第25話 髪のはなし

「……次は、髪の色」

 再びヘアスタイルのパネルに手を伸ばす。

 そこには、ペイントソフトやフォトレタッチソフトにあるようなカラーパネルがあった。

 赤青緑の、光の三原色のスライダーと、円形のカラーサークルがあり、カズハはサークルの方で遊び始めた。


 指を動かすと、それに応じてアバターの髪色も目まぐるしく変わる。


「待て。目がチカチカする」

 アニメとかで以前あった、下手するとめまいとか起こすやつだこれ。


「……んー、じゃあこれなんてどうかな? アニメでよく見るやつ」

 そういうカズハの髪は、ショッキングピンクというのだろうか。濃い桃色に変化した。

「アニメとゲームでしか見ないやつ!」

 なんだろう、この違和感。


「前から思ってたけど、ピンク髪ってなんなんだよ。メラニンのかわりにアントシアニンでも配合されてるの?」

「……人の頭をブルーベリーシェイクみたいに……」

「確かにブルーベリーが一番有名だけど、アントシアニン自体何種もあって、一緒に含まれる金属とかでも色が変わる。アジサイの花の色が変わるのもアントシアニンのせいだし、サクラの花の色もアントシアニンだな」

「……じゃあ、桜の花を食べれば、目がよくなる?」

「ブルーベリーシェイク飲めばいいんじゃないかな」

「……もしくはピンク髪の人の髪の毛を……」

「さすがにそれは猟奇的すぎるだろ」

「……まあアニメの髪色って、キャラクターを識別するためのものだから」

 キャラクターの識別とか言うなら、やっぱりこの人は普段通りの黒髪がいいんじゃないかな。


「……でもさあ、色って一千万色以上あるっていうけど、そんなにあるもんなの?」

「いやそこに答えあるだろ」

 俺はさっきからカズハがいじっているカラーパレットを指さす。


「赤が0から255までの256段階。緑と青も同じだ」

「……あ」

「256×256×256は?」

「……16,777,216」

 俺がさらっと聞いたケタ数の多い掛け算を、あっさりとカズハは即答する。


「その違いを俺たちが認識できるかはまた別の問題だが」

「……日替わりでも45965年近くかかる」

「前から思ってたんだが、暗算能力高いな」

「……えっ安産能力?」

「なんでやねん」

「……ゲン、たまにツッコミが雑」

「カズハのボケが雑だからだよ」

「……えー。何か厳しくない? やっぱり元関西人だから?」

「確かにそれもあるが。いや髪型の話に戻そう。カズハの髪なんだから、色も形もカズハが好きなものにすればいいんじゃないか」

「……前からモヒカンとか、アフロとか、興味があった」

「いや待て。さすがにそれはおかしいだろ」

「……じゃあ、どんな髪型がいい?」

「だから女子の髪型なんて知らないって」

「……わたしもよく知らない」

「ええ……? キャラメイクの時に見たけど、髪型サンプルみたいなのがあったはず」

「……ある」

 カズハは短く答えると、新たなウインドウを開いて髪型を変える。


「……ロング」

「……………………」

「……三つ編み」

「……………………」

「……ポニーテール」

「……………………」

「……ツインテール…………という、怪獣がいる」

「いや怪獣かよ!?」

「……やっと反応してくれた」

「……ごめん。髪型というより、女子のほめ方を知らない」

 昔はほめたところで、罵詈雑言しか返ってこない地獄みたいな世界だったんだ。


「……わたしもほめられ方知らない」

「地獄の上塗り」


 正直に言うならば、どれも全部似合ってると言えないこともないだけど、そこからどれがいいと聞かれても全部いいとしか言いようがない。


 この人が現実世界でおしゃれに目覚めたら、変な虫が大量にたかりそうだな。しかし、変な虫第1号にそれを止める資格はないだろう。


 それでも、あえて選ぶならば。


「やっぱり見慣れた髪型のほうがいいかな」

「……ん」

 目を細めてうなずくカズハ。

 現実世界じゃあ目隠れで表情がよくわからないからな。目は見えているほうがいいかも。

 しかし、人と話す時は目を見るという話があるから、逆にやりにくくなるという説もある。


 それはそれとして、何か今の展開、カズハに誘導された気がするのは気のせいだろうか。


「髪色も現実世界と同じ黒で、前髪だけ少し短めにして、目が見えるように」

 それは、ゲーム内で初めて会った時の髪型。


「……ん。じゃあ、私は、これで。ゲンも、いつも通りでいいよね」

 俺もゲーム開始時に自分をスキャンして、そのまま変更していない。

「そうだな。俺もおしゃれな髪型とか知らん」

 女子の髪型はわからんといったが、よく考えたら男子の髪型も知らなんだ。


「……あ、待って、やっぱりいくつか試してみない?」

「ええっ!?」

「……ほら、理容室アプリ開いて……」

「い、いや、あのな」

「……長髪…………う~ん」

「こうゆうのはイケメンに限るもんだろ」

「……モヒカン……ぶふっ」

「いきなりネタに走るな!」

「……ソフトモヒカンとかなら……」

「カズハも男子の髪型とか知らないだろ」

 女子じぶんの髪型すらできてないんだから。


 まあでも、ひとつだけ、わかったことがある。

 人は、楽しい時に笑うんだ。


 昔見た、あんな嘲笑みたいなのとは違う。


 人の髪を散々いじった後で、カズハはぽつりとつぶやく。

「……やっぱり、いつもの髪型が一番好きかな」 

 またそんな不用意な発言を……。

 あれ、いわゆる『散髪屋』に適当に任せているだけなんだが。


 というわけで、結局俺も現実世界と同じ髪型で落ち着いた。


 髪型だけ見ると、カズハがほんのちょっとだけおしゃれ(?)して、いつもの高校の部活からふたりでゲーム内に入り込んだ感じ。だが、その方が落ち着く気もする。


 まあ、これでいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る