信頼財と名前——「ゆっくり茶番劇」騒動について⑤

 時刻は22時。出勤が終わり、状況を一日ほど静観したのちに、私はこの文章をスマホのテザリング機能を利用しながら、noteに入力する。思えば17年前、果たして「デザリング」なんて言葉は私たちの身の周りにあっただろうか。小学生だった私は何も覚えていないが、少なくとも、当時の私は国内ネット文化に対し、ずっと憧れを持っていた。2005年に起きたのまネコ騒動でさえ、私は国内のネットの力が大きな権力を打ち壊すんだ!などと思いながら、これから先に何かが変わるぞという謎な期待を抱えていたーー上に掲載したデジモンの映画の一場面なんて、まさにそうである。それから17年後、私は電気代についての電話を受けながら、日々のパソコンを動かすための電気代をオンライン上で支払っている。ある意味で当時のあこがれだったネット社会に参画はしているのだが、もはやネット社会への参画はいまや、当たり前のことになってしまった。そんな時代の変化と、それによって生じた様々な軋轢が、今回の騒動に反映されている気もする。


 2000年代から2010年代を経て、時代は変わっただろう。変化はさまざまにあったと思うが、今回の騒動を踏まえて「ゆっくり」はどのように変わっていくのかは、本稿の最後に指摘しておきたい点である。私は今回の騒動を踏まえて、ある意味で一抹の疑問も抱えていた。そもそも「信頼材」をめぐる17年前の事件を反省しながら、ゆっくりの関係者が権利問題にどう向き合ったのだろうか。インターネット上の信頼材を巡る問題は2005年ののまネコ騒動以降、コンテンツの権利問題をクリアしてきた。2007年以後のボカロ文化、ひいてはピアプロの文化はまさにその代表例だ。VOCALOIDとそれに関するライセンスは特別な許可を得ることによって文化的に花開き、今日に至っている。一方、東方プロジェクトは歴史も長く、のまネコ騒動以前からずっとネット文化上に居続けたからこそ、文化の持っている空気感も昔からのものをずっと持ち続けてきた。東方プロジェクトは、元をたどれば1990年代中頃生まれである。そんな存在であったからこそ、ゆっくりにまつわるコンテンツはかつてのまネコ騒動以後にあったネット文化に対しても、制度的な更新の必要性にかられることなく静観をしていたのかもしれない。そうした良くも悪くも「保守的」な姿勢の結果が、今回の騒動に帰結しているのかもしれない。


 だからこそ、これから先に新しい制度と共同体のによって、文化が長く息をし続けられるような環境ができればと思う。自分は世代感覚として2010年代の人間ではあるが、2000年代的なネット文化を好んでいる世代だ。だからこそ、こうして信頼材が蹂躙され、文化が破壊されていく様子を見ているのはとても複雑な気分にもなる。一方で、この騒動を乗り越えた先で、界隈が見せてくれる連帯と新しいネット文化の地平がもし見えるのであれば、ぜひ見たく思う。いずれにしても、私はゆっくり界隈の関係者でもないからこそ、事態を静観するしかない。すべての可能性は、これから先のゆっくり実況者と東方プロジェクト関係の創作を続けるものたちによって作られるべきだ。

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