3-7 リリシア、疑惑を深める

「それにしても新兵器とは、物騒ですね」


 先ほどまでの盛り上がりが嘘みたいに、突然アニタが深刻な顔をした。テンションについていけずにリリシアは目を瞬かせる。イクスはうんざりした顔をしていた。


「しかも無許可なんだよ。シルフォード家をなめてるとしか思えないよね」


 ルーカスは穏やかな口調でそう言ったが、目が笑っていない。口は笑みの形を作っているのに、漏れ出る魔力はヒヤリとしていて、今にも凍りつきそうだ。

 その姿を見てリリシアは運命から聞いた噂を思い出した。今代のシルフォード家には氷魔法を得意とする魔法使いがいて、氷結の魔法使いという通り名が付いていると。

 

 おぬしかぁ!! とリリシアは心の中で叫ぶ。なんで屋敷にいるじゃ! 魔女狩りに外に出ろ! 業火と相性抜群じゃろ! そっちにいけ! とリリシアは心の中で一通り喚き散らしたが、千年以上かけて分厚くした面の皮は見せかけではない。表面上は見事、不安そうな少女子演技を貫き通した。


「あー、それでルーカス様、帰ってきてから機嫌が悪かったんですねえ」


 のんびりとした口調でアニタがいう。にこにこ笑いながらいうことではないし、ルーカスの機嫌が悪いようには見えない。ちらりとイクスを見ると、イスクも驚いた顔をしていた。


「ルーカス様、機嫌悪いとひんやりするので分かりやすいですよねえ」

「アニタには敵わないなあ」


 穏やかな会話をするアニタとルーカスを見て、そんなわかりやすいのだろうかとリリシアは首を傾げた。

 視界の端に映るイクスは信じられないものを見る目でアニタを見ているので、誰でもわかることではないらしい。


「魔女がでたにしては、あっさりルーカス様が帰ってきたなと思ってたんですよ。真面目に追う気がなかったんですね」

 アニタののほほんとした発言にリリシアは驚いた。イクスも目を見開いて、アニタとルーカスを交互に見ている。


「たまたま通りかかっただけの、罪のない魔女を処刑するのは気が進まないからね」

 ルーカスはそう言って水を飲んだ。すかさずアニタがコップに水を注ぐ。


「だからといって新人たちに、無害な魔女だから見逃せとも言えない。無害か有害かなんて、魔女を前にして迷っていたらあっという間に殺される」


 ルーカスは水が注がれたコップを見つめながら、独り言のようにそういった。

 魔女からすれば恐ろしい話だが、わからなくもない。誰もがリリシアのように平和主義ではない。魔女の中には出会った者は皆殺しという、物騒な者もいる。

 

 派手に暴れ回っている業火は無差別に見えて、ルールが存在する。しっかり選んで村を焼き払っているのだ。

 それに比べ、共に行動している遊戯にはルールがない。遊戯は人間に対する憎悪が深いので、手当たり次第に惨たらしく殺そうとする。

 遊戯よりも業火が有名なのは、派手な炎魔法の使い手というだけでなく、遊戯の手綱を業火が握っているからだ。業火の手から離れたら、遊戯の被害は業火よりもひどいものになるだろう。


 そういった事情を人間は知らない。わざわざ魔女も語らない……というか、語る機会がない。それでも察することはあるようで、運命は人間の中でも一目おかれている。

 運命の予言によって町や国が救われたというのは、有名な話だ。はた迷惑な魔女教も、運命を勝手に祭り上げている。


 といってもだ。いざ魔女に対面した人間にとっては、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。温厚派の魔女であれば考える余裕も、対話の機会も与えてくれるだろうが、過激派の魔女であれば問答無用で攻撃魔法を放ってくる。

 一瞬の迷いが生死をわける。それが分かっているから、魔法使いたちは温厚派の魔女の存在を公にはしない。魔女は全員悪だと伝えたほうが、平民と魔法使いの生存率が上がるからだ。


 温厚派のリリシアからすれば、大暴れしている過激派が悪いのだが、彼女らが暴れるのも理由がある。人間に対する恨みであったり、魔族からの命令であったり。

 特に後者は契約に縛られている以上、拒否できない。魔族にやれといわれたら、どれだけ嫌でも体は勝手に動く。それが契約だ。


「つまり、表面上は魔女を追わなければいけないわけですね。無害な魔女とわかっていても。……ルーカス様、悪役みたいですね」 

 アニタの一言にルーカスが顔をしかめた。


「ルーカスさんを責めるなよ。立場上、どうにもならないだろ」

 見かねたイクスがそう言うと、アニタは「わかってますけど」とつぶやく。理解はしているけれど、納得していないという反応に、リリシアは目を瞬かせた。


「えっと……皆様から見て、魔女は悪ではないんですか?」


 魔女は悪。魔族にそそのかされた愚かで、卑しい存在。それが人間の評価だとずっと思ってきた。問答無用で追いかけ回されたし、なんども裏切られ、殺されそうになり、仲間の死をたくさん見送ってきた。

