3-6 リリシア、メイドの奇行に困惑する
アニタが追加で持ってきてくれた料理も食べ終え、リリシアは満腹による幸福感で息を吐いた。もっていたフォークとナイフをおくと、アニタがナプキンと水を差し出してくれる。
メイドすごいなと思いながら口元を拭い、水を飲む。おいしい食事のあとだと、水だけでもご馳走のように思えてくるから不思議だ。
ルーカスはすでに食べ終え、にこにこと上機嫌にリリシアとイクスの様子を眺めている。
イクスはリリシアの予想通り、量を必要とするらしい。まだ食べていた。呼んでもないのに一定時間で使用人が現れ、追加の料理を持ってくる光景はなんとも奇妙だった。
背後に控えていてはダメなのだろうかと思ったが、よくよく見ると微妙に料理が違う。たぶん飽きないように味付けを変えている。そのうえで出来立ての熱々を提供できるよう、計算しているのだろう。
至れり尽くせり。あらためて貴族ってすごいなと思う。
食べ終えて暇なこともあり、目の前にいるイクスに視線を向ける。
意外とイクスの食べ方は上品だ。ナイフとフォークの使い方もきれいで、リリシアのように音を立てることもない。あのように使うのかとリリシアが感心している間に、イクスも食事を終えたらしく、フォークを置く。
置いてあったナプキンで口をぬぐったイクスは、そこでリリシアが見ていたことに気がついた。
とたんに何見んだという、声が聞こえてきそうな眼光で睨まれる。見えているのは片目だけだというのに、威圧感がすごい。
食事をしたことにより多少の心のゆとりができたとはいえ、チリチリとした魔力は相変わらずリリシアを落ち着かない気持ちにさせる。
戸惑ったように眉を下げて見せれば、イクスは顔をしかめ、やがて何か面白いことを思いついたと言わんばかりに口角を上げた。
「そういえばルーカスさん」
イクスは上機嫌な声でルーカスに話しかけた。上機嫌なイクスなど初めて見たので、リリシアは驚く。話しかけられたルーカスまでもが、かすかに目を見開いていた。ルーカスから見ても珍しい姿らしい。
そんなルーカスのリリシアの反応を気にもとめず、イクスは意味ありげな視線をリリシアに向けた。
「昨日、魔女が出たらしいな」
リリシアは早めに食べ終えていた自分に感謝した。何か口に含んでいたら確実に噴き出していた。
このガキ! わざとじゃろ! と思うが、態度に出すわけにはいかない。「魔女が現れたなんて怖い」という、村娘を演じなければいけないのだ。どんなに心の中が荒れ狂っていようと。
「アニタも聞きました! 子供をさらって逃げたとか」
はいっ! と元気いっぱい、アニタが挙手した。やめてくれ! とリリシアは焦りながら、「子どもが? 大丈夫でしょうか」と心配した様子を装った。
とっさの演技だったが、思い返せば二人のその後を確認していない。転移魔法が無事に成功していれば、チェルカドルとご対面したことになる。運命が上手いこと逃がしてくれたと信じたいが、聞かないことにはわからない。
自分のことで精一杯で、子供の安否が頭から抜けていたことに、リリシアは少なからずショックを受けた。
今度は演技ではなく本心から、不安と心配の感情が表に出る。
「正確に言うなら誘拐ではなく、保護だ。魔女が連れ去った子供たちは、非正規の魔女狩りに新兵器の実験台にされるところだったらしい」
さらりとルーカスの口から出た言葉に、リリシアは目を見開いた。イクスも驚いた顔でルーカスを見つめている。
「魔女なのに子供を助けたんですか?」
アニタの驚いた声がする。ルーカスはアニタの方へ顔を向けると頷いた。
「魔女と言うと業火の魔女、遊戯の魔女が有名だが、魔女が全員、彼女たちのように人に害をなすわけではないんだ。人間に見つからないよう、ひっそり生きている魔女も存在する。昨日通報された白銀の魔女はそういう魔女の一人だ」
「ってことは、悪いやつから子供を守ったのに、通報されたってことですか」
アニタの顔を見ると、盛大に顔をしかめていた。その反応が魔女に対する同情に見えて、意外に思う。
「……アニタさんは魔女が怖くないんですか?」
思わずそうきくと、アニタは目をパチパチとまたたかせてから首を傾げた。
「アニタは魔女に会ったことないので、わかりませんね。美人ばかりと聞くので、一度見てみたいのですが」
キラキラと目を輝かせるアニタに、リリシアは唖然とする。魔女を見てみたいという人間がいるなんて、今まで想像もしなかった。
「……アニタ、それ絶対外で言うなよ。教会の奴らにバレたら、お前まで火あぶりだぞ」
「そんなにバカじゃありません。ここだから言ったに決まってるじゃないですか」
アニタはさらりとそんな事をいう。魔女狩り一族に仕えるメイドだ。魔女に対する世間の評価はよく分かっているらしい。分かっているのに、先の発言かとリリシアは唖然とする。
「火あぶり……怖くないんですか?」
「怖いですが、バレなければいいんですよ。怖いからといって、思想まで変える必要はありません」
にこりとアニタは笑った。あまりにも軽い言動にリリシアは混乱する。そんな簡単なことだろうか。魔女を取り巻く環境というのは。
「……アニタは考えが浅すぎる。お前が見つかったら、お前を雇ってる家もただじゃすまないんだぞ」
「浅くないですよ! アニタは絶対に外でボロ出しませんから! 私の猫かぶりは両親に二十匹くらいだと言われております」
途中からキリリと表情を引き締めたアニタを見て、イクスは呆れた顔をした。たしかにその変貌は、猫二十匹くらいかぶっていそうではある。だがそれはそれ。バレるときはバレるのだが、バレたらどうしようなんて考えることはないのだろうか。
世間にとって魔女は悪。そんな魔女を擁護するものも悪である。特に女性は問答無用で仲間とされることが多い。
リリシアは今まで、やってもいない罪を着せられ、殺されてきた女性を何人も見てきた。追い詰められて、本当に魔女になってしまった者もいた。
アニタの自分で見たものしか信じないという姿勢は好ましいが、危うくもある。
リリシアは近くにあるアニタの手をそっととった。手を取られるとは思っていなかったらしいアニタが、きょとんとした顔でリリシアを見下ろしている。そんなアニタの顔をじっと見つめながら、リリシアはアニタの手を両手で握りしめた。
「……危ないことはしないでくださいね」
アニタがなぜか硬直した。さきほどまで柔らかかった手が、石みたいに硬くなっている。
「あ、アニタさん?」
「はっ!? あまりの尊さに、いま一瞬、女神様が見えました!」
突然ハッとし、動き出すアニタの姿にリリシアは困惑した。どういうことじゃ? と思いながら、助けを求めてイクスとルーカスをみれば、ルーカスは生ゆるい目をアニタに向けている。イクスは額を手で押さえて、深いため息をついていた。
「アニタはリリシアちゃんのためなら、火あぶりされても復活しそうだねえ……」
「はい! アニタは何度でも蘇ります!」
それは無理じゃろと口に出す前に、アニタが拳を握りしめて宣言した。
なんでこんなに盛り上がってるのか分からず、おろおろとイクスを見れば、イクスはとてつもなく面倒くさそうな顔をしていた。
「バカは一度燃やされるくらいじゃないと、治らないらしい」
その疲れ切った顔を見て、イクスも苦労しているんだなとリリシアは思った。
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