて遊んだ。

 これは人の顔のように、みんな違うことに気づいた。黒々とぬめった大輔、白くてボアーッとしたリュウ、裏側の筋の太さも位置も違う、初めて気づいた。


 俺の分身はバカ息子じゃないぞ、どうだ! 渾身の力を込めてビクーンとテンパったら、舞美は驚いて取り落とした。

「こら、イタズラするな、遊び過ぎだ。これは命を生み出す大事なところだ。怒らせるな!」

 クスッと笑った舞美を抱きかかえて部屋に戻り、

「君がイタズラしたから怒ってしまった、困った子だ」

 舞美の濡れた足の指を1本ずつ拭く士郎は幸せだった。何人もの女を抱いたが抱くだけで終わった。こんな気持にはならなかった。足の指さえ舐めたい、食べたい! 俺の気持ちをわかってくれ!


「僕を愛してくれるか?」

「はい、抱いてください、何もかも忘れて幸せになりたいです。心が折れたとき士郎さんを想います」

 士郎は言葉を返す時間さえ惜しんで攻撃を続けた。舞美が何か言ったが士郎には聞こえなかった。

 この子は母親の傷を引きずっている、人の愛を、人の心を信じられない、不幸な体験を忘れていない。士郎は眼を閉じた。

「僕の心は変わらない。食べてしまいたいくらい可愛い! 優しく愛してあげるよ。ほら、脚を開いて。絶対に痛い思いはさせない」

 言葉とは裏腹に全力で士郎は突き進んだ。「痛い!」と叫んだ舞美を無視して、ドクドクと放出して果てた。ウソつき! 舞美は士郎の頬を叩いた。

 初めて会った日を俺は忘れていない。調子に乗ってキスしようとしたら叩かれた。懐かしいなあ、あれから2年か……


 そのとき電話が鳴った。

「士郎、東京に戻ってくれ。先生が亡くなられた。今夜は仮通夜で明日が本通夜だが、準備があるから急いでくれ」

 二人だけの時間がもっと欲しかった士郎は、時間を惜しむように乱暴に舞美を組み敷き、無言で愛撫を続けて、大きく息を吐いて入り込んだ。舞美を覗き込んで激しく動きながら、舞美! 叫んで体を被せた。ごめん、君を愛し過ぎている。


 二人はすぐ東京へ向けて出発したが、右に海を臨んでずっと遠くまで続く1本道だ。眺めていた舞美は、

「少し休んでください。私が運転します。初心者マークありますか?」

 舞美はキラキラ輝く海原を横目に、気持良さそうにスピードを上げた。

「おい、飛ばし過ぎだ、スピード落とせ、取締りが多い道路だ、気をつけろ」

 士郎が言い終わらないうちに、パトカーのサイレンが追いかけて来た。

 ちえっ、この子はこれだからなあと士郎は舌打ちした。

 

「士郎さんはシートを倒して寝たふりしてください。迷惑かけたくありません」

 2名の警察官がパトカーから降りて、ナンタラカンタラと説教たれるうちに、

「あなたは選挙でバカ息子と言った人でしょ?」

「はい、そうです」

「助手席で寝ている方は泉谷士郎さんですか?」

「はい、政治家の山岸先生が突然お亡くなりになられたので、駆けつけるところです。急ぐものでついスピードを出しました。申し訳ありません。士郎先生は寝る時間もないほどお忙しくて、移動中しか睡眠時間を確保できません。それで免許取立ての私が運転しました。ごめんなさい」


