第26話 はじめての装備
「さて、じゃあ今日は拠点に戻って本格的に作業するか」
「……ちょっと待って。初心者の服じゃ心もとないから、私のお古、あげる」
心配そうな声でそう言うと、カズハは鉄製のフルプレートアーマーを自分のガイドフォンから引っ張り出した。
しかし、その体型はどう見ても女性用。身長も、たぶんカズハに合わせたものなのだろう。俺より10センチと少し低い。
「いや待てそれはまずいだろ」
「……大丈夫」
俺はこの前死にかけたし、心配してくれているのは理解できるけどさぁ。同い年の異性のお古って……。
「こういう鎧って普通オーダーメイドするもんじゃないの?」
「……問題ない」
「いや説明しろ!」
「……例えば、男勇者のパーティーが新しい鎧を手に入れたとする」
「ああ、うん」
現実でも、時々変な脱線するからなあ、この人。たまにそれが脱線じゃなくてとんでもなく強引なショートカットだったりするから大変なんだ。
「……それを勇者が装備して、それまで勇者が
「待て」
いや言いたいことは理解した。理解したけど。
「それ昔のゲームの話じゃないか」
「……今のゲームも同じ」
「いや、体格違うし。それに、画面上のキャラにデータだけ移すのと、VRで自分が着るのとは全然違うだろ」
「……別に匂いは付かないし、戦っても汚れることはないから大丈夫だよ。敵の攻撃で傷付くことはあるけど」
「何か論点ずれてない?」
「……あと、プレイヤーの性別と体格によって、装備も変形する」
いやまずそれを先に言え。
「つまり、女性用を俺が装備したら、男性用になると?」
「……うん。これもテストプレイの一部だから」
テストプレイとか言われると、さすがに断りづらい。
「わ、わかった。ちょっとだけだぞ」
何がちょっとなのか自分でもよくわからん言い訳をしつつ、カズハから
鎧は手に持っていたので、初心者の服が入れ替わりに手の中に出現する。
右手:[竹槍]
左手:装備なし
頭:[鉄の
腕:[鉄の小手]
胴:[鉄の鎧]
腰:[鉄の
足:[鉄の
鎧が上下に分かれているのは、ゲームではよくあることか。
槍が異質なのもとりあえず置いておくとして。
「……じゃあ、こっちも」
カズハに感想を聞こうとしたが、彼女はそれより先に俺が持っている初心者の服に触れる。直後、カズハが装備中の軽装の金属鎧と入れ替わった。
「匂いなし。チェック終了、でいいよね」
えーと、いや、ほんとにそれでいいかと聞かれると……。
「ん……まあ、いいんじゃないか」
「……ゲンがそう言う言い方をするのは、何かある時」
「うぅ……」
バレている。部活でも話をすることは少ないが、全く交流がなかったわけでもないから。
「……ちゃんと言って。ゲームの運営に差し支えると困るから」
業界人の顔で、カズハが問い掛ける。
「いやこれ、下手に言うとセクハラって言われかねないから」
「……別にゲンにちょっとくらい変なことされても、セクハラとか思わない、よ」
真面目な顔でそんなことを言い返される。
変なことって何だよ。ちょっとぐらいってどれくらいだよ。
いや別に、セクハラをするつもりはないが。
「……あ、対照実験」
うわ、気付かれた。
要するに、カズハの着ていた服を俺が着て、それで何の匂いもしなかったからといって、ゲーム上で匂い移りが再現されていないとは言えない。
なぜなら、現実世界の彼女が無臭の可能性があるからだ。
だから、本物に匂いがあってもゲーム内でそれが再現されないことを確認するには、現実世界で彼女の服の匂いを嗅ぐ必要がある。
できるかそんなもん。
「確かにあのゲームギアで体格とか筋力とかスキャンされるけどさあ、体臭まで取得して再現できるものなのか? というよりその必要ある?」
「……その辺は専門外だからよく知らない」
「二人で服交換してお互い匂いを感じなかったから、大丈夫じゃないか? 二人揃って無臭というのも考えづらい」
「……それは、科学を信じるものの言葉じゃない」
なんかまじめなこと言っているけど、たぶん本音は下心……。
「そりゃそのとおりだけど。去年みたいに俺が倒れるかもしれんぞ」
「……うう」
何やら不満そうに、カズハは小さくうめき声を上げた。
「そろそろ出発か。拠点をちゃんと整備したい」
そう言い歩き始めたが、足元の石につまづいてバランスを崩した。
「大丈夫?」
装備をもとの軽装鎧に戻したカズハが駆け寄ってくる。
「あたりまえだけど、フルプレートアーマーなんてつけるの初めてだからな。周りがよく見えん。まあ、すぐ慣れるだろう」
「……貸して」
いきなりカズハが手を伸ばし、俺の装備していた鉄の兜を取り上げる。
「え……ちょっ!?」
同じパーティーとはいえ、他人の装備ってそう簡単に
カズハは俺に背を向けると、地面にしゃがみ込み、どこからか取り出した金槌で兜をガンガンと叩き始める。
「ちょっと待って。鍛冶かなんかのスキル持ってる?」
「……これは鉄工、かな」
「いや、かなってそんな」
「……待って、もう少し……ん、出来た」
およそ1分ほどで、「それ」は完成したらしい。
差し出されたのは、フルフェイスヘルメット型だった兜とは似ても似つかぬ、曲線を描いた一枚板。いつの間にか、頭に固定するためのベルトも取り付けられている。
そして俺はしぶしぶ、[鉄の兜]から改造された[鉄の面]を受け取って装備した。
面と言っても顔はほぼ丸見えで、額と耳、頬が隠れる程度。頭頂から後頭部もまったく保護されていない。その代わり、視界の悪さだけは大幅に改善されてはいるが。
「……ん、こっちがいい」
そんな無防備になった俺の顔をじっと見つめ、カズハは大きくうなずく。
「いや、防御力だいぶ下がったんだが」
「……大丈夫。わたしがカバーする」
「カズハだって1レベルからやり直しになったじゃないか。それに俺だって守られてばかりってわけにも……」
「……大丈夫。わたしのレベルが下がったから、出てくるモンスターのレベルも下がってる」
なんかまた論点ズレてる気もするが、小型モンスター相手ならなんとかなるか。
そう考え、俺はカズハと並んで竹林を後にするのだった。
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