十八話 遡る
上半師は香花の腹部から太刀を引き抜こうとした。
だが、不思議な現象が起こった。上半師は太刀を引き抜くどころか、腕を動かすことすらできなかったのだ。
そうして全体に意識がいく。腕だけではない、足、腰、肩、頭、口、瞼、瞳までもが自分の意思通りに動かない。まるで金縛りに陥ったかのように。
他にも違和感を覚えた。さっきまで戦に吠え、燃えていた兵士たちの声援が1つもない。顔が動かせないが上半師には分かった。他の兵も自分と同じ状況だという事に。
次に異様な光景を目にする。確かに香花を貫通させた太刀がゆっくりゆっくりと引き抜こうと動く。しかし、これは上半師の意思ではない。突きの体勢を維持したまま時間が巻き戻っているかのように右腕が後ろへ動く。そして、赤くにじんでいた刃先と服についた血が徐々に香花の体内に戻っていく。
やがて服は元の白へと戻り、太刀は香花の腹から引き抜かれた。上半師はその腹部に心の中で唖然としていた。貫いた胴体には穴どころか傷1つなかった。まるで穴が埋まったように……否、初めから何もなかったかのように……。
馬鹿な……! 手応えはあったはず……!
上半師はこの事実に目を疑った。
これがこやつの”能力”なのか? いや、刺される直前までの焦りと恐怖は確かに本物だった……! と、なると……まさか!
上半師の読みは当たっていた。その後ろにいる少女だけがこの空間でたった一人、等速で動いていた。ナナだ。
ナナは右手を前にかざし、何かをつかむように開いていた。風も吹いてはいないのに、ナナの衣服や髪は強風を纏うかのように揺れていた。右手を左手で支えながらも何かに抵抗していた。
「んぐぅぅぅぅ! はあああああ!」
ナナの叫びに応じて時間が巻き戻る。兵士たち、上半師、香花の状況がゆっくりと戻っていく。腕を振り上げていた兵士は徐々に手を下げ、口を大きく開けていた兵士の口は閉ざされていった。一刻一刻、時は巻き戻り上半師が香花の腹をもう二歩で貫こうとした場面で……時は動き出した!
――! 時間が元通りになった!
唐突な出来事、急速な日常の訪れに対応できず、上半師は本来狙っていた予測個所に太刀を貫くことができなかった。刃は香花の横を通り、空を突いた。
今――!
先に我へと帰ったのは香花だった。香花は上半師の太刀がすぐに対応できぬよう、首目掛けて刀を振った。
ズサッ――。
上半師の首に一本の線が入り、重力に任せ頭が地に落ちた。落ちた後の表情からも困惑が窺えた。
「ハァ……ハァ……終わっ……たの……?」
待ち望んでいた展開が呆気なく公開され、香花はひどく感情が入り混じっていた。嬉しさと迷いとはかなさに小さく手を握りしめた。
空が泣いたかのように雨がポツポツと降り始め、次第に強くなっていく。その雨音が兵士たちの悲鳴を打ち消した。
香花が辺りを見渡すとナナはいつの間にか、倒れ込んでいた。
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