 警察官は本署と何やら連絡を取っていたが、

「お急ぎでしょう、上の許可が下りましたから先導します。目的地はどこですか?」

「千代田区永田町の衆議院第二議員会館です」

 パトカーは赤色灯を灯しサイレンを鳴らして、舞美を先導した。舞美は2名の警察官の名前をしっかりメモった。


 驚くほど早く到着した二人を迎え、話を聞いた泉谷は腹を抱えて笑い出した。そしてすぐ静岡県警にお礼の電話を入れ、警察官の名前を伝えた。

「今日の舞美ちゃんにはさすがに驚いた。警察までファンにしたのか? 笑いが止まらん、痛快だ! ところで、士郎は何してたんだ?」

「僕は移動中しか寝る時間がないほど忙しいと、舞美が言ったものだから、タヌキ寝入りしているうちに本当に眠ってしまった」

 またもや大爆笑が広がった。

「情けないなあ。しっかりしろ! それじゃどこかに捨てられるぞ!」



12章 episode 10 大学院進学


◆ 愛されても不安は大きく膨らむ。


「おじさん、私、疲れたー! だってこんなに長い時間運転したことないし、すごいスピードだったんです。高速は120キロ、一般道でも70キロでした。でもね、すごく面白かったです。みーんなが退いてくれて、ひたすら走っていけるなんて、最高でした。あー、肩がゴリゴリで眠いです」

 山本が肩を揉んでやったら、舞美はとろんとして本当に眠りそうだった。

「士郎、早く支度しろ、出かけるぞ。舞美ちゃんは昼寝させて、山本が送っていけ、頼んだぞ」

 ソファに寝かされた舞美をチラッと見て、士郎は出かけて行った。


 少女の顔で眠っている舞美を山本は見つめていた。昨夜は二人っきりだった。そんなチャンスを逃すはずはない。多分、士郎さんは舞美ちゃんを抱いただろう。絶対にそうだ。だがこの子は何もなかったように眠っている。山本は酒井の言葉を思い出した。

「盆休みに士郎さんが来たとき、士郎さんは普通じゃなかったけど、藤井はシラーッとしていて、何を考えているのかと不思議でした。結婚を前提に交際したいと言い出そうとした士郎さんは、父親に拒絶されて散々でしたよ。応援する気はないけど気の毒でした。藤井は男の怖さと弱さを知らない子です」


 しばらくして、ぱっちり眼を見開いた舞美は、

「わあっ、山本さんだ! 山本さんがいると何だか安心します。もう大丈夫です。すみません、大学まで送ってくれますか」

「舞美ちゃん、ご飯は食べたか?」

「はぁ、食べてません。コーヒー飲んで飛び出したので」

 山本はマックのドライブスルーに車を入れた。大口開けてWバーガーをパクつく舞美を見て、士郎が戸惑うのがわかる気がした。

「舞美ちゃん、もし男から愛してるなんて言われたらどうなんだ?」

「うーん、そのときはそんな気になっても、1カ月経ったら、わかった、わかったになるかも知れません。いけませんよねえ、そんなのは」と、笑った。


 舞美の受講が終わるまで食堂で待つことにした。

「あらあ、山本さん、今日はおひとり? 何か作りましょうか?」

「どうぞお気遣いなく。舞美ちゃんを送って行くので待たせてください。士郎さんは来ますか?」

「何度か来たけど会えなかったり、舞美ちゃんは大勢の友だちと一緒にどこかへ行ってしまって、怒ってましたねえ。まあ、歳が違えば考えも違います。その辺りを士郎坊ちゃんはわかってないのでしょうね」

 なるほど、振られたことがない人だからなあ。士郎さんが悩んでいるのか、待てよ、悩んでいるのは舞美ちゃんだろう。士郎さんの気持ちはあの子には重すぎるかもしれないなあ……


 そのとき青木が「おばさん、何か食わしてくれ」と、立ち寄った。

「山本です。ご無沙汰しております」

「こちらこそ。湯河原では大変お世話になりました。山岸さんが亡くなられたので大変でしょう、今日は?」

「今日は舞美ちゃんを寮まで送って行くのが任務です」

 図書館の前を小石を蹴りながらうつむいて歩く女子がいたが、あれか? 確か、水色のコートだったか?


