ラピス教会①
中に入って案内された場所は、礼拝堂のようなところだった。まぁいくつも椅子があって座り放題、それに金髪騎士の様子からしてもしかしたらここで傷の手当てを受けたこともあったのかもしれない。
「こちらをどうぞ」
「どーも」
俺たちを中に招き入れた男がブランケットを手渡してきた。隣に降ろしたアミィが船を漕いで今にも寝そうだったのを見かねたんだろう。ここでぶっきらぼうに跳ね除けたとしても意味がないため素直に受け取り、俺に寄りかかって寝ようとしているアミィの肩にかけてやる。
「こんにちはウィルさん。今日も遠征で立ち寄られたのですか?」
「やぁ、ティエラ。遠征じゃなくて、少し事情があってね……」
パタパタと奥の方から走ってきた女に金髪騎士が気さくに返している。ちらりとこっちに視線を向けてきたため、手をヒラヒラと振り返した。そんな俺の反応を受け金髪騎士が女に向かって何やら小言で話し、奥へと消えていく。
「つかれた……」
「眠ってろ。何かあったら起こす」
「うん……」
言うが早いか隣からスースーと寝息が聞こえてきた。流石は子ども。
俺はというと取りあえず金髪騎士が戻ってこない限り今後の計画を立てようがない。腕を組み、眠ることはしなかったが身体を休ませることを優先した。
教会ということもあって喧騒なんてものはほとんどない。ここにいる人間たちは静かに移動し話をする時もでかい声を出すことはなかった。ふと視線を上げてみれば、ステンドグラスで彩られている誰もが知っている女神の姿。
流石は教会、と思ったが今となっては教会に人間以外にこの女神を信仰している人間はどれほど残っていることやら。
「すみませんお待たせしました」
そんなに長い時間じゃなかったが、そう言って金髪騎士と奥へ消えていった女は再び俺たちの前に現れた。
「事情は聞きました。神父様にも伺ってみたところ、ここで休んでいていいとのことです」
「盗人と人間兵器って?」
「それは……僕がわかっている範囲で伝えた。流石にそこの事情を説明していないとこの教会に迷惑がかかってしまう」
「初めまして。わたしはティエラ・フェリシタルって言います。あなたのお名前を聞いてもいいかな?」
「……アミィ」
「可愛いお名前だね、アミィちゃん」
ティエラという女はアミィと視線を合わせるように屈むとそう自己紹介を済ませた。恐らくこの教会にもこのくらいの子どもがよく来たりするんだろう。
「……僕はウィル・ペネトレイトだ。そういえば君の名前を聞いていなかった」
「ここまで一緒に来たのに聞いていなかったんですか? ウィルさん」
「そんな時間がなくて……」
「……カイムだ」
そもそもまさか追いかけてきていた金髪騎士がここまで一緒に来るなんざ、最初そんなこと思いもしなかったから名前すら名乗っていなかった。ただここまで来てしまえば、しかも向こうが名乗ってきたのだからこっちも言わざるを得ないかと小さく息を吐き出しつつ自分の名を口にする。
「ところで、いい加減こうなった経緯を説明してくれないか? まさか本当に盗んできたのか?」
「カイムはアミィのことたすけてくれたんだよ!」
「そうなの? アミィちゃん」
「うん!」
さっきまで寝ていたとは思えないほどの元気のよさだ。とはいえ流石に説明するべきかとアミィに視線を向ける。そもそも俺だって落ちてきた子どもが『人間兵器』だなんて思いもしなかった。
「たまたま船でスピリアル島の近くを飛んでいたんだよ」
「アミィ、がんばってにげようとしたの!」
「……待て――船で、飛んでいた? 君はもしかして空賊か?」
「まぁ、そうだな」
「わたし空賊の方、初めて見ました」
「くうぞくって?」
「盗賊が空を飛んでいることだ」
「人聞きの悪い説明の仕方すんなよ。空賊って言ってもうちは義賊だ」
「僕からしたらどちらも変わらないけどね」
「あぁ?」
「あ、あの、話の続きをしてもらっても、いいですか?」
やっぱりお固い職業のヤツは腹立つなと思いつつ、仲裁が入ってしまったため渋々経緯の続くを話す。とはいえそこまで複雑なものじゃない。
スピリアル島を飛んでいたら塔から子どもが落ちてきた。空賊の仲間と別れて単体でその子どもを助けに行った。取りあえず安全な場所に保護してもらおうと港を目指していたら、子どもを探していた騎士からその子どもが『人間兵器』だということを知り、追いかけられるようなことになってしまったと恨み節を聞かせながら口にする。
