第七章 『世界が今日終わるとしても、私はいつもの日常を過ごすだろう』
「――で、原付を取りに行きながら外の街への境界線へ行ってみたんだけどダメだった」
僕はみんなと合流して再び図書室でゼロ先輩の作戦会議に参加した。
途中僕が居なかった所は簡単な補足をしてもらったが、特に重要な情報はない。
僕が眠っていたのはせいぜい一時間ぐらいとルージュが言っていたが、目覚めはそれほど悪くなく逆に今は清々しい。 憑き物が取れたからなのか、はたまたゼロ先輩のパンチが効いたからなのかは分からないが。
「ダメっていうのは?」
ナナミが聞く。
「ある境界線を境に、体がそこから先に進まなかったの。 不思議な感じだった……。 しかも境界線から外は人の気配がまるでない。 まるでこの世界が孤立した一つのワールドになってるような感じだったヨ」
やっぱりそうか……メデューサの力によるものだろう。 街から逃げることはできないということか。
「で、ルージュ? あなたは何か情報あるんでしょうネ? さすがにメデューサを見つけるにしてもこの街全体となるとまだまだ手掛かりが不足してる」
「そうだな」
ルージュは顎に手を当てて考え込む。
どうもこいつは胡散臭い。 いや、何か知ってることは知ってるんだろうが、それを正直に話すかと言われると怪しいものだ。 なんだかんださっきもはぐらかされたし。
「メデューサはこの街の時間を止められる人間をかなりの数止めてきたようだ。 私が確認している中では二千五百人以上の人間たちが時間を止められていた」
か、数えてるのか?
……僕はその数字に少し引っ掛かりを感じる。 どこかでそれと同じような数字を見たり聞いたりしたような……思い出せない。
「奴の目的はもうじきだ。 目標の数字に達した時、奴の目的は達成されてしまう」
「え?」
ゼロ先輩は驚いた顔で言う。
「ちょっと待ってルージュ? あなたもしかして、免疫のない人間の数を把握してるの?」
「ああ」
「待って待って、ああ、じゃないでしょ。 じゃあなに? もしかしてその人間が誰なのかとかも知ってるとかないよね?」
「知ってる」
はいきました! 胡散臭い男ナンバーワン選手権堂々の一位ルージュ!
ゼロ先輩はホワイトボードをバチンと叩く!
「あのねえ! そういうこと知ってるならもっと早く教えなさいよぉお!?」
「教えてどうにかなるものでもないだろ」
ルージュはまったく悪びれていない。
「あるわい! 例えばその人が襲われるって分かってたら事前に張り付いてメデューサが来たところを捕まえるとか!」
「ああ、そうか……うっかりしてた。 そういう手もあるんだな」
「あんた間抜けなの!? なぁんか意味深げな雰囲気漂わせてるなと思ってたらただの間抜けなの君は!?」
……いや、違うな。
根拠はないが僕は感じる。 この男そんなことはとっくに分かっているはずだ。
敢えてその作戦を取らなかった? 教えなかった?
……何か意図があるように思えて仕方がない。
「大丈夫だゼロ」
「何が大丈夫なの!?」
「あいつは残りの免疫なしの人間が少なくなってくると、ある合図を出してくれる。 それで大詰めって意味だ」
「いや意味わかんないし。 合図ってなに?」
「あんたの妹のレイの時間が止まった時だ」
ゼロ先輩は短い支度を終えると、図書館から出る。
「リュウジ君悪いけど、電車で来て。 私は原付で行くから!」
「はい! すぐ追いつきます!」
「ナナミは?」
「私はここに居ます。 もう少し、ルージュの話を聞きたくて。 何か分かったら知らせます」
「間に合うといいな?」
ルージュがそう言うとゼロ先輩は拳を作り殴りかかろうとしたが、寸前のところでやめる。
「レイに何かあったらあんた……恨むよ」
「……とっくに恨まれてるよ」
ルージュの言葉を聞くと、ゼロ先輩は自分の原付に乗ってレイちゃんの居る自分のアパートへ向かって走り出した。
ゼロ先輩を見送った後、僕はルージュを睨みつける。
「あんた……何か隠してるだろ? 罠か?」
「とんでもない」
「もしレイちゃんに何かあったら、俺もあんたを許さないからな。 この街で起こったこと、すべての真相……あんたは知ってるはずだ。 全部強引にでも吐かせてやる」
ルージュは何も言わない。
その仮面の下でどんな表情をしているのかも分からない。
そうだ。 もっと疑うべきだった。
この男がメデューサの仲間ではないという根拠は何もないのだ。
最初から話が通じるなんて、思わない方がよかった。
人間だからきっと大丈夫なんて考えなければよかった。
だいたいメデューサと一緒にゲオルタワーの上に居たのが何よりもの怪しい証拠じゃないか。 最初の段階で十分注意していれば……!
