第4話 心象世界(イドリアル)

 癒理子は患者の心象世界にダイブする。体が落ちていく感覚を覚えるのは、それはこの落下していく通路は心象世界に到達するための通路だ。

 人によって通路の在り方が違うため、廊下のような物やエスカレーター、エレベーターのようなパターンもあるが、今回の患者はどうやら難題かもしれない。

 少し先に白く輝く空間が見えたかと思えば、一度癒理子の意識はそこで途絶えた。

 再度、癒理子は目を開けるとそこには森があった。しんっと静まり返る沈黙さえも孕んだ厳かな森は、今まで診てきた患者の中でも安定感を覚える。


「ここが、今回の患者の心象世界イドリアルね」


 心象世界しんしょうせかい、イドリアル。

 それはカルマ病にかかった人間の心象風景であるのと同時に、患者の心をそのまま形作られた想像世界……それがイドリアルだ。刧医の専門用語で、患者の抱く元来の性質が心の中の風景を形作るのが所以とされている。

 今回の患者のように陸などの森もあれば、海などの浅瀬や深海な場合もあるし、マグマなどの火山地帯もあれば砂漠地帯もある、永久凍土を思わせる北極や南極などの氷地帯の風景などもよく実例がある。

 ただし、心象世界イドリアルは現存するため今あげたような世界として限定されているわけではない。不思議が秘められた心象世界はその人間が形作られた感情や思い出、秘密、トラウマで形成されているのが大半だ。

 予想外で、まるで抽象的な、あるいはまるで一種の機械的な、あるいはまるで無機質的な心象世界だってある。

 その中でも今回の患者は、穏やか過ぎるからこそ何か裏があるように見える。


「……まずどこから調べましょうか」


 今回は患者の心象世界イドリアルの状況を確認するためにダイブしたので、治療道具はまだいらない。医者が患者や家族から症状の状態を調べないで治療を施せる馬鹿がいないのと同じだ。

 全てのカルマ病患者の心象世界イドリアルはあまりにも繊細だ。

 下手な切開は今後の患者の人生に絶大な影響を及ぼす。

 一歩間違えれば、根幹である人格、趣味趣向に至るまで害を及ぼしかねない。

 カルマ病に闇医者が多いのはこれが理由だ。しかし正規の刧医のほとんどが精神科医の免許も持っている医者に限定されている。

 日本に来るまでに依頼人から患者の情報を全て叩き込んではある。

 まず癒理子は森の木々に彼の神経が通っているか確認するため、木の幹に触れる。


『なんで、なんで俺ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないんだよっ!!』

「……これは、患者の記憶ね」


 頭に流れ込んでくる声と情景が鮮明に脳裏に過って来る。

 これは記憶波メモリーはだ。

 心象世界の特定の物に触れると患者の記憶が医者である刧医の脳に流れ込む。彼の症状を調べるためにも情報は欠かせない。

 このまま触れたままで聴診ちょうしんしよう。

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カルマの施術 絵之色 @Spellingofcolor

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