「山本さん、お待たせしました。何か食べます? あれっ、青木先生も」

 水色のコート姿の舞美が笑顔で入って来た。なぜこの子は強がるのだろうか、さっきは項垂れていたのに無理するな、そう思った。

「藤井くん、年末は田舎に帰るのか?」

「はい、父に大学院に進学することを言います。怒るだろうなあ、名古屋で教師になるものだと思ってましたから。そうだ、住むところを見つけなくては」

「寮を出るのか?」

「はい、4年契約なんです。あそこは安全だけど高いです。家来の親がアパートを持っていて、来ないかと誘ってくれました」


 送ってもらう車の中で、

「山本さんは人を愛したことがあります?」

「うん、あるよ。でも高校生だったからなあ。愛したと言えるかわからないが好きだった。東京の警察学校へ出発する前夜、初めて彼女を抱いた。毎日の訓練が地獄で手紙や電話が出来なかった。盆休みにやっと帰省したが彼女は嫁いでいた。目の前が真っ暗になって彼女を恨んだが、元々家同士の縁談があったそうだ。今はわかる、彼女は僕を好きだったんだと」

 舞美はふっと小さくため息をついて、

「ごめんなさい。山本さんの心を逆なでして、本当にごめんなさい。私、その方の気持がわかる気がします。そんな恋がしたいなあ」

 士郎の気持を思うと今度は山本がため息をついた。



12章 episode 10 寮を出る


◆ 士郎は部屋を提供して舞美を隠した。


「もうすぐ帰省するんだろう、その前に会えるか?」

「はい、喜んでくれますか? 大学院に進めます、ゼミの教授から内定をいただきました。まさか大学院に行けると思ってなかった父は、がっかりして怒ってます」

「すごいなあ、よく頑張った! お祝いしよう、デートしよう」

 この子は諦めずにまだ学ぼうとするのか。酒井のセリフじゃないが、そんなことより早く俺の嫁になれと言いたいが、言えなかった。院生か、最低あと2年は東京にいるということか、名古屋に消えられるよりはいいか……

 

 数日後、舞美は議員会館の事務所に士郎を訪ねた。

「士郎さん、元気がないようです。疲れてませんか?」

「そんなことない、舞美に会えなかったから気落ちしてただけだ。どうした? 何か話したいことがありそうだ。何だい? 何か欲しいのか? 何でも聞いてあげるよ、話してごらん」

「あの~ 年が明けたらアパートを探します」

「寮を出るのか?」

「はい、4年契約なんです。延長しようかと思ったけど高くて払えません。父は学費は振り込むが、半人前に自立して家賃ぐらい自分で工面しなさいと、ヘソを曲げてます。食堂のおばさんが2階を空けてくれると言ってくれました。家来の実家のアパートに空室があるそうですが、早く決めないと埋まってしまうらしいです」


「ふーん、そうか。提案がある。僕は議員宿舎に住んでいるが、調布に部屋がある、多摩川縁だ。議員になってからは空部屋だ。2DKで狭いがとりあえずそこに来ないか? この部屋のことは父しか知らない。気に入ったらそこに住むか? 今から行こう」

「でも家賃は?」

「そうだな、いくらにしようかな」

 士郎はニヤリと意地悪く笑い、舞美の眼を覗き込んで抱きしめた。

「これで払ってもらうか」

「はあ? あの~ 出世払いはダメですか?」

「それでもいいが出世できなかったらどうする? 簡単だ、僕と結婚すればいい。どうだ、いい話だろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなぁ」

「冗談だ。空き部屋だから自由に使っていいよ。これから見に行こう」

「本当ですか?」

「住むとしても、僕の部屋だと言わないほうがいい。大学から紹介されたと言いなさい、君のためだ、いいね」


 調布のマンションに着いた。

 うわっ、すごいホコリ! カビ臭ーい! 舞美は窓を開けてバタバタと掃除機をかけ、手当たり次第に洗濯機に放り込んで、窓もキッチンもトイレもバスルームもピカピカにした。マットや布団を干し、「ふーっ、年末の大掃除みたいです」と笑った。士郎はまったく手を貸さずに奮闘ぶりを眺めていた。