「本当に知らなかったのか……」
「知っていたらわざわざ面倒事に首を突っ込むようなマネするかよ」
「でも知ってからもアミィちゃんと助けてくれたんですね」
「そうだよ! カイムやさしい!」
「違ぇっつーの」
抱きついてくるアミィを軽くデコピンしてやれば、痛がるフリをしながらもどこか嬉しそうだ。
「ところで、どこに向かう予定だったんですか?」
「リヴィエール大陸のミストラル国に向かう予定だった」
「なるほど、あそこは義賊を支援している国だからな……『人間兵器』を使おうとする発想はまずなさそうだ」
「ところがバプティスタ国の騎士に邪魔された」
「うっ……」
「それでしたら今度はウィンドシア大陸の港からぐるっと回ってリヴィエール大陸に向かうことになる、ということでしょうか?」
「そうなるな」
「やぁやぁ、話は聞かせてもらったよ」
四人で話し込んでいると突如聞こえてきた声に、その場にいた人間の視線が一斉にそっちへ向かう。さっき二人が消えていった扉とはまた別の扉から黒い服に相反して目立つ金髪男がゆっくりとこっちに歩いてきている。
「こんな可愛らしいお嬢ちゃんを追いかけるなんて酷いねぇ。怖かっただろう? よしよし可哀想に」
「ぇ……」
近付いてきたかと思えばアミィの前に膝をついて、そんなことを口にしながら頭を撫でていた。ところがめずらしくアミィが引いている。無意識にか俺のほうにしがみついて逃げの体勢を取っている。
「なんだ? このロリコン野郎」
「あ、あの……このラピス教会の最高責任者である、ルーファス神父様です……」
「ルーファス殿、あれほど女性にそう気さくに接触しないようにと……」
「ただの生臭神父かよ」
「それぞれ酷いこと言うね? ま、別にいいけど。さてさっきティエラが説明してくれたように、私がここの責任者だだ。しばらくの間ゆっくりしていくといい。そちらのお嬢ちゃんは随分とお疲れのようだからね?」
確かに会話している最中も元気のように見えて、黙った瞬間目が閉じそうになっている時はあった。それもそうか、塔から落ちてここに来るまでほぼ休みはなかった。一休みしたことはあったが子どもがあれくらいの休憩で休めるはずがない。
神父はまぁ……ロリコン疑惑は一先ず置いておくとして。その言葉はありがたく受け取っておくことにした。
「しかしルーファス殿、大丈夫でしょうか……団長ならばすぐにこの教会に飛び込んでくるのでは?」
「まぁその心配はしなくてもいいよ。こっちは君たち騎士の世話を散々してきたからね〜。カルディアも国の許可を得ない限りは攻めてこようとはしないよ」
「相変わらず団長と親しそうですね……」
「私はね〜。でもその言葉を聞いたらカルディアは激怒しそうだ。あっはは、素直じゃないからね〜」
「いやそれは単純に貴方に苦手意識が……」
騎士とかその団長の話はどうでもいいため二人の会話はスルーするとして、取りあえず近くに立っていたティエラに視線を向ける。
「なぁアンタ。ここにいる間アミィに魔術のコントロールを教えてやってくれねぇか」
「構いませんが……アミィちゃんはコントロールできないんですか?」
「ああ、ついでに色んなものに対してあり得ないほど知識がない。それも教えてやってくれねぇか」
「ティエラは教え方上手だからね、適任だよ」
「わかりました! それでは……明日から、ですね」
ティエラが苦笑を浮かべながらアミィに視線を向ける。アミィはというと寝息を立ててすっかり夢の世界へと入ってしまっていた後だった。しかも俺の膝を枕にして。寝にくいだろ、とつい表情を歪めてしまう。
「一先ず今日はみんな休むといい。部屋も用意してあるから」
神父の言葉に頷きつつ、深い眠りですっかりぐにゃぐにゃになってしまっているアミィの身体を抱える。その様子になぜか神父は「おっ」と言葉をこぼしティエラもどこか驚いた表情だった。
「驚くよな。僕も手慣れた様子に初め驚いたよ」
「お前はびっくりするほど不器用だったけどな」
「そ、それは……別に言わなくてもいいだろう……」
最初に余計なことを喋ったのはそっちだとひとりごちり、肌に突き刺さる視線は面倒だったが気にすることなく案内された部屋へとアミィを運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。