第四話 探偵とシンデレラ、王子さまと犯人

六月十七日火曜日③

 校門を出てすこししたところで、セーラー服の白が見えた。

 無個性な住宅街の真ん中を走る車道の脇。空地の前に自転車をとめ、俯くように手もとを見つめている。ヘルメットの下の短い髪と細い首。黒いスカートの裾は校則で決められた膝下の位置で、運動靴からは短い柄物の靴下が覗いている。

 いいようのない既視感を覚える。帰る方向が同じだから、この三か月で何度も見かけた背中だ。話しかけたことはないけれど。

 通りすぎたところで、自転車をとめる。

 意を決したような、しかし反射的なような、中途半端な気持ちでふり返る。

 予想どおり嘉勢だった。

 ぼくには気づかず、手に握ったスマートフォンに視線を落としたままだ。集中してなにか読んでいるのか、単に呆けているのか、表情はまったくない。

 先週の木曜日、嘉勢の家の前でのことを思い出す。

 見たことのない、うつろな表情の嘉勢。

 あれは紙切れを発見したときだったっけ。

「嘉勢」

「は。え」

 勢いよく顔をあげる嘉勢。きょとんとした邪気のない目と視線があう。

「太一くん。なんで」

「いま通りかかったとこ。どうしたの」

「や。大丈夫。ちょっとね」

 嘉勢は甲高い声でいいながら、自転車かごの中のスクールバックにスマホを放り込む。教科書に当たったのか、硬い音がした。

「太一くんは、いま帰り?」

「そうだけど。なにかあったの」

「いや、べつに」

 答えを探すように嘉勢は目をそらす。

 心なしか目元が赤い。

 なんでなんだろう、と思う。嘉勢にではなく、この場にいあわせてしまったぼくの運に対して疑問を抱いてしまう。自分はこんな役割じゃないだろうに。

 こういうのは、ぼくじゃなくて上野の領分だ。

 でもこうなっているのは、上野のせいなのだろうけれど。

 蝉の声がする。白けたような、どこか滑稽味のある沈黙がつづく。いたたまれない。いますぐにでも、それじゃあ、と挨拶して自転車をこぎ出したい。

「ほんとに大丈夫?」

 かすれたような声で、ぼくはようやく訊いた。

「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」

「なにかいわれたりとか」

「してないよ」

「もうすこし休んでもよかったんじゃないの」

「そういうわけにはいかないよ」

「でも」

「太一くんなら、休む?」

「いや」

 かみあわないやりとりを切断するように、嘉勢は目を細めて微笑む。

「いままでどおりにしようよ」

 顔が赤くなるのがわかる。耳が熱い。汗がにじむ。

 自分ではできもしないことを、口から出まかせで勧めてしまった。ぼくなら休まないだろう。休んでなにかいわれるのが怖い。それは嘉勢も同じだろう。

 ぼくが口ごもっているのをよそに、嘉勢は自転車にまたがる。

 このまま嘉勢は去ってしまうだろう。しばらくここにいよう。汗がひくまで、自らの軽率を恥じていよう。

 けれど、嘉勢はペダルに足をかけたままだった。

「帰ろっか」

 軽い口調でそういう。

「あ、うん」

 ほとんど反射的に、自転車にとび乗った。

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