「ここの家賃はいくらですか? 教えてください。家庭教師のバイトして少しは払います。院生の相場は4万円だそうです」

「バイトに反対しないが、勉強が遅れないか? この部屋は分譲だ、家賃はない。気にするな。ここにおいで、少し冷たいが風が吹き込んでいい気持だ。ほら、顔が赤くなった。あっ、何か聴こえる? 舞美のあそこが泣いている」

 会うごとに抱くたびに、女になっていく舞美が愛おしかった。


「お疲れさん、シャワーしよう。頑張ったから洗ってあげるよ。もう怖くないだろう?」

「優しくしてくれますか? だったら怖くないです。士郎さんに抱かれると、波に漂ってるみたいにゆったりします。でもやっぱり不安です。愛されてもそれは今だけ、明日は消えているかも知れないと思うと……」

「泣くな! そんなことは絶対ないから泣くな」

 舞美の涙を拭った。この子は本気で男を愛する前に、男に狂った母親を見てしまった。不幸な体験だ。忘れようとしても追いかけて来るのか。僕を信じてくれ! 愛されても怯えている恋人をベッドに運んだ。


「僕の上に乗ってごらん。そして僕にキスしてくれ、僕がいつも君にするように。そうだ、あーあ、いい気持ちだ」

 舞美は士郎の首から胸、腹へと唇を移動し、優しく触りながら夢中でキスを続けた。士郎は目を閉じて時々ウッと呻いたが、舞美の手がペニスに触れたとき、慌ててコンドームを被せて、

「もうだめだ! 限界だ!」

 舞美を抱き上げて、天井を向いた分身に秘部をスポッと落とし込み、下から突き上げた。舞美は驚いて必死でしがみついた。侵入した士郎の分身はいつまでも脈打ち、時間が止まった。こんなバージョンもいいなあと、満ち足りた士郎は眼を閉じた。

「あー、こういうのは僕も初めてだ、幸せだ。舞美は幸せになれたか?」

「はい? 汗びっしょりです。Sexって大変なんですね」

「男は3階まで早足で駆け上がって行くのと同じ運動量らしい。しかし舞美は軽いなあ、僕のペニスだけで天井まで飛んで行きそうだった。さあ、今度は僕が上だ。たっぷり愛してあげるよ」


 士郎はピタッと秘部に吸いついて舌を這わせ、舞美の表情を盗み見ながらタッチするリズムを変えた。ハイテンポで攻めて、ほんの束の間だが舌先を休めると、えっ? 何かを探す顔をする。少しずつ舞美はわかったようだ。呼吸が荒くなり頬をほんのり染めた舞美は、ハァハァと喘いで秘部を大きく持ち上げた。士郎は、高く持ち上げられたターゲットを目指して一直線に突入し、暴れようとした矢先に締めつけられた。

「あー、ダメだ、許してくれ」


 叫ぶと同時に士郎は硬直から解放され、全身が浮遊する錯覚にとらわれた。こんな感覚は初めてだ、これは何だ? まるでトリップだ! 通常の射精の感覚ではない。それ以上だ! 不思議な感覚だった。

 舞美を初めて抱いてから半年が過ぎたが、ラブチャンスはたった4日だった。これでは俺の分身が怒り狂って雄叫びしても無理はない。

 舞美と出会う前は週に2回は分身は活躍したが、抱くまで2年間も待たされ、ずっと孤独だった。腕の中で丸まって甘えている舞美を見つめながら、このまま時間が止まればいいなあ、浮遊した感覚の終焉で士郎の視界は陽炎のように揺らいでいた。

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