4話 「あ、あの……お兄さん……」
「えへへ、どう? 私も最初は驚いたけど、実はこの家にはこんな場所があるのでしたー!」
「ほお、たまげたな……もしかして上よりも広いんじゃないか……?」
何てことのない雨が降りしきる日、ヤユがおもむろに案内してきたのがここである。
二階に上がる階段の後ろに、隠れるように地下への階段。
この古びた家には地下室があるらしかった。
そこを降りると、目の前に広がっていたのは――
「図書室、って私は呼んでるよ。でもまだ全部のうちのちょっとしか読めてないんだけどね……私あんまり文字、詳しくないからさ……」
沢山の本が積まれてある広々とした空間だった。
石畳に石の壁、それに沿うようにして隙間なく本棚が立ち並び、これまた本棚には隙間なくギッシリと多種多様な装飾、大きさをした本が詰め込まれている……
「お兄さん、文字って読める? いけるクチ?」
「割と読める方だ、これでも長い事旅をしてきたからな……」
ヤユが慎重に抜き取って、一冊の本を手渡してくる。
異様に古びて乾燥した本だ、印刷されて数百年は軽く経過していると見て間違いない。
保存状態がそれでも比較的いいのは、この光も風も一切差し込まない石の密閉空間だからこそ、だろうか……。
中を開くと、最初に一枚の挿絵――魔獣と魔物と人間らしき者たちが、車座に座って酒のようなものを飲み交わしている姿が描かれていた。
「わたし、その本が一番好きなんだ……文字は少ししか読めないけど、なんだか皆仲良くしてて、すっごく楽しそうだもん」
ヤユが笑った。
「これは……『英雄ユラバルデのぼうけん』という童話だな……。実在の人物、『ラログリッド・ユラバルデ』の少年時代の話をもとに作られた……」
「まじで読めるんだ――!」
俺の独り言のようなつぶやきに、目を輝かせてヤユが反応する。
「すごい、誰なのユラバルデって! 教えてよお兄さん、わたしず――っとこの本の内容が気になってて――」
「ユラバルデはかなり大昔の『呪言遣い』だな。たしか、人間以外……動物、植物、人語を喋れない魔獣とも当たり前のように会話が出来たと聞いたことがある」
「なにそれすごい!」
「この本は……そのユラバルデが少年のときに見聞きしたことを、親友の吟遊詩人が1つの物語に仕立て上げた……というものみたいだな」
ペラペラ、と適当に本をめくる。
内容は、幼きユラバルデが様々な人々、あるいは人以外の者たちと出会って、自身の苦境に塗れた人生について考え悩み、冒険をして――やがて、世界を救う決意をする、という英雄伝説の前日譚みたいなものだ。
「あ、あの……お兄さん……」
「ん? なんだ?」
「そ、その……もしよかったら……い、いや、もし嫌だったら別にいいんだけどさ……」
もじもじと尿意を我慢しているような様子のヤユが、上目遣いでこっちを見つめてくる。
「? なんだ……?」
「あ、あの……私に文字とか、その本の内容とか、もっと詳しく教えてくれない、かな? なーんて……い、いや、無理ならいいんだけど……え、えへへ……」
「…………」
目をそらしながら、ヤユは弱気そうに言う。
いつものあの元気な少女とは思えないほどの遠慮がちな様子。俺にはそれが、なにか得も言われぬ背景を持っているゆえの態度に思えた。
「いいぞ別に」
「ほ、ほんと……⁉ ほんとに!」
ヤユが目を見開いてシイタケのようにする。
別ににべもなく断る理由もない。
本当だ、と答えると、今度はウサギのように天高く飛び跳ねるヤユ。
「あ、ありがとうお兄さん! 私、ずっと読みたかった本がたくさん、たーくさんあるんだ! あるんだよね! 例えばこれー!」
「うおっ」
勢いよく俺の前に本が積まれる。
『レドワナ大祭滞在記』
『薬草学』
『リデック第五公国 セオンガナ英雄墓地百景』
『ウェオン王国偉人伝 蒼き雲海のボンボルト』
『大戦と魔女の記録。不遠の魔女、流暗の魔女、巨弄の魔女、辺幽の魔女について』
『ロージロージャーの足跡』
『クアントーラ湖 珍生物奇生物総覧』
「…………」
特にこれといった規則性がないラインナップ……いや、人物伝とか観光の本が気持ち多いか。というより、ヤユはなんでもかんでも全部読みたいだけのようだった。
「まあ、字は読めるに越したことはないしな。それにそんなに難しいものでもない。代わりに時々俺もここにある本を読んでもいいか?」
「うん、一緒によも――!」
笑えるくらい上機嫌になったヤユに、なんとなく俺はフッと息を漏らす。
この日はまずは簡単な文字をいくつか教えた。
ヤユはかなり物覚えがよく、一度教えた言葉はスラスラと暗唱できるくらいになっていた。
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