最終章 菓子職人の帰還

■■■先生

■■■先生①

 目を覚ましたウサギさんは、今度は茫然自失といった様子で、頭を抱え込んでしまう。


 僕が「大丈夫ですか?」とウサギさんの前で何度も手を振ってみせて、ようやく目の焦点が合ってきた。


 意識がハッキリしてきたウサギさんは、ふり返ってウルフさんにお礼を言う。先ほど彼が後ろに倒れた時に、ウルフさんは頭を打たないように背中を支えてくれていたのだ。


 ウルフさんって、本当にヒーローみたい。


「本当に大丈夫ですか?」


 ウサギさんは、まだ動揺しているようだ。ショートケーキの材料に食物アレルギーがあったのだろうか。


「プリンは普通に食べられていたし、ウサギさん、小麦粉かイチゴにアレルギーあるのかも」


 ウサギさんは「えっ?」という顔をした。そして、「違う。違う」と首を横に振る。


「いや……ちょっと大変なことを思い出してしまって……取り乱してしまって、すまない」


 ウサギさんはまだ落ち着かない様子で、視線を左右にウロウロ動かしている。


「ウルフさん。ウサギさん体調悪そうだし、明日のお菓子パーティー延期できないかな?」


「そうだな。その方がいい。陛下には俺が言おう」


 僕が小声でウルフさんに耳打ちすると、ウルフさんはそう言って僕の部屋を出ていった。



「ウサギさん、本当にどうしたんですか?」


 改めて、ウサギさんに体調を確認する。ウサギさんは酷く言いづらそうだった。


「……アオイは……こちらに来た時の俺とのやりとりを覚えているか?」


 ん? ウサギさんが「俺」なんて珍しいな。口調も先ほどから少しくだけている。


「あの白い空間でのことですか? 覚えてると言っても、ウサギさんから一方的に意味深なことを言われただけで、結局よくわからなかったですよ」


 意味深なだけで、「役に立たなかったし」という失礼な言葉を言いそうになったが飲み込んだ。


「そうか。先ほどまで、その記憶を忘れていたんだが、ショートケーキのおかげで思い出した」


 ショートケーキで思い出すなんて、面白いなぁ。


「……信じられないかもしれないが、俺の……その……なんて言えばいいのか……」


 胸のあたりを、ウサギさんはしきりに擦っている。


「……前世だな……そう、前世は、前に召喚された菓子職人だ……」


 ウサギさんが言っていることがよくわからなくて、僕はポカンとしてしまった。



 それから、ウサギさんは、ここに至るまでの長いお話をしてくれたけど、驚愕の内容の連続で理解できない部分も多かった。特にネコさんがギャルじゃなかった時代がヤバイ。


「えっと、じゃあ、ウサギさんが『噂のヨージさん』だったんですね」


 理解できた部分を確認するように口に出してみたが、ウサギさんはまだ俯いていた。


「それなら、陛下に言いに行きましょうよ! きっと喜びますよ! 僕もすぐに帰れるかも!」


 元気づけるつもりで提案したが、ウサギさんはバッと顔をあげて首を横に振る。


「ダメだ! 今の俺は菓子職人じゃない! この小さい身体じゃ菓子も作ってやれないし。とにかく、彼女の求めてる宇佐木洋司じゃないんだ!」


 陛下、絶対そんなこと気にしないよ。間違いなくお菓子作れようが、作れまいが喜んでくれると思うけど。だって、お母さんの愛する少女漫画でも、韓国ドラマでもそうだし。


「……とにかく、君のスキルが早く解放されるように手伝うから、まだノルンにこのことを言うのは待ってくれ!」


 うーむ。五年も忘れていて、陛下に心配かけすぎちゃったから言い出しづらいのか。でもこういうのって早めに言った方がいいと思うんだけど。


 よくお父さんもお母さんに怒られるのが怖くて内緒にしていて、結局バレて、より一層怒られた上に、お小遣いまで減らされているし。


 でも、手伝ってくれるってことは、すなわち本物の菓子職人にお菓子作りを習えるってことですごいことだよね。普通なら料理教室に通わないと教われない技術が取得できるかも!


