信頼財と名前——「ゆっくり茶番劇」騒動について②

 2004年ごろ、モルドバ出身の3人組アーティストであるO-Zoneがリリースしたアルバム「Dragostea Din Tei(ドラゴスタ・ディン・デイ)」は、そのダンス調なリズムやMVからヨーロッパを起点に人気を集め、2004年から2005年にかけて世界中で流されるほどの大注目を集めることになった楽曲だ。そうした楽曲人気は、2005年にアメリカで注目された「numa numa dance」という一種のインターネットミームと化し、世界的に需要もされていっている。だが、2005年に発生した「numa numa dance」の世界的人気のきっかけは、実は日本のネット文化上で作成された短いフラッシュ動画(HTMLで動作可能なリッチコンテンツ。YouTubeやニコニコ動画以前の動画コンテンツの中心にあったものたち)にあった。2004年から2005年ごろに続々と作成され始めた動画たちは、O-Zoneの楽曲の空耳歌詞とともに2ちゃんねるのキャラクターである「モナー」が歌ったり、踊ったり、リアクションをとったりすることによって構成されている。楽曲中で「マイヤヒ」と聞こえることから国内で「恋のマイヤヒ」という名前で受容された楽曲とフラッシュ動画はやがて2ちゃんねるを代表するコンテンツの一角にもなり、当時のマスメディア上でもおおいに取り上げられていた。私を含め、当時の2ちゃんねるを十分に知らなくともこの動画は知っているという人は、少なくないのではないだろうか。


 しかしながら、これらのコンテンツは2005年以降、一気に衰退することになる。2000年代前半を代表する人気コンテンツとなった「恋のマイヤヒ」をはじめとした動画コンテンツ群たちは、主に2ちゃんねるユーザーの間で非営利に受容され続けたコンテンツであった。そんななか、2005年に「恋のマイヤヒ」の人気に目を付け、コンテンツを商標登録するとともに営利化しようとする動きが発生してきた。行動を起こしたのは「恋のマイヤヒ」の日本語版のレコード複製権を持つ、株式会社エイベックスの子会社である。彼らはモナーが歌って踊るフラッシュ動画が世界的注目を集めたこと好機ととらえ、今まで「モナー」と見なされていた楽曲中に踊るネコを「のまネコ」を表記、それを商標登録することによって利益を得ようとした。しかし、それが内包するリスクには、商標登録を試みた側は気づいていなかったのかもしれない。2ちゃんねるユーザーたちはこの行為に激怒し、株式会社エイベックスをはじめとした関係者について大規模な攻撃を開始し、ひいては殺害予告までが出される騒動になってしまった。こうした顛末は、2022年の今まさに「ゆっくり」を中心に巻き起こっているそれとも近いだろう。騒動は最終的に商標登録が断念されることによって「モナー」というキャラクターの独立性が担保されることになったが、一方でこの問題は国内ネット文化がはらんでいる凶暴性の一面として、歴史の中にも刻まれている。これがいわゆる「のまネコ騒動」といわれているものだ。


 その後、モナーは各種マスメディア上では肯定的に扱うことは難しくなり、「のまネコ騒動」の中心となった楽曲であるO-zoneの「恋のマイアヒ」も楽曲は注目されるものの、マスメディア上ではモナーは取りあげない(むしろ取り上げにくい)空気を持ってしまっている。

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