第34話 自分にできること

 太陽がかあっと照りつける。

 壺や水桶を頭に乗せたり肩にかけたりして、エヴァとロロ、ノア、女や子どもたちは水を運ぶ。

 みんなヘロヘロだ。

 鉱山の前を通ると、鎖をつけられた男たちが働いている。少年もだ。じろじろ見られた。

 

「あんな子どもたちに、こんなに、あんなに、重労働させて」

 

 するとその山の小穴から子どもが現れ、トコトコとエヴァのほうに寄ってくる。皮膚が焼けただれた子、トロモ。

 

「トロモ……」

 

 ロロや子どもたちは彼を不気味がり、避けようとする。

 トロモはエヴァの足元で、すそを引っ張った。まぶたのない、すんだむきだしの目でエヴァを見上げ、キーキーと甲高い声でなにかを訴えてくる。

 ノアやロロは困惑した。

 

「ナニ?」


 エヴァにも正直、トロモの言葉はわからない。けれども辛抱強く耳を傾けた。

 身振り手振りとキーキー声で、なんとなく察した。

 

「……持ってくれるの?」


 頭の壺をおろす。トロモに渡したら、キーキーとうなずかれた。

 

「ありがとう。やさしい子ね。でもわたしよりほかの子のを持ってあげて」

 

 エヴァは子どもたちが持っている小さな壺を、自分の壺の代わりにトロモに渡した。

 トロモはしぶしぶといった様子で壺を持つ。

 ノアが関心した。

 

「すごい。よくわかったな」

「なんとなく。ファイアなら言いそうだなって」

「? だれのことだ?」

「ふふふ」


 ファイアとは、前世のテレビに出てきたキャラだ。子どもの怪人で、顔の皮膚が焼け爛れている。

 彼女が話しかけていた。

 

「わたしキュアライダー。あなたはファイアというのね。お父さんとお母さんは?」

「オレのことを捨てた。オレは化け物だから」

 

 初登場回でファイアはそんなことを言い、しゅんとしていた。

 そのとき、彼女はしゃがんで彼と目線を合わせ、彼の頭をなでた。

 

「じゃあわたし、ファイアのお友だちになってあげる」

 

 ファイアは顔をあげた。

 それ以来、彼は彼女になつき、いつもくっつくようになった。

 彼女に大変なことがあれば、いつも助けようとしていた。

 そういえば、彼女とファイアが出会ったのは、宝石がよく採れる火山地帯だったっけ。

 

「……ん?」

「どうした?」

「……ううん。なんでもないわ」

 

 あごに手をあて考える。

 

(ちょっと待って。この世界、キュアライダーの世界と似てない……?)

 

 ドォンと鈍い音した。同時に、鐘を叩く音が響く。

 

「まただ」

 


 

 近くにあった半透明の板を通り、どこかの洞穴に逃げこんだ。トロモは怯えたようにエヴァにしがみついた。

 熱気を帯びた穴ぐらには、すでに女や子どもたちが身を寄せ合い、息をひそめている。


「ケン。ケン……」

 

 女たちは手を合わせ、ブツブツとつぶやき祈った。

 ノアはロロにたずねる。

 

「なあ、ケンとはなんなんだい?」

 ロロは、「女爆弾ニスル神。ウィル」


 エヴァはトロモをあやしながら、耳を傾けた。

 

(やっぱりウィルなんだ)

「ケン、爆発殺ス。悪イ男ヲ。金独リ占メ男。女売ル男。土地持チ男」

(ケンは悪い男を爆発で殺す……)

「だからといって人を殺すのは」

「女ケン好キ。女ケン協力スル。魂モ救スッテクレル」

(そういえば『女は死後救われない』みたいな宗教があるんだっけ)

「キット救ッテクレタ。ララ姉サンモ」

「ララ? ああ。隣の村にお嫁に行ったきみのお姉さんか。ララさんもそんなふうに思ってた?」

 

 ロロの目が暗くなる。

 

「姉サン、モウイナイ……」

「あ、ごめんよ」

(まさか……)

 

 想像する。ロロとそっくりな少女ララ。嫁ぎ先でひどい目にあわされ、絶望し、ケンに身を捧げたのでは?

 

(だとしたら、なんてむごい)

 

 ロロは周囲の壁の穴を指差した。

 

「男知ラナイ、迷路ノナカ。ケン隠レテル、迷路ニ。ケン会エル、女ダケ」

(男たちは迷路の中をよく知らない。ケンは迷路に隠れてる。迷路に詳しい女はケンに会える、と)

「ダカラ帰ラナイ。迷路進ム女ハ」

 

 胸が痛んだ。

 

(そんなものにすがって)


 ノアもつらそうな顔をしている。

 ひどい世界だ。無情で乱暴な、悲しい世界だ。

 

(こんな世界でわたしのできること。……なにもないわ)

 

 ロロは目に涙をにじませている。

 

「行キタカッタ、オシラ。姉サント。エヴァノ国」

「ロロ……」

「商売スルノ、二人デ。オシラ語覚エテ。ソレナラ生キテイケタ。二人デ」

 

 『オシラ語』と聞いて、思い至った。

 

(……待って。ひとつ、ひとつだけない? わたしのできること)

 

 エヴァはオシラ語で、ゆっくり唱え始めた。

 

「『昔々、大きな土地に小さな国がいくつもありました。それぞれの国には、さまざまな種族が住んでいました』」

 

 ロロもノアも女や子どもたちも、不思議そうにエヴァを見た。

 エヴァはロロたちに告げる。

 

「わたしのあとに続いて。オシラ語の昔話よ。お話で言葉を覚えるの。お話なら頭に入ってきやすいでしょ」

「?」

「わたしがオシラ語を教えてあげる。オシラで商売ができるようになるくらい」

 

 ロロの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「『昔々、大キナ土地ニ小サナ国アタ』」

 

 言って、女や子どもたちに、地域の言葉でなにか伝えた。

 彼女たちは顔を見合わせ、戸惑ったような表情を浮かべる。それでも、何人かはロロの真似をした。

 

「『昔々、大キナ土地ニ小サナ国アタ』」

「そうそうその調子。そうだ。ついでにカノ語も覚えましょ」

 

 エヴァはゆっくりカノ語で話す。

 

「『昔々、大きな土地に小さな国たくさん。それぞれの国に、さまざまな種族』……」


 正直、エヴァのカノ語は完璧じゃない。しかし、間違いを恐れずに話そう、使おうとして何度も続けていれば、そのうち上達してくるはずだ。

 トロモもエヴァにしがみつきながら、キーキー声で真似する。

 ノアはほほえみながら訊く。

 

「どういうつもりだい?」

「ロロたちに少しでも知識と希望をあげたいの。それならわたしにもできるから」

 

 エヴァはお話を唱え続ける。

 みんなで、エヴァの作った昔話を唱えた。



 ノアは昔話を唱える女や子どもたちの表情を観察した。

 ただ息をひそめて隠れ潜んでいるときよりも、いきいきしている。

 中心で昔話を続けるエヴァを、目を細めてながめた。

 

(きみには光の力があるようだ)

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