第10話 改めて、ようこそ!
片付けが終わり、改めて市民兵たちを集合させる。何十人もの人々が、デパートの一フロアにて、一堂に会する。その光景は、なかなか壮観である。
全員が集まったのを確認すると、八千代は前へ出た。
「それでは……よろしくお願いします」
そう言って、八千代は御辞儀をした。すると——これは樋里が予想していなかったことだが——群衆のほとんどが頭を下げた。もしかすると、既に自分よりも厚い信頼を寄せられているのではないか。樋里は、少しばかり危機感を覚えた。
頭を上げて、八千代は話を始める。
「まず、この基地に存在している物資の詳細について教えてください」
生活必需品等に関しては金森が、武器周りの政府支給品については押立と樋里が、それぞれ情報を教えた。
すると、八千代は驚いたような顔をして、
「少ない……どう考えても少なすぎますよ……! 政府が支給したんですよね……? まあ、民間人に扱えるようなのは確かにこのくらいではあるのでしょうけれど……それにしてもこれは、少ないにも程があるというものです」
と言った。予想外の答えだった。確かに、「東京国」側の軍と比べれば兵力は劣るだろうが、それが素人(なのかどうかは分からないが)目にも「圧倒的な不足」と映るのであれば、あの戦闘で惨敗を喫したのも、総体的に見れば無理もない、ということになるかもしれない。
「正直に申し上げて……政府が渡してきたのが『これ』ということは、皆さん——いえ、我々が『捨て駒』であると見られていることの証左と言ってもいいでしょう。自衛隊は、作戦に失敗して壊滅状態となったそうですが——そこから回復、というか、体勢を立て直すまで、ここで、最低限の物資で、なんとか出来るだけ長く持ちこたえてくれ、と言われているのではないかと思います」
どよめきが走る。当然だ。自分たちは吉祥寺を守るために全力で闘っていたのに、それを政府が軽んじていたとしたら——そう考えたら、なんとも言えない不安感に襲われるだろう。
そんな不穏な雰囲気を瞬時に察知して、八千代は補足する。
「あまり落ち込まないでください……打開策はきっとありますから! そのために……私がここにいるんですから!」
不安感からか非常に騒がしくしていた聴衆が静まり、八千代の方を向いた・
「なので……しばらく考えさせてください……」
八千代の方も、あれだけのことを豪語したにも拘らず、有効なアイデアを生み出すことができないのではないかと不安なのだろうか、またも足が小刻みに震えている。無理もない。彼女にとってこれは、一世一代の大勝負に近しいことなのかもしれないからだ。出来なければ、ここを追い出される——仮にそういう流れになったとしても、なんとかしてそうはさせないつもりではあるが——くらいの気持ちでやっているのだろう。
八千代は、一旦こちらの方に戻ってきて、その場に座った。長沼が「ホント無理しなくていいからね~」と言ったので、樋里も便乗して「そうそう、何も急ぐ必要があるわけじゃないから……」と声をかけた。「ありがとうございます……」と小声で言ったのち、八千代は床の方を見て思考を始めた。集中するためだろうか。実際、皆が八千代の方を見ていたから、下を向いていなかったらその視線が気になって仕方がなかっただろう。
五分ほど経っただろうか。八千代が再び立ち上がった。そして、前へ歩いて行き、皆の方を向いて、言った。
「なんとなくですが……どうすればいいか、分かってきました」
「——ご説明します」
そして、八千代は戦術に関する説明を始めた。
「まず、この圧倒的な物資の少なさを鑑みれば、持久戦に持ち込まれた際に勝ち目がないのは火を見るよりも明らかです。ですから、攻勢を仕掛けるにしても、防衛を行うにしても、『短期決戦』が最も重要です。そのためには何が必要かと言いますと——」
全員が、のめり込むようにして彼女の話を聞いていた。長々と、十数分ほど語り続け、
「——といった風に動いていくのが得策なのではないか、ということです。以上です。ありがとうございました……!」
と彼女が話を終えた瞬間、どっと拍手が沸き起こった。樋里も拍手をした。八千代の方を見やると、彼女は——息切れしていた。しかし同時に、彼女の顔は達成感に満ち溢れてもいた。
そう、彼女は賭けに成功したのだ。いや、彼女が皆に受け入れられるのは必然のことであったやもしれぬが、とにかく、勝負に勝ったのだ。最大限の賛辞を込めて、樋里は拍手の音を強めた。
樋里は、全員に聞こえるくらい大きな声で、箱根崎に声をかけた。
「箱根崎さん。いかがでしょう……?」
箱根崎は、例によって、恐る恐る立ち上がって、口を開いた。
「僕に訊くまでもないとは思いますが……本当にすごいと思いました。もちろん、もうスパイだなんて疑っているわけではありません……。その節は、本当に申し訳ございませんでした……。前言を撤回させて頂こうと思います。むしろ……これだけの洞察力と並外れた頭脳を持っている方を引き入れないわけにはいかないとさえ思っています。今だけとは言わず、ぜひ吉祥寺前線基地に新たなメンバーとして加わって頂きたい」
驚きの発言だ。八千代の圧倒的な人心掌握術は、あのいかにも偏屈そうな男・箱根崎をして、「加わって欲しい」と言わしめたのだ。
「皆さんも……そして金森さんも……そういうことで構いませんか……?」
聴衆からは、「もちろん」という趣旨の言葉が次々と飛び交う。金森も、
「もちろん——と言いますか、私はもともと賛成しておりましたが……」
と言った。
八千代は大いに喜んだ様子で、満面の笑みを浮かべた。改めて皆の方を向きなおして、頭を下げた。
「ありがとうございます……! どうか……よろしくお願いします!」
箱根崎は、今すぐにでも座りたそうにして、こう言う。
「では、そういうことで……よろしくお願いします、本当にすみませんでした……」
言い終わると、本当に一瞬で座ってしまった。大人数の前で話をするのがかなり苦手なんだろう。気持ちは分かる。なんだか、申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
すると、金森が立ち上がった。
「それでは、改めて、八千代さんを吉祥寺前線基地にて受け入れるということで——歓迎の言葉を送りましょう。皆さんも、ぜひ」
兵士たちは、大きく息を吸って、声を合わせて、一斉に言った。
「改めて、ようこそ! 吉祥寺前線基地へ!」
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