 それでも仕方ない。魔族の誘惑に乗ってしまった自分が悪いのだと思って生きてきたのに、アニタは魔女に対する嫌悪が見えないし、ルーカスは魔女にも無害な者がいるという。

 千年も生きて初めて出会った魔女に同情的な人間。そんな人間がいたのかとリリシアは困惑していた。


「さっきから思ってたけど、お前、魔女のことは覚えてるんだな。記憶喪失なのに」


 イクスが会心の一撃を放ったことで、困惑は消し飛んだ。まずいと顔に出そうになり、慌てて表情を取り繕う。とっさに表に出したのは困惑だったが、この反応で正しかった自信はない。

 ダラダラと冷や汗が流れ始めたあたりで、ルーカスが穏やかな声を出す。


「人の記憶は思い出と、知識に分けられていると聞いたことがある。リリシアちゃんは思い出が思い出せないだけで、知識は残っているんじゃないかな。食事も問題なくとれていたし」

「アニタもそれ聞いたことあります!」


 元気いっぱい手を挙げるアニタに救われる。そういうことにしておいてくれと内心、全力で頷きつつ、表面上は戸惑った演技を続ける。


「たしかに、物の名前は覚えています」


 そう呟くとイクスからは胡散臭いと怪しむ顔を、ルーカスからは朗らかな笑みを向けられた。ルーカスの笑みがよく分からなくて怖い。

 ルーカスからの助け舟が絶妙すぎて、本当は気づいてる疑惑が深まってきた。


 さきほどの言葉が本当なら、ルーカスはもともと白銀の魔女を見逃すつもりだった。だから森にゴロツキどもしか来なかった。

 訓練された魔法使いに包囲されれば、弱ったリリシアが逃げることは不可能だった。逃げられるよう、ルーカスがあえて穴を作ってくれたと考えられる。

 ルーカスが人間と魔女の魔力の差が分かるなら、魔力が減っていようと一発だ。わかったうえで平民として扱っているのであれば、医者も呼ばずに記憶喪失と判断したのも、今の助け船も納得がいく。

 ルーカスはリリシアを平民の子として扱い、屋敷においておきたいのだ。


 その目的はなんだろう。

 魔女を匿うことでルーカスに得があるとは思えない。むしろ損しかない。リリシアを匿っていたことが分かれば、いくらシルフォード家とはいえただではすまない。今まで信頼されていた分、騙されたと周囲は嘆き、信頼は地に落ちるだろう。

 そんな危ない橋を渡ってまで、ルーカスは一体リリシアに何を求めているのか。


「私は自分の名前すら覚えていませんが、魔女が恐ろしい存在だということは覚えています」


 これは嘘ではない。リリシアは魔女だからこそ、魔女の恐ろしさをよく知っている。武闘派ではないリリシアだって、その気になればこの屋敷ぐらい簡単に吹っ飛ばせる。それくらい、人間と魔女の魔力量は違うのだ。


 それをルーカスが知らないはずはない。魔法使いの家系は魔法使い認定試験を突破した、正規の魔法使いしか継ぐことは出来ない。国の管轄である騎士団に所属し、成果をどれだけあげられるかで領主としての評価も変わってくる。

 氷結の魔法使いという通り名がルーカスのものであるならば、間違いなく騎士団に所属しており、魔女と戦ったこともあるはずだ。

 十代で正式な魔法使いとして認められていないイクス、メイドのアニタよりも魔女の怖さは身をもって知っている。それなのになぜ、家まで巻き込んだ危険を冒すのだろう。

 リリシアの言葉にルーカスは佇まいを直した。真剣な話だと伝わったのだろう。テーブルの上で両手を組み、しばしの間を置いてから口を開く。


「私は魔女に命を救われた」

 静かな声にリリシアは目を見開いた。視界の端に、同じように驚きで目を見開くイクスの姿がうつる。


「……その出来事が切っ掛けで私は、全ての魔女が悪なのか、今の国や教会のあり方は正しいのか。そう悩むようになった。このままでは国と国民を護る魔法騎士としてはやっていけないと、騎士団もやめた」

 

 ルーカスはそこで言葉を句切ると笑みを浮かべた。今までに比べると弱々しい笑みだ。


「ただの罪滅ぼしのようなものだよ。私を救って、死んだ魔女に対するね」


 金髪の容姿もあわせて儚く見える笑みに、リリシアは何も言えなかった。この言葉は真実なのか、嘘なのか。それを探ろうとする自分に吐き気を覚える。人を疑わなければ生きていけない。それはとても罪深いことに思えた。


「リリシアちゃんは病み上がりだし、今日はこのくらいにしようか。身の回りのことはアニタに任せているから、ゆっくり休むといい」

「お任せください」


 何事もなかったようにルーカスが笑い、何も聞いていなかったようにアニタが明るい声を出して、胸に手を当てた。ルーカスとアニタが並ぶと、困惑した様子で視線を彷徨わせるイクスがずいぶん幼く見える。

 リリシアはただ下を向いて頷いた。演技しなければと思うのだが、何が正しい演技なのかが分からない。こういうとき魔力を持たない平民の子は、どう思うのだろう。

 生まれた時から魔力を持っていたリリシアには、よく分からなかった。


 

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