第13話
委員の仕事で中庭を抜けていると、木々のあいだから聞こえてくる話し声にリーゼロッテは足を止めた。
聞き間違いでなければユリーアと聞こえたのだ。
噂話だろうかと思い敵情視察もかねてこっそり茂みから覗くと、そこには見知らぬ男子生徒とティモシーの魔法使い候補だと紹介されたズールという男がいた。
ズールはふくよかな顔を真っ赤にさせて、紙の束を持っている男子学生に頷いている。
「じゃあ約束通り描いたんだから」
「わかってるよ、報酬だ」
言いながらズールは何枚かの紙幣の束を男子学生に渡すと、紙の束を受け取った。
にやにやと満足そうに笑うその顔は、正直気持ち悪い。
学園内での売買行為は禁じられているので完全なる違反行為だ。
しかしわざわざ飛び出していくほどリーゼロッテは正義感が強くない。
そのまま立ち去ろうとした時。
「わあっ」
ズールの慌てた声に振り向くと、風で一枚の紙がリーゼロッテの足元に飛んできた。
その紙を何の気なしに拾って見ると、そこには最近見慣れた少女の絵姿。
「これ、ユリーア嬢じゃない」
とてもよく描かれているその絵は、クレメンスの妹にしてリーゼロッテのライバルであるユリーアの肖像画だった。
「か、返せよ!」
慌てて駆け寄ってきたズールは、残りの紙束を大事そうに抱えながら右手をずいと出してきた。
それを返してもいいのだが、気になることがひとつ。
「あなたもしかして、ストーカー?」
「ち、ちがっちがう」
「でも、これユリーア嬢は知らないんじゃないの?」
眉根を寄せると、ズールは差し出していた右手を何度も開閉し、目を忙しなく左右に揺らしている。
「ちがう、僕は、ただ、友人として影から……」
「影からってやっぱりストーカーじゃない」
言い切ってしまえば、ズールはぎょろりと黒目をリーゼロッテに向けた。
「い、言うな!ユリーアさんには、絶対」
じりじりとにじり寄ってくるズールに、リーゼロッテはひええと内心ドン引きだ。
「ちょっ、寄らないで気持ち悪い」
思わず出た素の言葉に、ズールの目が見開かれる。
「いいから言わないって言えよ!」
芋虫のような短く太い指が、リーゼロッテの細い手首を掴もうとした瞬間だった。
がしりとその丸い腕を綺麗に骨ばった手が掴んだ。
「淑女に気安く触るな」
「ひっ」
ズールの引きつった声の先にはクレメンスが立っていた。
左手に本を二冊持っていることからこの先にある図書室へ向かっていたのかもしれない。
幼馴染の登場にぽかんとしていると、クレメンスはひょいとズールの手から紙束を奪った。
「あっ!」
取られたズールの顔が真っ青になっていく。
取り上げた紙束にちらりと視線を落とすと、クレメンスの手の中でユリーアの肖像画は一瞬で赤い炎に包まれてしまった。
紙の焼ける焦げ臭いにおいが漂う。
「今回は大目に見てやる」
「……あ、う……」
冷淡なアメジストの瞳をクレメンスが向けると、さすがに兄にバレた事はマズイと思ったのか、ズールは何か言いたそうに口をパクパクとさせたが諦めたように丸い体を揺らしながら走って行ってしまった。
それを見送っているリーゼロッテの手から残った一枚の紙を取り、クレメンスはそれも燃やしてしまう。
「駄目だよリジー、相手を逆上させるようなことを言うのは。危ないだろう」
「いや、だってキモいじゃん?そう思わない?」
唇を尖らせながら拗ねたような口ぶりで答えるリーゼロッテに、クレメンスが少し考えるそぶりを見せ。
「よくはないけど、好きな相手の絵姿を欲しい気持ちはわかる、かな」
言いにくそうに口にしたクレメンスに、あの婚約者候補のことだろうかとジュリアが脳裏をよぎる。
それになんとも言えない気持ちになり。
「そういうの、本当わかんない」
苦虫を噛み潰したような顔でクレメンスを見上げた。
「そうか」
クレメンスがどこか寂しそうな表情を浮かべたことに、リーゼロッテは不思議な気持ちだった。
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