第20話 涼子の彼氏

 「いらっしゃい!」

「こんばんわ!今日は招いてくれてありがとう、これシャンパン、一緒に乾杯しようと思って…」

「ありがとう、どうぞ上がって下さい。」

「はい、じゃあ失礼します。」

ふたりの距離がまだそれほど縮まっていない事が分かる会話だ。それにしても眼鏡をかけているが 彼は本当に俺に似ている。

涼子の部屋の入口は狭い、下駄箱などはなく小さなラックが壁際に置いてあるのだがそこには涼子の靴と共に俺の靴も置いてあった。彼はチラッと男物の靴に視線を向け

たように見えた。自分の靴を脱いで部屋に上がると猫に気が付いた。

「へえー、猫を飼っているんだぁ、可愛いね。なんて言う名前?」

「ユウって言うの。」

「ユウ?」

「そう、この子押しかけ猫なのよ、始めは飼うつもりはなかったから、youはどこの子なの?なんて話しかけていたの 人称代名詞のyouがそのまま名前になったのよ」

「ジャニーさんみたいだなあ」 彼はユウを撫でようとしたが ユウは毛を逆立てて

彼の手に猫パンチを浴びせた。

「いやあ、嫌われたみたいだな」

「ユウ、私の友達なのよ、仲良くしてね。」

彼はユウを諦めてテーブルの上の料理に目をやり、「わあ~、美味しそう!悪いなあ

こんなに料理を作ってもらって、大変だったでしょ?」と言った。

「うん、チョットね。でも楽しかった。一緒に食べてお祝いするのを想像しながら

作っていたから、」

彼は嬉しそうに微笑んで涼子を見つめた。涼子はスープを注ぎながら彼に言った。

「もう食べられるから そこの洗面所で手を洗ってね。」

「はい、」いい返事をして彼は手を洗うため洗面所へ、そして洗面台に向かうと棚に

男物の化粧品が置いてあることに気が付いた。彼の顔は少し曇ったが 涼子には何も言わなかった。

 ふたりはテーブルを挟んで向かい合い、シャンパンで乾杯をした。

「お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

「28歳になったのよね。」

「そう、涼子さんより1歳年下… 年下は頼りないと思いますか?」

「そんな事ないわよ、」料理を取り分けながら涼子は言った。

「どうぞ食べてください」 「はい、頂きます。」

彼はホークとナイフを上手に使ってローストビーフを食べた。

「旨い!やわらかいし、しっとりしている。ソースも旨い、涼子さんは料理上手ですね!」

「フフフ…良かった、今日はとても上手く出来たみたい。」

たわいのない話をしながら料理はドンドンなくなっていく。彼は俺の様に良く食べる

「あ~お腹がいっぱいだあ~、今日は最高の誕生日になったよ。」

「本当に?嬉しいわ。」

「涼子さん、一つ気になる事があるんですが、聞いてもいいですか?」

彼は気まずそうに でもハッキリとした口調で涼子に言った。

「男物の靴や、化粧品があるのはなぜですか?」涼子は彼の目を見つめて答えた。

「同棲していたからよ。」

「同棲…その人とは今は……」

「彼、死んじゃったの、去年のクリスマスイブに…」

「え?…… 病気ですか?」聞きにくそうに彼は聞いた。

「ううん、ビルの屋上から落ちたの。」

「ええ? 自殺…と言う事ですか?」

「それがまだ分からないの、犯人と思われる人が逮捕されたんだけど、まだ認めていないの。裁判中だから、どうなるか分からない…」

「そうなんですか… 何か涼子さん、冷静ですね。」

「そんな事ないわよ、ただ、自殺もあり得るのかなとも思ってる。彼、会社で嫌がらせを受けて随分追い込まれていたから、私…彼の力になれなかった。それが情けなくて……」

涼子は涙ぐんでいる。俺も泣きそうだ。涼子、情けないのは俺の方だ。ごめんな…

しかし、涼子の話は微妙に違っている。まあ、全てを話したところで信じてはもらえないだろう。

「彼との思い出の中に 無理に入ってしまったのかなあ、涼子さんの手料理を食べたいなんて言ってすみません。」

「鈴木さん…これを見て、」涼子はチェストの上に後ろ向きにしていた写真立てを、

表に戻して彼に見せた。その写真は、あの鎌倉に行った時にふたりで撮ったものだ。

彼は驚いた顔で その写真を見ている。

「この人が亡くなった涼子さんの恋人? なんか僕に似ている…」

「そうなの、鈴木さんが春に転勤してきたとき驚いたわ。優に凄く似ているから、」

「ユウ…って やっぱり猫の名前は 人称代名詞じゃなくて彼の名前なんですね。」

「あっ、」涼子は口元を押さえて しまったと言う顔をした。

「ごめんなさい……噓ついて」

「フフフ…そりゃあ、いきなりは言い辛いですよね。彼に似ているから僕に興味を

持ってくれたのかあ、僕に気があったからじゃないんですね。」

「分からないの、ごめんなさい……でも貴方が優じゃないことはちゃんと分かっていいるのよ。なのに貴方といると時折 優がそこにいる様な気がしてしまって、だから

今日貴方をこの部屋に招いたのも 何の抵抗もなくて…」

「じゃあ、僕がキスしても抵抗ないですか?」

「え?それは……ないかもしれない。でも鈴木さんは抵抗ないの? 私が貴方の中に

優を感じていても平気なの?」

「うーん、どうなのかなあ、複雑だけど……涼子さんとキスできるのは嬉しいかも知れない。」

「ふーん、男の人ってそうなの? もし私が鈴木さんの元彼女に似てるからって言われたら 凄く嫌かも……私はその人の代わりじゃない!って怒るかも……」

「そうかあ…怒るところなのかなあ…… でも……」

彼は涼子の隣に椅子を寄せて、涼子の肩に両手をかけ、顔を近づけて行った。




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