二巻 森の女王編
序章
上半師家が憎い。人が憎い。すべてが憎い。
腹をどれだけ満たしても、心の中は満たされない。
苦しく長い時間。両親、姉妹、召使、執事。媚ばかり売ってきた外部の嫌な連中ですらも今では恋しい。孤独と躁鬱の中、もう動かない肉片を齧り、貪り少女は思う。不安に駆られながら成してきたことがこれ。唯、力を蓄えるだけの貯蔵に過ぎない。
黒いドレスを赤く染めながら、両手いっぱいに肉を持ち、それをただひたすらに口へ運んだ。薄青色の髪もまた血に染まる。瞳の奥の眼光はとっくの前に消え失せていた。
森の奥。人が決して踏み入れるような場ではない奥底で、緑を汚しながらも少女は私利私欲のままに食う。食らう。自暴自棄とも呼べるその行いは父からの教えに反していた。
だがもう今はそんなこと、どうだっていい。あれだけ可愛がってくれた父はもう……いないのだから……。
「……いたぞ、あれだろ」
森の入り口側から胸糞の悪い声がする。ようやくこの場所が明るみになってきたらしい。
「おい、そこのお前。食うのをやめろ。我々は上半師様から遣わされし、直属の兵だ。死にたくなければ大人しく言うとおりにしてもらおうか」
五人ほどで結成された小隊の一人が少女に矛を構えたまま、警告した。だが、血染めの少女は一向に聞く耳を持たず、以後も食事を続けた。
「おい! 聞こえなかったのか! 言うとおりにしろ!」
怒鳴り散らす兵を無視し続けながら、少女はただ口に肉を運ぶ。
「この無礼者がぁぁ!」
兵は辛抱たまらず、矛を突き刺そうとする。しかし、矛は少女を突き刺す前にぴたりと止まり、兵は「う、うぅ……」と声を漏らしながらその場に倒れた。
「……! き、貴様いったい何を……!」
ほかの兵が騒ぎ出す。それもそのはず、兵たちから見ても少女に何か危害を加えるような動きはなかった。微動だにもせずに兵を横たわらせたのだ。
「……んぐ……んぐ……ふう……」
食事を終え、少女は顔を上げる。
「何、少し眠ってもらっただけですわ。このわたしが食事しているにもかかわらず、うるさくするような不届き者でしたからね。当然の報いですわ」
右手で口元を拭きながら血を木々に捻じりつける。
「な、何をぉ……!」
「文句があるならかかってきてくださいまし。まあ、わたしとあなたたちでは天と地以上の差がありますけどねぇ」
いたずらに微笑む少女の素顔が月の光で露わになる。
「この……! やってしまえ!」
ほかの兵たちが同時に少女へと剣を振るう。
今日はとてもツイている。そう呑気に考えながら少女は手を出すことなく、兵士たちを倒れさせた。
これであと3日は食料に困らない。思いもよらない幸福に少女は兵士の解体作業に胸を躍らせる。この肉、この血を全て上半師、人間どもへの復讐と変えて。
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