「リュウジ。 行ってあげて」
ナナミが感情のない声で言う。
「ゼロ先のこと……頼んだよ」
ナナミも、さっきからおかしい。
まるで昨日とは人が変わってしまったようだ。
本当は僕と行動をした方が良いのかもしれないが……いや、だからこそか。 分散して行動した方が良いのだ。
僕とナナミが免疫を持たないと考えれば、二人で行動していればまとめて時間を止められてしまう可能性がある。
どちらにせよ免疫のあるゼロ先輩と一緒に居た方がいくらかは安全だ。
僕は駅へ向かって走り出した。
※
「もしレイちゃんの時間が止まってたら……あと残りは?」
「……一人だ」
私は自分のスマホを手に取り、画面を操作する。 画面にはこれまで時間を止められた瞬間の人たちが写っていた。
※
僕はゲオルタワー前の駅で降りる。
驚いたことに、電車内の人たちはほとんど時間が止められていた。 しかもそれだけじゃなく、電車の運転手すらも時間を止められていたのだ。
にも関わらず電車は動いていた。 どういう原理だ?
考えても仕方ない。 僕はようやくこの異常な状態を吞み込めてきている。
僅かに無事だった人たちは惨劇が目に入らないのか、何も気にする様子はなかった。 今まともなのは僕たちだけだ。 早く、ゼロ先輩の家に向かわないと!
駅から出ると、ちょうどゼロ先輩の原付が通り過ぎていったところだった!
「ゼロ先輩!」
僕はゼロ先輩を追いかけるようにして走った!
ゼロ先輩のアパートまでの距離は徒歩十分。 なら僕の足で走れば三分でたどり着ける! 陸上部や取材で鍛えた足をフルに使い、道を疾走する!
レイちゃんの、あの無垢な顔が脳裏に過る。
“お姉ちゃんもリュウジさんのこと好きだから”
そう嬉しそうに教えてくれたあの笑顔がずっと頭から離れない。 頼む、無事でいろ。
今こそ本気を出す時だリュウジ! 早く! 一刻も早くたどり着け!
僕はアパートまで来た。
アパートの目の前にはゼロ先輩の原付が停まっている。
僕はエレベータなんか使わず、階段を駆け上がり一目散に三階を目指す!
一段! 三段! 五段! 一段飛ばしで飛び越えながら、一気に三階に付いた。
少し廊下を進むと、ゼロ先輩は自分の部屋の前で扉を開けて立っていた。
「ゼロ先輩……!」
僕はゼロ先輩の隣まで近づくと、ゼロ先輩は何かを呟いている。
彼女は「レイ」と繰り返し唱えていた。
「レイ……レイ……うそでしょ」
僕は、開け放たれた玄関を覗き込んだ。
「レイ……ちゃん?」
レイちゃんは居た。
少しかがんで、まるで今扉を開けたかのような姿勢のままゼロ先輩を見ていた……。
「レイぃいいい!」
ゼロ先輩はとうとう泣き崩れながらレイちゃんを抱きしめる。 レイちゃんは、その態勢のままゼロ先輩に抱きしめられた。
「どうして! どうして開けたのレイぃい! 合言葉を確認してからって言ったじゃないかぁああ!」
そのレイちゃんの表情は、今まで時間を止められた人たちのどれよりも、喜びの表情をしていた。
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