 僕は、そうポジティブに考えて、ウサギさんの提案をOKすることにした。


 Menuメニューさんに、ウサギさんに今の僕の状況を説明するために、素材スキルと調理製造スキル一覧を出してもらう。今日一日で、かなりのスキルを取得できたはずだ。


〔 現在、解放が確認できている素材スキルはこちらになります 〕


〔 素材スキル:『砂糖』『牛乳』『バター』『生クリーム』『卵』『小麦粉』『サラダ油』『ベーキングパウダー』『バニラビーンズ』『紅茶』『はちみつ』『メープルシロップ』『シナモン』『クロテッドクリーム』『全粒粉』『カカオ豆』 〕


 やはり何度見ても『カカオ豆』の精神ダメージが大きい。僕はため息をつく。


〔 アオイ、平気ですか? 〕


 Menuメニューさんにまで心配されている。ウサギさんっていう師匠もできたし、頑張らないと!


〔 続いて、調理製造スキルはこちらになります 〕


〔 調理製造スキル:『泡立て』『かくはん』『分離』『ミキサー』『遠心分離』『直火』『オーブン』『焙煎』『冷却』『凍結』『蒸す』『ボイル』『粉砕』『ろ過』 〕


 スキルチャートを見ながら、ウサギさんに説明していく。チョコレートについては、ようやく『カカオ豆』が解放された段階だと言ったら、さすがに驚いていた。


 カカオ豆からチョコレートができるまでの工程なんて、僕には見当もつかない。僕の説明を聞き終わったウサギさんは腕を組む。それから、思案するように、片足をパタパタさせると、おもむろに話し始めた。


「チョコレートは、カカオマスとココアバターに砂糖を加えて作るんだ。そこに粉乳を加えたら、ミルクチョコレートになる。だから、まずはカカオ豆からカカオマスとココアバターだな」


 すごい! ウサギ先生、めちゃくちゃ頼りになる!


 Menuメニューさんは、先生の説明を受けてカカオマスとココアバターの取得条件をアナウンスする。


〔 素材スキル『カカオマス』の情報を一部開示。『カカオマス』取得条件:素材スキル『■■■』及び調理製造スキル『■■■』の取得 〕


〔 素材スキル『ココアバター』の情報を開示。『ココアバター』取得条件:素材スキル『カカオマス』及び調理製造スキル『遠心分離』の取得 〕


〔 …… 〕


〔 『■■■』取得条件:素材スキル『カカオ豆』及び調理製造スキル『焙煎』『分離』の取得。現在、素材スキル『■■■』については作成可能のため、……これより作成します。素材スキル『カカオニブ』の取得に成功しました 〕


 ん? いつもと違う感じ。あ~、さてはさっき僕が「作れるようになった素材スキルあったら、僕に確認せずに作っちゃっていいよ」って言ったせいだな。


 Menuメニューさん、どんどん人間みたいになってきてて、カワイイ。


〔 恐縮です 〕


 僕は、フフッと笑いそうになるのを我慢して、ウサギ先生に報告を行う。


「いまMenuメニューさんとお話ししてたら、『カカオニブ』っていうのが新しく解放されました」


 ウサギ先生は、フムフムと頷く。


「カカオニブをすり潰し続けると、ペースト状になる。これが『カカオマス』だ。『粉砕』の上位スキルの『磨砕』が必要になると思う。なので、次は『磨砕』を解放しよう」


〔 素材スキル『カカオマス』の情報を全開示。『カカオマス』取得条件:素材スキル『カカオニブ』及び調理製造スキル『磨砕』の取得 〕


 すごいスピードで情報が開示されていく! 果てしなく感じていた道のりが嘘のようだ。


〔 調理製造スキル『磨砕』の情報を開示。『磨砕』取得条件:粉状になるまで、すり潰す 〕


「『磨砕』の取得条件は、何かを粉状になるまで、すり潰せばいいみたいです」


「カカオニブを粉状になるまですり潰すのはかなり大変だから……シナモンからシナモンパウダーを作ってみようか」


「はい! ウサギ先生!」


 僕が元気よく答えると、先生と呼ばれたウサギさんは少し恥ずかしそうに頭をかいてテレた。

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